第15話 料理を教えてもらえないだろうか

「朝御飯どうぞ」

 そう言ってお雪さんが、眼の前に白木の膳を据えてくれた。

 一汁一菜。玉葱たまねぎ馬鈴薯じゃがいもの味噌汁、そして卵焼が美味しそうな湯気を立てている。そして艷やかに輝く、白御飯の美味しそうな事と言ったら……。

「いただきます」

 手を合わせて箸を取る。

 食べ慣れた料理であるはずなのに、卵焼も味噌汁も驚くほど美味しい。何が違うのだろうか。秘訣でもあるのなら、ぜひ教えてほしいものだ。

 御飯が甘いなんて感覚、永らく忘れていた。噛む程に口の中で甘みを増していく御飯を、掻き込むようにして食べた。

「此処でれた米だろうか?」

「そうよ。お米だけじゃないわ。ぜんぶ地の物。美味しいでしょ?」

「……うん。美味しい」

 思いがけず、素直な感想が口から滑り出た。

 祖母が食べさせてくれた御飯を思い出し、懐かしい気分になった。御飯を食べてこんな満たされた気分になるだなんて、久しぶりのことではないだろうか。

 母はあまり料理をする人ではなかった。父母の帰りは遅かったため、実家にいる頃は夕食代をもらい弁当や惣菜を買って食べることが多かった。自炊しても良かったのだけれど少しでも勉強の時間を確保したくて、食事に割く時間はできるだけ少なくしようとしていた。

 大学に入って一人暮らしを始め、この機会に自炊を始めようと思った。何度か作ってみたのだけれどさして美味しくも作れず、それに自分しか食べないのだからとやる気も続かず、結局はコンビニやスーパーの世話になった。自由になるお金が増えたから、外食す機会も多くなった。

 この先ずっと、料理を作ることなんて無いんだろうと思っていた。結婚でもすれば、もしかすると必要に迫られてやるかもしれない……そんな風に思っていた。

 とするならば、此処が分水嶺ぶんすいれいではないだろうか。いま始めないのならきっと、この先も料理を始める機会なんて無いように思う。

「どうしたの? モジモジしちゃって」

 不思議そうに、お雪さんが小首をかしげる。

「料理を……その、教えてもらえないだろうか」

 突然の申し出にあっけにとられている様子だったが、突如として僕の側まで駆け寄って両肩を掴んだ。

「素敵! 御白様のために頑張るのね!」

 掴んだ肩をガクガクと揺さぶる。

「い、いや。そういう訳では……」

 揺さぶられ、口を開けば舌を噛んでしまいそうだ。

「良いのよ! 大事な人のために作りなさい!」

「あ、あぁ……」

「そうすれば、料理なんてすぐに上手になるから!」

「そう……なのか?」

「そういうものよ! 大丈夫、教えてあげる。おネェさんに任せなさい!!」

 米の炊き方から教わりたかったのだけれど、今日はもう炊かないのだそうだ。次の機会に教えてもらうことになった。さすがにかまどで米を炊いたことはないので、巧く出来るかどうか不安だ。

 朝炊いて残った御飯は、握り飯になって皿に盛られていた。味噌をつけて焼くと旨いらしい。お昼は焼きお握りに決定した。

「手始めに、ひっつみ汁でも作ってみましょうか」

「ひっつみ汁?」

「この辺の郷土料理よ。ひっつみって言う、小麦を練った生地が入った汁物なの。例えるなら、具沢山の煮込みうどん……って感じかしら」

「なるほど。それは美味しそうだ」

「汁物とはいえ、ひっつみが入ってるから主食にもなるのよ。囲炉裏に引っ掛けとけば、皆んな勝手に食べてくれるし楽でいいわ」

「僕にも作れるだろうか……」

「大丈夫よ。味噌汁作るようなもんだから」

 いや、その味噌汁すら、まともに作ったことがないのだが……。

 夕餉のひっつみ汁の仕込みは夕方から。お昼から食材調達がてら、畑を案内してもらうことになった。昼餉までの間、あれやこれやと気になっていた事を訊いてみる。

 そうではないかと思っていたのだけれど、やはりお雪さんはあやかしで、思っていた通り雪女なのだそうだ。お涼さんという妹と一緒に、この曲家の近くに住んでいるらしい。

 もしやと思い訊いてみれば、川波かわなみさんもやはり妖で河童なのだという。昨日は僕を驚かせないよう人の姿で居てくれたが、本来は水掻きの付いた手足に甲羅を背負った現し世うつしよでもお馴染みの姿なのだそうだ。ただし肌の色は、昨日すれ違った岩清水さんと同じで赤い。遠野の河童は、肌が赤いとの事。

 しかしお雪さんといい川波さんといい、少し名付けが安直過ぎはしないだろうか。もしかすると妖は、あまり名前にこだわりが無いのかも知れない。

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