第11話 凜とした華のようであれ

「おやおや。隠世には、夜這いの風習でもあるのかな?」

 思わず悪態が口をく。

「初夜を待ちきれぬほど、盛んではありません」

「意外と俗な事を言うのだな。神であらせられるというのに」

「神も人も、そう変わるものではありませんよ」

 そう言ったきり御白様は黙ってしまった。気不味い沈黙が流れる。

 僕の悪態で、気分を害してしまったのではないだろうか。不安に駆られて、月影に照らされた横顔をそっと見上げる。

 どうやら気不味いと感じているのは僕だけの様で、御白様はこの沈黙を楽しんでいるように見える。なにをどうすれば沈黙を楽しむことができるのか……理解に苦しむばかりだ。

 耐えきれなくなり、僕の方から声を上げた。

「死んでしまったというのに、こうやって会話ができるのだから可笑しなものだな。あまつさえ君は、隠世で第二の人生を歩ませてくれるなどとのたまう。死ねばもう、に還るものだと思っていたよ」

現世うつしよに、未練でも残してきましたか?」

 僕は首を横に振って答える。

「未練はないが、成すべき事を放り出してしまったようで心地が悪い。僕の人生、何のために在ったのだろう。何も成せぬままに終わってしまった……そんな風に思うよ。せめて美しい華を咲かせたかったものだ」

 ふと、父母の教えが頭をよぎる。

 僕の名前に込められた願い。幾度となく聞かされた教え……。

「凜とした華のようであれ、ですか?」

「ど、どうしてそれを……」

 頭の中を言い当てられ、驚きに目を丸くした。

「神ですからね。判るのですよ、大抵のことは」

ずるいな。それは……」

 幼き頃から気高く誇り高く生きろと教えられた。その想いは、僕の名前に込められた。両親には申し訳なく思うが、凜華という名前を好きになれずにいた。何時の頃からか、名前に負けているように感じたからだ。

 名前に負けぬよう、そして両親の期待に応えられるよう、懸命に生きたつもりだ。背伸びもしたし虚勢きょせいも張った。でも結局、僕は凜とした華にはなれなかった。

 思わず、自嘲じちょうの笑みがこぼれる。

「虚勢で固めた華にしか成れなかったよ」

「その華もまた、美しいものですよ」

「解せぬな。所詮は偽りの華だ」

 おかしな事を言うものだ。虚勢で咲かせた華など所詮しょせんは偽物。美醜びしゅうを問う以前に、存在すら疑わしいではないか。

 僕の隣に、御白様がゆっくりと腰を下ろす。

 そして真っ直ぐに僕を見つめて言った。

「虚勢を張ってまで懸命に華を咲かせようとする凜華さんは、いじらしくて、愛らしくて……その姿こそが美しい華のようだと、私は思っていたのですよ」

 言われて大きく胸が鳴った。

 凜とした華に成れず、見窄みすぼらしく足掻あがいていた僕が、美しい華だって?

 そんな事を言われたのは、初めてだった。

「ぼ、僕が美しい華だなんて、君の目は節穴か?」

「凜華さんは、とてもお綺麗ですよ」

 あっけにとられる僕に、微笑みを投げ掛ける。

「せ、世辞など……」

 恥ずかしさのあまり、悪態も途切れてしまった。思わず目をらしてうつむいた。

 あわてる僕を、御白様は微笑んだまま見守っていた。

「思い出されたのでしょう? 幼き日の約束」

 驚いて再び目を見張った。

「ど、どうして判った……の?」

「神ですから」

「狡いよ。そんなの……」

 何でもお見通し、という訳か。

「幼き頃より、そっと影から見守ってまいりました。でも今日からは隣で支えたいと思っています」

 真っ直ぐに僕を見詰めたまま、なおも続ける。

「私の妻になるのはお嫌ですか? 凜華さん」

 本当に狡いと思う。

 僕の気持ちなんて、きっと御白様には筒抜けなのだ。

 それなのにこんな風に訊くだなんて……本当に狡い。

「嫌では……ないんだ」

 続けようとしてた言葉を飲んだ。「だって君は初恋の人なのだから」そんなこと、照れ臭くて言える訳がない。いや、もしかして、声にせずとも御白様には伝わってしまうのだろうか……。

「本当に僕なんかで良いの? 君ならもっと良い縁談だってあるんでしょ? 無理をしているんじゃないかと心配になる……」

 何と言っても神なのだ。その気になれば引く手数多あまたなのではないだろうかと思う。

「凜華さんが良いのですよ。私は」

 この神は、こうやってまた僕を喜ばせる……。

 こんな僕の、何が良いと言うのか。

「そうでなければ、幼き日の貴方に指輪を持ち帰らせたりはしませんよ」

「約束とはいえ、子供の戯言たわごとだ。果たす義理はないだろうに……」

 僕の言葉に、御白様は首を横に振って答えた。

「もう一度言います。私は凜華さんが良いのですよ」

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