第8話
「今日はフィオナとお茶会を楽しんだそうだな」
フィオナとのお茶会を楽しんだ日の夜、フェンリス殿下が私に尋ねてきた。
「ええ、とても楽しい時間でした」
「妹が迷惑をかけていないか? あれは聡明で出来た人間だがまだまだ子供なところがあるからな」
「迷惑だなんてそんな。フィオナはとても優秀な人間です、むしろ私のほうがここでの生活を送っていく上での助言を受けたりと助けられていますよ」
「そうか、それならよかった。お前がいいのなら妹とはこれからも仲良くしてやってくれ」
そういうフェンリス殿下の表情はどこか笑っているようだった。こんなふうに笑うのは珍しい。
「それでどんなことを話したんだ? フィオナのやつは随分上機嫌だったが」
「他愛のないことです。最近の日常生活で起きたことやおいしい食べ物などの話です。あとは……殿下が今のようにフィオナを褒めていたことを彼女に伝えたくらいですよ」
私の回答を聞いたフェンリス殿下は溜息をついてこめかみを押さえる。
「余計なことを。それを伝えたらあれは私の役に立とうなどと愚かなことを考えるだろう」
「ですが少しは褒め言葉を伝えてもいいと思いましたので。フィオナも殿下にどう思われているか不安がっていましたから」
「……」
私の言葉にフェンリス殿下は無言になる。
「私に深く関わっても貴族連中の恨みを買うだけだ。だから必要以上に接さないようにしていたのに」
「殿下は自身の改革が旧来の貴族の恨みを買っているのを自分でも把握しているのですね」
「それくらいは把握する。自分の身を守るためには必要なことだからな」
「自分だけでそういった者達の恨みを引き受けていらっしゃるのでしょう」
「当然だ。改革をする以上、敵対する人間は絶対に出てくるからな。為政者がすべての責任を負い、恨みもすべて引き受ける」
「……」
私はそれを聞いて黙りこむ。殿下はなにか行う時に自分ですべての責任を負い決断して行くのだ。
誰か心の底から信頼して頼れる人間はいるのだろうか?
「で、そういえば明日、魔物の討伐に参加するそうじゃないか」
殿下は話題を切り替えて、私に質問してくる。
「もうそのことを把握されているのですね。耳の速いことで」
「まあ、お前の活躍は嫌でも耳に入ってくるさ。この前も騎士団の人間と手合わせして勝ったそうじゃないか」
「あー、その件はどうか忘れてください」
この国に来て久しぶりに剣を振るう機会に恵まれたせいか、騎士団の稽古の相手を頼まれた時に私は喜んでその役割を引き受けた。
その結果、稽古で戦った相手を全員倒してしまうという結果になり、やり過ぎたと私が反省する羽目になってしまったことがあったのだ。
「くく……皆、驚いていたぞ。なぜそんなに強いのかとな。元々冒険者として活躍していた腕は本当のようだ」
「あ、あはははは……」
くすくす笑う殿下に私は苦笑いするしかない。今度からは気をつけよう。
「もうここの生活には慣れたのか?」
殿下がこちらをじっと見て訪ねてくる。
「ええ、おかげ様で。王城の方々も親切にしてくださっていますし」
「そうか。お前のこの城や王都での評判もなかなかいいようだ、本人も満足に過ごせているのなら俺も安心だよ」
「最初にいきなり手合わせを申し込んできた方の台詞には思えませんね」
からかいまじりに私が言うと、フェンリス殿下は肩をすくめる仕草をする。この数ヶ月の彼の私に対する対応で最初に彼に抱いた悪いイメージは払拭されつつある。
「さて明日も早いのだろう? 夜ももう遅い、寝た方が良い」
殿下に指摘されて私は時間を確認する。時計の針は0時を指し示していた。
「もうこんな時間だったのですね。ではお言葉に甘えて私は寝ようかと思います。殿下はどうなさるのですか?」
「俺はもう少し起きている。片付けなければならない仕事があるからな」
そういいながら殿下は机の上にある書類を確認し、処理していく。いつも殿下はこんな感じだ。正式な公務が終わったあとも休みなく仕事をしている。
兄様はいつもひとりで背負おうとされるのです。
昼にフィオナと交わした言葉が思い出される。この光景を見ると彼女の言っていたことは間違っていない。この殿下は自分のやったことをすべて自分で受け止めようとしている。
(そんなことをしていたらいつか人として駄目になってしまうだろうに)
私の前の婚約者のようにすぐに他人の責任にしようとするのも問題だろうが、フェンリス殿下のようにすべてを自分でやろうとする人間も問題だ。
まったくどうして私と関わる男はこう極端な例が多いのか。
「殿下、今日はもう休まれませんか?」
「? いやこの案件は今日中に目を通しておかないと後々が面倒になるからな。先に休んでもらっていいぞ」
断る殿下。これは少し強くいかないと駄目かもしれない。私は殿下の側まで歩みよると彼の腕を掴んで立ち上がらせた。
「!? な、なにをするんだ!!」
私に抗議する殿下。その抗議を無視して私は彼を寝室に連れて行く。
「もう何日も満足に寝ていないじゃないですか。あまりこの状態が続くとお体に触りますよ」
「平気だ。こういうことは何度もあったからな。その手を放せ……!」
じたばたもがいて私のことを振り切ろうとする殿下。しかし私はその腕をしっかり掴んで決して放さない。
「駄目です。今日はもう強制的に休んでもらいます、いいですね」
「だから、まだやることが残って……」
「口答え禁止!!」
なおも抵抗を続ける殿下を私は叱りつけるようにして黙らせる。まったく聞き分けのない困った人だ。
「フィリアも言っていましたけどなんでも自分でやろうとするのは殿下の悪い癖ですよ。いくらあなたが優秀でも何日もこんな生活を続けられていては体を壊してしまいます」
言葉を区切って私は足を止め、フェンリス殿下のほうに向き直る。
「それに先ほど私にも言ったじゃないですか。しっかり休めと。その言葉をそのまま今の殿下にお送りします」
私が言うだけ言ったのを殿下は黙って聞いていた。しばらくは握った腕にも力が入っていたがやがてその腕から力が抜ける。
「分かった。今日はお前の言うことに従おう」
「それでいいのです。早く寝てください」
冷静になればなんで私は殿下のことをこんなに心配しているんだと思ってしまったが、勢いのままに私は殿下と一緒に寝台に向かい眠りについた。
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