第16話 茹でて酢味噌で和えて饅にすると最高ね

 昼餉を済ませて、裏庭に在る畑を案内してもらう。庭の一角が耕され菜園になっており、何種類もの野菜が育てられている。

「家で食べる分は、この畑で育ててるのよ。今は玉葱が穫り頃かな。若穫りするなら馬鈴薯や牛蒡もいけるね」

「若穫り?」

「育ち切る前に穫る事よ。間引きも兼ねてね。柔らかくて優しい味が楽しめるのよ」

「もしかして今朝の味噌汁の馬鈴薯も?」

「そうよ。いわゆる新ジャガってやつね。小さいけど皮ごと食べても美味しいでしょ?」

 確かに食べ慣れた馬鈴薯よりも瑞々しかったし、皮も薄くて気にならなかった。なるほど、若穫りの馬鈴薯だったという訳だ。

「玉葱も今の時期のものは新玉葱よ。一ヶ月ほど干したものを老成玉葱ひねたまねぎって呼ぶんだけど、乾燥前の新玉葱の方が瑞々しいし甘味も強いの」

 そう言ってお雪さんが指差す家壁には、沢山の玉葱が吊るされていた。

「玉葱って、干すんだ……」

「干すと保存が効くようになるし、味もギュッと締まるのよ」

 いつも口にしている野菜なのに、未だ知らない事が多いのだから驚きだ。

「ここのお野菜は穫った物が在るから、次行きましょうか」

 そう言って案内された先は、何もない土手だった。

「此処で何か育ててるのか!?」

 曲家の裏手は、高台に在る温泉に向かってなだらかな土手になっている。雑草のたぐいが生い茂り、鬱蒼うっそうとした緑で覆われていた。どう見ても、作物を育てているような場所には見えない。

「育てちゃいないわよ。勝手に生えてるだけ」

 そう言ってお雪さんは、手近な野草を引き抜いて僕に手渡す。

 ひょろりと長い葉は根に向かうほど白く、根本は球状になっている。引き抜く際にひしゃげた辺りから、馴染みのある刺激臭が漂っていた。

「……ねぎ?」

「おしい! 野蒜のびるよ」

「食べられる……のか?」

「もちろんよ。天麩羅にしても美味しいし、茹でて酢味噌で和えてぬたにすると最高ね。生で味噌つけて食べても美味しいけど、辛味が強いから好き嫌いあるかも」

「そんな物が勝手に生えてるのか?」

 お雪さんが引き抜いた野蒜と同じ植物が、其処此処そここことなく生えている。

「そうよ。茹でるとかさが減るから、いっぱい穫って帰りましょ」

「了解した」

「大丈夫だとは思うけど、水仙と間違えないでね。水仙には毒があるから。もしも迷ったら、匂いで判断して。葉っぱを千切って葱みたいな匂いがすれば野蒜よ」

 教えられるがままに、野蒜を引き抜いた。根本に手をかけて、力任せに引き抜くだけ。そんなに力も要らないし、特にこつが必要という訳でもない。気持ちよく次々に引き抜いていくと、何だか楽しくなってしまった。

 分葱わけぎのような見慣れた外観だから、他の野草と見分けるのも簡単だ。次の獲物は何処かと見回してみれば、懐かしいものを発見した。

土筆つくしだ! お雪さん、土筆が生えてる!」

 土手の一角に、群れるようにして土筆が顔を出していた。幼い頃に御白様や奥内様と、土筆を摘んで遊んだ事を思い出す。

「あら、本当。でも少し若いかな。もう少し大きくなってからいただきましょ」

「食べられる……のか!?」

「もちろんよ。佃煮やお浸し、金平きんぴらにしても美味しいわ。あと卵綴たまごとじとか」

「へぇ、食べられるんだ……」

 驚く僕に、この土手では他にも蒲公英たんぽぽよもぎふきなどの食べられる野草が沢山生えるのだと教えてくれた。

「沢に行けばせりや三ツ葉も穫れるし、少し山に入れば山菜の宝庫だよ。田植えが終わったら行ってみよっか」

「行く! 行きたい!」

 野蒜を穫っただけだというのに、俄然、野草や山菜に興味を惹かれてしまった。単なる雑草にしか見えなかったというのに、こんなにも食べられる野草が在っただなんて驚きだ。

 野蒜を抱えた帰り道、鶏肉を取りに氷室ひむろに寄った。

 北側の日陰にひっそりとたたずむ背の低い小屋に立ち入ると、ひんやりとした冷気に背筋が伸びる。小屋の中には稲藁いねわらうずだかく積み上げられていた。藁の下は地面が大きくえぐられており、天井のない地下室のようになっているのだそうだ。大量の氷を地表まで積み上げ、周囲を籾殻もみがらで埋め、わらふたをしているらしい。

「すごいな。こんなに大量の氷を、どうやって……」

「冬の間に、凍った池から切り出してくるのよ」

「溶けてしまわないのか?」

「夏を越すまでは保つかな。いざとなったら、ワタシも居るしね」

 得意気にお雪さんが胸を張る。

「それは心強い……」

 雪女の力で冷蔵とは、恐れ入る。

 下処理を済ませ吊り下げられた鶏の中から、一羽を選び取って氷室を出た。

「後は椎茸しいたけとって帰りましょ」

 お雪さんが指差す先を見れば、背戸せどの脇の壁に幾本もの丸太が立てかけられ、沢山の椎茸が生えていた。

「し、椎茸って木に生えるのか? え? 椎茸の木??」

「違うわよ。ホダ木って言って、小楢こならの丸太に椎茸の菌を植え付けてあるの。二夏ほど越したら菌糸が回って、椎茸が生えてくるのよ」

 恥ずかしながら、椎茸が木に生えているところなんて、見たことがなかった。

 確か菌床栽培きんしょうさいばいと言っただろうか。大鋸屑おがくず米糠こめぬかを練り合わせたものに種菌を植え付け、工場で育てていると、理科の授業か何かで教わった気がする。

 考えてみれば自然の中では、枯木や倒木に生えているはずだ。丸太を使って栽培するほうが、余程自然ではないか。

「なんだかもう、驚くことばかりだな……」

「此処のやり方は、現し世うつしよと比べれば古いからねぇ」

 やり方だけの問題ではない。現し世でも玉葱は干すだろうし、土手に野蒜も生えているだろうし、椎茸もホダ木で栽培してるはずだ。僕が知らなかっただけの事なのだ。生きていくための知識を、何も持っていないように感じてしまう。

「何も知らずに生きてきたんだな、僕は。不甲斐ない……」

現し世うつしよじゃ、他に色々と憶えることあるもんね。隠り世かくりよの暮らしのことは、少しづつ慣れていけば良いじゃないかな」

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