第二章 凜華、祝言を上げる

第13話 ツンが九割、デレ一割くらいでどうかしら?

 ふすまを開ける音で目が醒めた。

「凛ちゃん、そろそろ起きよっか」

「おはよう……ございます」

 お雪さんの声に反射的に応えたものの、目はまだ開ききらず虚ろなままだ。

「着替、置いとくね。着付けできる? おネェさんが着せてあげようか?」

「いや、結構だ。問題ない」

「なーんだ、残念」

 そう言ってお雪さんは襖を閉めた。

 布団から這い出した黒猫が、伸びをしながら大きな欠伸あくびをする。

 残念? 不思議に思いながら布団を畳む。雨戸を開けてみれば日は既に高く、の眩しさが目に染みた。

 僕はどうやら、寝坊してしまったらしい……。

 こんな時間まで眠りこけていただなんて、皆の手前どうにも決まりが悪い。客人まれびととして扱ってもらっているとはいえ、明日にはこの家の嫁になるのだ。少し位は家のことを出来るようになっておきたいというのに。

 ようやく陽の光に慣れた目で縁側を見れば、昨夜この場所で御白様の膝に抱かれたことを思い出して顔が赤くなる。もしかすると夢ではなかったのだろうか、そんな風にも思ってしまう。いつしか僕の薬指には、見失ったはずの約束の指輪が煌めいていた。

 お雪さんが用意してくれたのは、つむぎの着物だった。着物を着る機会は多かったので、着付けくらいは一人で出来る。眠い目を擦りながら、着替えを済ませた。

 中の間の鏡台で仕上がりを確かめる。葡萄茶色えびちゃいろと黒色の、幾何学的な織模様が美しい。着物の落ち着いた雰囲気に反して、帯はしゅだいだいの華やかな染帯だ。下手をすれば品のない取り合わせになりそうなものだが、半衿はんえりにあしらわれた紅色くれないいろの柄や、帯揚おびあげ帯締おびじめの本紫色が巧く均衡を保って上品な着こなしになっている。袖口から、裏地の紅色が見えるあたりも心憎こころにくい。

 着物にこんな例えは如何なものかとは思うが、どことなくゴシックロリータを思わせるおもむきがある。とても現代的な取り合わせだ。こんなコーディネイトが出来るお雪さんは、もしかしてかなりセンスが良いのではないだろうか。

 僕より少し歳上だろうか。お雪さんは、羨ましいくらいの器量良しだ。美人だからという訳ではないが、着る物には拘りがありそうな感じがする。

「やーん! 似合うわぁ。凛ちゃん可愛い!」

 茶の間に顔を出した僕を見て、お雪さんが身をくねらせる。

「か、可愛いくなどあるものか!」

「私のお下がりでゴメンね。普段着に何枚か持ってきたから使って。お出かけ用は、御白様におねだりするといいわ」

「僕なんかのために、わざわざ御苦労なことだ。ありがとう、とでも言えば満足かな?」

 いつもの癖で、つい悪態をいてしまう。

 気を悪くしたのではないだろうか。せっかく僕のために着物まで用意してくれたというのに。こんな風に言われて、気分を害さない訳がない。

「凛ちゃんって面白いよね」

 お雪さんが悪戯っぽく笑う。

「は!? お、面白くなど……」

 機嫌を損ねたのではないかと心配していたというのに、笑顔を向けられて慌てた。

「そういうの、ツンデレって言うんでしょ? おネェさん、現し世うつしよのことけっこう詳しいんだからね!」

「いや、僕はツンデレなどでは……」

「あ、そうか。凛ちゃんデレないもんね。デレない人は何て呼ぶんだっけ。確か……ツンドラ? それともツンツン?」

「だから僕は……」

 言い返そうとした端から、お雪さんが言葉を被せていく。

「でも、たまにはデレてくれたって良いのよ? じゃないとおネェさん寂しいわぁ。ツンが九割、デレ一割くらいでどうかしら?」

「いや、その……」

「あ、でも八対二くらいの方が、バランス良いかもねぇ。そうしましょ、ツン八割にデレが二割!」

「あの……」

「そっか、デレるのは御白様の前だけって訳ね! くー、御白様が羨ましいわっ!」

「いや、だから……」

 昨日の夕餉ゆうげの時からもしやとは思っていたが、どうやらお雪さんは予想を超えて……その、何と言うか……そう、個性的な人のようだ。

「私ばかり喋ってごめんなさいね」

「か、構わない。気にしないでくれ」

 気の利いた切り返しの一つでもと試みてみたのだが、総て失敗に終わってしまった。徒労感だけが重く身体に伸し掛かる。

「それじゃ朝御飯の前に、クンカクンカさせてくれる?」

 今朝一番の笑みをたたえながら、お雪さんが言った。

「嫌だ。断る」

 自分でも驚くほど、感情の無い声が出た。クンカクンカが何事か解らなかったが、この話の流れではどうせろくな事ではないだろう。

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