Who am I?

@yusuii

Who am I?

 それはセミが鳴き始めた夏のことです。

 私は駅のホームで誰かに背中を押されて線路に落ち、怪我をしました。幸いなことにそれほど大きな怪我ではなかったのですが、事件の可能性が高かったため警察は捜査を始めました。

 しかし、警察はすぐに捜査を打ち切りました。犯人が捕まったわけではありません。私がなぜかと問うと警察は駅のホームにあった防犯カメラの映像を私に見せました。映像には私が突然、独りでにホームから落ちる姿が映っていました。その時、私の周りにいた人たちにも話を聞いたそうですが私を押した人を見たという人は一人としていなかったそうです。警察は私の勘違いだと言って、休んだ方がいいと私を労わりました。警察は役に立ちません。私もその時の記憶は曖昧だったため私が疲れているだけなのかもしれないと思い、仕事をしばらく休むことにしました。休暇中は家でゆっくり羽を伸ばしました。テレビを見ながらゴロゴロしたり、お菓子をつまみながら漫画を読んだりして好きなようにしていました。

 そんな自堕落な生活を送ること一週間。一人暮らしの私の部屋は見るに堪えないゴミ屋敷へと姿を変えました。そして取り敢えず目の前の洗濯物を片付けようとしたその時、私はあることに気づきました。怪我をした日に着ていた白シャツに奇妙な汚れが染みついていたのです。広げて見てみるとそれは墨で付けたような真っ黒な人の手形でした。私は恐怖のあまりパニックになり、大学時代から親しい友人のAに電話を掛けました。Aは私の家まで駆けつけて来て、私が落ち着くまで傍にいてくれました。Aはとてもいい人です。

 翌日、私とAはAの知り合いの霊媒師を訪ね、遠い山の方にあるお寺まで行きました。私が手形のついたシャツを見せると霊媒師は顔をしかめてこう言いました。

「これは霊の仕業じゃないね」

 Aがどういうことか尋ねると霊媒師はそのまんまの意味さと返しました。そして続けてこう言ったのです。

「あんたたち、私を冷やかしているんじゃないだろうね?」

 私には意味がさっぱり分かりませんでした。Aが戸惑ったようにどういうことかと尋ねると、

「だってこの手形、あんたのものじゃないか」

 と私を睨んで言いました。私は驚きのあまり声が出ませんでした。床に広げられたシャツの手形に私の手を被せれば、それは全く同じ形をしていました。

 その後、Aが説明してなんとか霊媒師の誤解を解くことはできたのですが、結局その日は何も分からないまま帰路に就くことになりました。家に帰りつく頃には日が沈み始め、Aとは私の家の前で別れました。

 その夜、私はなかなか寝付けずに夜遅くまで起きていました。目を閉じれば不安と恐怖が押し寄せてきて心臓の鼓動だけがドクンドクンと聞こえるのです。私はリビングで気を紛らわすために適当なバラエティ番組をつけて何も考えないようにぼーっとしていました。

 すると突然、ドンドンドンと扉を叩く音が玄関の方から聞こえてきました。

 ドンドンドン。ドンドンドン。

 私はまたパニックになってAに電話を掛けましたがAは電話に出ませんでした。

 ドンドンドンドン。ドンドンドンドンドンドンドンドン。

 扉を叩く音は次第に激しくなっていきました。私は電話帳に載っている電話番号に片っ端から掛けていきましたがどれも繋がることはなく、私は部屋の隅で耳を塞いでいることしかできませんでした。

「終れ終れ終れ終れ終れ終れ終れ」

 しばらくすると一本の電話が掛かってきました。掛けてきたのはAで、今家の前にいると言うのです。気づけばいつの間にか朝になっており、扉を叩く音はしなくなっていました。私は恐る恐るのぞき穴から外の様子を窺うと電話で話した通り、そこにはAの姿がありました。私は扉を開けてAに泣きつきました。

 扉の外側は数えきれないほどの真っ黒な手形に覆いつくされていました。

 その後、私は精神病院に入院しました。警察が捜査したところ、扉についていた手形は全て私のものだったそうです。そのことを知ったのは退院した後のことだったのですが、それ以降私は一人でいるのが怖くなり、Aと同じ家に住むことになりました。Aは私を快く受け入れてくれました。本当にいい友人です。Aのおかげで私は仕事に復帰できることになりました。Aには感謝してもしきれません。これからは私が恩を返していきたいです。

 それはセミが鳴き終わった夏のことです。

 私は駅のホームで誰かに背中を押されて線路に落ち、電車に轢かれて死にました。

 駅のホームにはこっちを見て笑っている、私がいました。

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