第7話
気分を変えようと私は王城内を散策していた、ここがこの国の政治の中心なだけあって城内はここで働く人や訪れた人々がせわしなく行き交っていた。
「あ、アリアナ様。こんにちは」
私を見かけた人達が挨拶をしてくる。この数ヶ月自分の立場を良くするために場内の人間とコミュニケーションを取ることを怠らないようにしていたが効果はあったようだ。
「おはよう、今日も皆頑張っているわね」
「ええ。フェンリス殿下の改革のおかげで取り立てて貰えた私達は一生懸命働いて恩を返さないといけませんから」
彼らの言葉に私は口元をほころばせる。彼らはフェンリス殿下の改革のおかげで官吏となった者達だ。そのため仕事にかける熱意が高い。
私はそんな彼らに好感を持っている。頑張る人間を見ているのは気分がいいものだ。時々政策的なアドバイスも可能な限りしているためか、彼らからの態度も柔らかくなってきた。
「張り切るのはいいけど無理はしないでね。自分の体を第一に仕事をしなさい」
「はい、それは承知しています」
「ならいいわ。それじゃお仕事頑張ってね」
彼らにねぎらいのの言葉をかけて私はその場を去る。うん、今日は良い日だ。
そのまま私は引き続き、城内を散歩する。城内にある庭園までやってくると先客がいた、一人の少女だ。腰まであるふわりとした金髪に私の夫であるフェンリス殿下と同じ青い瞳。穏やかな雰囲気は彼女に親しみやすさを与えている。
「まあ、御義姉様。こんにちは」
彼女はこちらを見ると花が咲いたように笑う。あどけなさを残した笑顔は美しいというより可愛いという感想が浮かんでしまうものだ。
「こんにちは、フィオナ」
私も微笑んで彼女に挨拶を返す。
彼女こそフェンリス殿下の妹であるフィオナだ。冷たい印象を与える兄と違ってとても明るく素直な印象を受ける。フェンリス殿下に対してはどこか畏れを持って皆が接しているのに対してフィオナは彼女の性格もあるが皆から好かれる性格だ。
彼女自身も王国の民のために精力的に活動しているため、王国の民からの人気は非常に高い。
「御義姉様。私、ちょうどお茶をしていたの。よかったらご一緒にいかがですか?」
「いいの?」
「ええ。ちょうど誰かと話したかったところですから」
「じゃあお誘いに甘えて」
フィオナの言葉に甘えて私は空いていた椅子に腰掛ける。フィオナの横に控えていた侍女が私のカップを用意し、紅茶を注ぐ。
「御義姉様、今日はどうされたのですか?」
「ちょっと気分転換に散歩。最近ずっと部屋で本を読んでいたし」
「まあ。本を読んでいたと言っても御義姉様の場合はこの国のことについて勉強されていたのでは? ここに来られたばかりなのにこの国のことについてかなり勉強されているのですもの」
「いや、たいしたことじゃないよ」
私も一応嫁入りしたのでこのノーウェン王国のことを勉強しているのだ。馬鹿な人間と思われるのも嫌だしね。その甲斐あってさっきみたいに官吏の人達にも認められるようになってきているし。
「なかなかできることではありませんわ。勉強しようとするだけでも凄いと思います」
「そう? 褒めてくれてありがとう」
フィオナは私のことを素直に褒めてくる。他人から褒められる時は人によっては嫌味に聞こえるけれど、この子に褒められるのは不思議と悪い気はしない。それは彼女の素直な性格の成せる技なのだろう。だから彼女の周りには人が集まるのだ。
「それで御義姉様、少しお尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なに? 私で答えられることであれば答えるけど?」
フィオナは少し言いにくそうな表情をしてから意を決したのか私のほうを見て、話題を切り出した。
「その……
少し不安そうな表情で尋ねてくるフィオナ。どうしてそんなことを聞いてくるのだろう? 少なくともフェンリス殿下は今のところ私が嫌がることはしていない。
「迷惑だなんてそんな。むしろ快適に過ごさせてもらっているわ。嫁入りする時の行動の自由を保証するっていう約束も守ってもらっているし。殿下には感謝しているくらいよ」
なので私は自分が殿下に感謝していることをフィオナに伝えた。その回答を聞いたフィオナはほっと胸をなで下ろす。
「よかった。兄様は言葉足らずなところがあるから御義姉様と喧嘩とかしてはいないかと心配になって」
「いや、むしろ私が好き勝手なことを言って殿下がなにも言わずにそれを許可してくれてるから私のほうが不安になっていたところよ。きちんと普段からこっちを気にして声もかけてきてくださるし。冗談交じりの会話もされるわ」
「……あの兄様がですか?」
フィオナが驚いたように目を見開く。彼女はフェンリス殿下が私に対してそういった態度を見せることに驚いているようだ。
「殿下はあなたにはそういう態度をとらないの?」
「気にかけてはくださいます。ですがそのあくまで義務のような接し方で兄様自ら積極的に関わってくるというわけではないのです。これは他の人に対しても同じなのです。だから兄様がそんなふうに御姉様に接しているのが意外でした」
「うーん、私の場合は他国から嫁いできたから気を使っているというのもあるかもしれないわね」
「それでも兄様がそんなに自分から誰かに積極的に話しかけていくということが私にとっては意外なのです。兄様、兄妹の私にも本当に必要なことしか話してくれないんです。誰にも心を開いていないようなそんなふうに見えて」
「きっとフィオナのことを心配しているのよ。殿下にもいろいろあるから」
先ほど述べた反対勢力の関係もあるのかも知れない。あまり自分の考えを彼女に話すとフィオナを巻き込んでしまうという考えもあるのかな。
「少しくらい私に話してくれてもいいと思うのですよ。私だってもう16歳です。立派に自分で考えて行動できますし、公務に関しても務めを果たしています。兄様の力になりたいのに兄様の気持ちが分からないのです」
項垂れるフィオナ。彼女なりに思うところがあるらしい。
「殿下にも考えがあるのよ。あなたを政治の面倒事に巻き込みたくないのかも知れないわ」
「分かっています。兄様が必要以上に他人との距離を縮めないのはその立場もあってのことだと。ですが兄様のことを悪く言われているのが辛いのです」
この子もやっぱり理解はしているんだな、殿下の改革に反発する者達がいることを。
「兄様のやっていることはこの国にとって必要なことなのは私にも分かります。反発が起きるのも改革をしているのなら当然でしょう。ですが兄様はそれを一人で背負おうとなさっているのです。そのせいで兄様に心ない言葉が投げつけられているのが私は嫌で……せめてなにか話してくれれば力になれるのにそういったこともされないし……」
口を尖らせながら兄への愚痴を言うフィオナ。まあ親しい人が酷いことを言われていたらあまり良い気分はしないよね。
「だから御姉様がうらやましいのです。兄様からいろいろ相談を受けていらっしゃるのでしょう?」
「……まあね、私は元冒険者だったから魔物への対策でどうしたらいいかとかは助言したりしているわ」
政策についても最近は私が勉強しているのを把握したのか時々意見を求められたりしている。
「……ずるいですわ。御義姉様には相談して私にはなにも言ってくれないなんて」
可愛らしくむくれるフィオナ、まあ殿下のことを影であしざまに言う人間は私もこの数ヶ月で嫌という程見たし、その状況を知っているなら心を痛めても無理はないよね。
「私は頼りないんでしょうか? 兄様にはいつまでも世話の焼ける妹と思われているのかしら」
「あら、そんなことはないわ。あなたのことは出来た妹と殿下もおっしゃっていたわよ」
「……本当ですか!?」
私の言葉に食い気味に反応するフィオナ。兄から評価されていたことがよっぽど嬉しかったらしい。
「本当よ。だからフィオナ、あなたはもっと自分に自信を持っていいわ」
「……!? うふふ」
私の言葉を聞いたフィオナは嬉しそうに顔を綻ばせる。彼女も王族なので公務の時は人に迂闊に感情を見せたりはしないけど、二人きりの時は本当に分かりやすくて素直な子だ。
また今回の会話で殿下がどうやら不器用な性格らしいということが分かった。そして私を信頼して話をしてきていたことを知れたのはちょっと嬉しい。少なくともお荷物とは見なされていないのだから。
「御義姉様、今日は本当にありがとうございました。おかげで私、少し自分に自信が持てました」
「それはよかったわ」
それからは二人で和やかに日常生活やおいしい食べ物の話などをしたりして今回の茶会は終了した。
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