第12話 どうすれば信じていただけるのやら……

 彼の真っ直ぐな想いに、きちんと応えたいと思う。

 けれどもそう思うほどに、僕が妻として並び立つことへの不安を感じてしまう。そして寵愛ちょうあいを失ってしまう日が来るのではないかと、おびえる自分だって居る。

 まったくもって不器用だ。気持ち一つ、まともに受け止める事が出来ないのだから。

「君の恩寵おんちょうに、僕はむくいたい。君が望むのなら、喜んで妻になろう……。そう言いたいけど、僕なんがか君と釣り合うとは思えないよ。君を失望させてしまうのは嫌だ。それならば最初から僕なんかなじゃなく……」

 僕の言葉を、御白様の指先が塞ぐ。

「私は凜華さんが良いと言っているのですよ」

「こ、こんな僕でも良いって言うの?」

「最初から、そう言っています」

「君の役に立てる自信なんて無いよ」

「役に立つなど、私は望んでいませんよ」

「家事だってまるで出来ないし」

「構いません。お雪が手伝ってくれます」

 我ながら、面倒な女だと思う。自分がこんな風になってしまうだなんて、思いもしなかった。こんなに他人から必要とされる事も、こんなに真っ直ぐに好意を伝えられる事も、今まで一度もなかったのだ。許してほしい……。

「時が経てば、今の僕とは違ってしまうかも……」

「違ってしまっても、変わらずに好きですよ」

「……す、好きって、言った」

「はい、言いました」

「本当に、その、好き……なの? 僕のこと」

 上目遣いに御白様を見上げる。

「やれやれ。どうすれば信じていただけるのやら……」

 天を仰いだ御白様が、チラリと僕を見遣る。

「凜華さんを安心させて差し上げたいのですが……」

 再び天を仰いでなげく。

「全くもって、どうすれば良いのやら……」

 またもやチラリと見遣る。

「一体全体どうすれば、凜華さんは安心してくれるのでしょう」

 大げさに肩を竦め、またもや天を仰ぐ。

「わ、判ってて言ってるんでしょ!」

「判りませんね。言葉にしないと伝わりませんよ?」

「……い、意地悪」

 真っ赤になってうつむいてしまい、僕は何も言えなくなってしまう。

 仕方がないとばかりに、御白様は僕に身を寄せる。そして肩と膝裏に腕を伸ばしたかと思うと、ひざの上に乗せて横抱きにかかえてしまった。

 突然の事に驚き、思わず小さな悲鳴を上げる。

「抱っこして欲しいだなんて、可愛過ぎますよ。凜華さん」

「や、やっぱり判ってるじゃないか!」

 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! 消えてしまいたい!!

 御白様の胸に顔を埋めたまま、首に手を回してしがみつく。見た目にそぐわぬ胸板の厚さに驚きながら耳を当てると、力強い鼓動が伝わってきた。

「ドキドキ言ってる……」

 抱き抱えられ緊張に身を固くしたが、鼓動を聞いていると少し落ち着いた。

 この人の妻になるのかと思い顔を見遣れば、あまりの距離の近さに恥ずかしくなって再び俯き額を胸に当てた。

 恥ずかしさを紛らわせる様に、勢いをつけてまくし立てる。

「そ、その、何だ……。未熟な僕だけど、君に相応しい妻になれるよう、努力は怠らないつもりだ。具体的には、料理を覚えたり、裁縫を覚えたり、家の事をきちんとこなせるようになりたいと思っている。あと、近所付き合いだな。人と接するのは、何と言うかその、得意では無いんだが……」

 言葉の途中でまたもや、御白様の指先が僕の口を塞ぐ。

「そんなに気張らずとも、良いのですよ?」

 何を言っている!

 気張りでもしなければ、君に釣り合う僕になれないじゃないか!

「えぇい! 邪魔をするな! 言わせてくれ! こういう事は、最初にきちんと決めておくべきなんだ。妻として隣に置くことが嫌になったり、僕にいてしまったのなら、その時は離縁してくれたって構わない。だけど、その時はせめて……」

 顎先に御白様の指がかかり、そのままクイと持ち上げる。

「離縁など……するものですか……」

 彼の薄い唇に塞がれ、僕の言の葉は完全に途切れてしまった。

 とろけるような気味合きみあいで、そっと目をつむった。

 身を任せてしまえば。まるで宙に浮いているかの様な心持こころもちだった。

 夢見心地に閉じたまぶたを、まさか夢ではないかと不安に駆られて見開く。

 月影に照らされた双眸そうぼうが、じっと僕を見詰めていた。

 視線が絡んだかと思うとおもむろに空を見上げ、彼はしばし佳月かげつに見惚れる。

「月が綺麗ですね」

 つぶやいてかすかに微笑みをこぼす。

 見上げてみれば満開の桜の向こうに、待宵月まちよいづきが冴え冴えと輝いていた。

「君と観る月だから……」

 応えて再び、彼の胸に顔をうずめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る