第14話 馬ッコ扱えなきゃ、行っても邪魔かな

 残念そうな面持ちのお雪さんから井戸の場所を教えてもらい、顔を洗いに外へ出た。外から曲家まがりやの様子を伺いながら帰ってきたが、この家に残っているのはどうやら僕とお雪さんだけの様だった。茶の間に戻り、台所に立つお雪さんに訊いてみる。

「田植えが近いからねぇ。お昼は皆んな出払ってるのよ」

 そんな時期に、遅くまで寝ていたとは心苦しい限りだ。

「奥内なんかいつもダラケてる癖に、田んぼ仕事になると張り切るんだから。今ごろ馬を牽いて、嬉々ききとして代掻しろかきしてるんじゃないかしら」

「代掻き?」

代田しろたくから代掻き。代田ってのは、田植えしてない水を張った田んぼの事よ。掻くってのはまぁ、耕すようなものだと思ってくれれば……」

「人手が要るんじゃないのか? 手伝わなくて良いのだろうか」

「大丈夫よ。轟天号ごうてんごうが頑張ってるから」

「轟天号?」

「そこに居たでしょ。栗毛の馬ッコ」

 お雪さんが、台所の向こうのうまやを指差す。

「轟天号とはまた、猛々たけだけしい名を……」

「何とかって映画に出てくる戦艦から取った名前だとか言ってたけど、そういうところ奥内って、神とはいえいつまで経っても子供よね」

 神様を子供呼ばわりとは、お雪さんかなり強い。昨夜の夕餉の際、奥内様に対する対応も冷たかった。仲が悪いのだろうか。その割には、彼の事を語るお雪さんは、どことなく楽しげに見える。

「でも、なにか手伝えることが……」

「馬ッコ扱えなきゃ、行っても邪魔かな。馬鍬まんがっていう大きな熊手みたいな農具を、馬ッコに引かせて掻くから」

「そうか、邪魔なのか……」

 雑用でも良いから手伝えないかと思ったのだけれど、邪魔になるのなら仕方がない。

「なぁに? 手伝いたかった?」

「いや、そういう訳では……」

 思いと反対の言葉が口を突く。

「一週間もすれば出番があるから安心して。嫌でも駆り出されるわよ」

「僕にもあるのか? 手伝える事が」

「田植えは総出そうででかかるからね。女子衆おなごしゅうが主役みたいなものよ」

 田植えなんて機械がやるものだと思っていた。ニュースか何かで目にした、田植え機が器用に苗を植え付けていく様子が頭に浮かぶ。しかし此処では、どうやら今でも手植えをしているようだ。

「昔ながらのやり方なんだな。隠り世かくりよは」

「機械とか入れて、ガーってやっちゃった方が楽だし、効率もいいんじゃないかって思うんだけどねぇ。でもみんな、そういうのは要らないんだってさ」

「楽をするのが嫌……なのか?」

あやかしって人より寿命が長いじゃない」

「そうなのか?」

 種族によっても違うが、少なくとも人の四倍以上は生きると教えてくれた。

「だから時間的な感覚が違うって言うのかな。あんまり慌てたり、急いだりしたいと思わないみたい。明治の頃までは、現し世うつしよと同じように暮らし方を変えてきたんだけどね。そこからはずっと、変わってないかな。これくらいの生活が、釣り合いが良いみたい」

 スローライフという言葉が頭に浮かんだ。しかし妖達の生き方を思えば、何やら座りが悪いようにも思えた。自然に寄り添って生きていく覚悟と言えば良いのか、自然に溶け込んでいる感覚と言えば良いのか……巧く表す言葉が見つからず思わず考え込んでしまう。

「そう言えば凛ちゃん、スマホ無くて大丈夫なの?」

「あ、うん。特に問題はないな」

 スマホなんて、コミニュケーションのための道具だ。コミニュケーションを取りたい相手が居ないのだから、問題なんてある訳がない。

「今の子って、スマホ無いと死んじゃうんじゃないの!?」

「いや、死にはしないだろ……」

 言った直後に失笑した。もう既に、死んでいるじゃないか。勿論、スマホがなくて死んだ訳ではないのだけれど。

現し世うつしよの世情に詳しいようだが、お雪さんはもしかして、向こうに居た事が?」

「うん、まぁ、ちょっとね……」

 お雪さんには珍しく、歯切れの悪い物言いだ。もしかすると、この話題にはあまり触れない方が良いのかもしれない。

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