第5話

 フェンリス殿下の婚約の申し込みは私個人やルビーハート家の問題に留まらず、国を左右する重要な案件になった。

 なにせ殿下はこのエルムリア王国よりも強い王国の第一王子で私は仮にも公爵家の娘、ここでフェンリス殿下の申し出を断れば国と国の関係で問題が起きかねなかった。

 そのため、あの一件が他の人間の認知することになった時、私に対して国王陛下から直々にフェンリス殿下の婚約の申し出を受けて欲しいと嘆願があったのである。ちなみにあの馬鹿王子は婚約破棄騒動に関して国王陛下にしっかりしかられた。家と家で話合ったことを全部駄目にしてしまったのだから当然だろう。

 私にとっては一難去ってまた一難。せっかく面倒な人間と縁が切れると思っていたらまた別の面倒な人間から目を付けられてしまった。本当にどうなっているんだ、私の男性運、ろくでもないなにかを引き付けてしまうなにかがあるのだろうか。 

 まあ、こういう状況になってしまったら断ることはできない。私はいやいやながらもフェンリス殿下に嫁ぐことになり、ノーウェン王国へと行くことになった。



「……」


「どうした? ぼんやりとして? なにか悩み事でもあるのか?」


 わざとらしく聞いてくる私の新たな婚約者ーーノーウェン王国第一王子であるフェンリス殿下に私はイラッとしてしまう。私が悩んでいるのはあなたとの婚約だということくらい分かっているだろうに。とはいえこんなことを本人に話す訳にもいかない。


「いえ、なんでもありません。ただ見える景色が綺麗だなっと思って」


 冷たく答える私、いきなりこんなふうに他国に嫁ぐことになったのだから多少不機嫌に振る舞っても許されるはずだ。

 無愛想な私の反応にもフェンリス殿下は笑いながらこちらを見てくる、そんなに見ていて楽しいものだろうか。


「それよりあの約束は本当に守ってくれるんですよね? 私が嫁いでも私の行動の自由は保障するっていうのは」


「もちろんだ。流石に他人に理由なく危害を加えたりしらたら庇いきれないがな。それ以外なら特に行動を制限したりはしない」


 私が最終的にこの婚約を受け入れたのはこれが理由だ。どうしようか迷っていた私にフェンリス殿下は婚約した後の行動の自由は保障すると言ってきたのだ。

 この婚約の申し出は断れば角が立つ厄介なものだった、しかし私としては自分の行動の自由を奪われるのはごめんだった。このため、私も当初はどうしようかと頭を抱えたのである。

 しかしフェンリス殿下は私が嫁いだとしても行動を制限することはしない、冒険者として行動したければしてもいいとさえ言った。妻としての公務も最低限果たせば良いそうだ。

 これには私も驚いたがこの申し出は私にとってはいいものだった。自由が制限されないならこの婚約を断って角が立つことをわざわざする必要はない。妻としての公務は面倒だなと思ったけど、まあ婚約を断って国同士の関係を悪化させるのは流石にまずいしね……。

 という訳で私はフェンリス殿下の申し出を受け入れて今は彼の国に向かっている最中だ。とはいえ彼に対してはいい印象は持っていない。

 だっていきなり人に斬りかかってくるような人間に対してどうやって好感を持てというのか。人を試すためにあんなことをするのは本当にどうかと思う。

 なので私の彼に対する態度は当然冷たいものになる。あんなことをされたんだか本当これくらい許して欲しい。


「自分から誰かに危害を加えるような愚かな真似はしませんよ。あなたも本当に約束は守ってくださいね」


「ああ」


 ジト目で念押しする私に完結に答えるフェンリス殿下。

 今のところ、あの一件以降私に対して妙なことはしてきていないため、私もこれ以上追求することはやめた。今から私の行く国のことについて考えを巡らせる。

 ノーウェン王国は今の世界で存在している国ではいちばん発展している国だ。今、私の夫となったフェンリス殿下が将来国王になる人。今の国王は数年前から病に伏せっているので今の政務はフェンリス殿下が国王代行として取り仕切っている。

 殿下が陣頭に立って政務をとり仕切るようになってからノーウェン王国は急速に力を付け始め、さらに発展しようとしていた。だからうちの国は彼からの婚約の申し出を断れなかったんだよね、断ればなにをされるか分からなかったから。


「時にアリアナ嬢、あなたは我が国に来たことがあるのか?」


「ええ、前に冒険者として活動していた時に何度か。ただじっくり見て回ったことはないですね。ノーウェン王国の王都には行ったことはないです」


「そうか。君はいろいろなところを見て回るのが好きと聞いた。落ち着いたらゆっくりこの国を見て回って欲しい」


 実際、この国の発展具合をじっくりと見てみたいとは思っていたのだ。まさかこんな形で叶うことになるとは思っていなかったけど。


「ところで私を呼ぶ時はアリアナで結構です。気を遣う必要はありませんよ」


「ん? そうか、ではそうさせてもらう。俺もそのほうが楽だしな」


 まあ一応夫婦になるのだし、あまり距離があるのもおかしいだろう。まだ信用した訳じゃないけどね。

 

 フェンリス殿下と話している内に馬車は王都の中へと入っていく。ノーウェン王国の王都は人々が行き交い、活気に満ちていた。建造物も他の国と比べて大きく立派なものが多い。中央にある王宮は凄まじい存在感を放っていた。

 発展しているとは聞いていたけど改めて見るとその凄さが分かる。他の国とは人の数も技術力も違う。


「凄い……!!」


 思わず子どものように興奮気味に呟いてしまう。これほどの都市は冒険者で各地を回っていた時でもそうそうお目にかかれるものではなかった。私は王都の威容を見て童女のようにはしゃいでしまう。


「くくく……アリアナが随分と気に入ってくれたようでよかった。これから君はこの王都及び王国を治める人間の妻になるのだから気兼ねせず王都を満喫できるぞ」


 私の子どもじみた反応がおかしかったのかフェンリス殿下がくすくす笑いながら告げてくる。

  

 そのこと自体は嬉しいけど、これから先の生活には不安しかないけどね!


 楽しさと不安を抱えながら、私は突然の嫁入りを迎えるのだった。

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