第07話 祝言などという戯言は結構だ。

 座敷には白木のぜんが六つ据えられていた。座敷の上座に二膳、下座に向かって向かい合うように四膳が据えられている。

 御白様が、上座に座るよう勧める。

「いや。僕は下座でお相伴させてもらえれば……」

客人まれびとを下座になど……。さぁ、お座り下さい」

 断り難い気に飲まれて従った。御白様と僕が上座に座る。

 奥内様とぼっこちゃんが右手の襖側に座っていた。縁側が在る左手の障子戸側に座る男女は、川波さんとお雪さんだと紹介された。二人はこの家の事を手伝っているのだという。

「では、戴きましょうか」

 御白様が言うと同時に、奥内様が手を挙げ声を上げる。

「はい、はーい!」

「何ですか、奥内」

 わずらわしげに御白様が応える。

「御白だけ凜ちゃんの隣に座って、ズルいと思いま~す!」

 言い終わらぬうちに自分の膳を持ち、僕の隣へと移ってくる。

「ちょ! 近っ!」

 思わず御白様の方へ逃げて膳をずらす。僕が逃げた分だけ、奥内様がにじり寄って来た。結果、肩が触れ合う距離で、御白様と奥内様に挟まれる事になった。

「それじゃ、食おうぜ!」

 そう言って箸を取る奥内様は、ご満悦の様子だ。対して御白様は、呆れたように溜息を吐いている。

 僕はと言えば、どうすれば良いの解らず、二人の間で小さくなって箸を取った。

「た、食べにくいのだが……」

 他の三人は、上座での騒ぎなど無いかの様に黙々と食を進めていた。もしかしたらこんな騒ぎが、この家では日常なのかも知れない。奥内様の奔放ほんぽうぶりを見ているとそう思う。同じ顔をしてるのにまるで性格の違う御白様と奥内様を見比べ、少し可笑おかしくなった。

 今日の膳は、お雪さんがこしらえてくれたものだという。飯と汁の他に三菜が器に盛られ、香の物が添えられていた。一つは猪肉ししにくの味噌漬を焼いた物だといい、もう一つは根菜と雁擬がんもどきの炊合せ、そしてこごみの胡桃和くるみあえなのだそうだ。

「山の料理ばかりで恥ずかしいわ。お口に合えば良いのだけれど」

 料理を紹介してくれたお雪さんが、不安げに声を上げる。

「お若いのに、大した腕前だ……とでも言っておこうか」

 解っている。ただ一言「美味しい」と伝えれば済むことなのだ。

 こんな可愛げのない言い方をすれば、場の空気が悪くなることなんて解っている。解ってはいるのだけれど、二十年以上かけて積み上げてきた悪癖はそう簡単に変えられるものではない。

「え、若い!? そう? そんなことは……フフ、あるけど!」

 僕の物言いにも動じること無く、お雪さんが両手を頬に添え身をくねらせていた。

「いや、そっちかよ! 料理の話じゃないのかよ!」

 すかさず奥内様がツッコミを入れる。

 次の瞬間、お雪さんの表情が凍りついた。

「なんか文句あるの?」

 今までとはまるで違う冷たい口調。奥内様をにらみ付ける。

 心しか、部屋の温度まで下がったように感じられた。

「いえ、文句……ないです」

 気勢を削がれた奥内様が、目を逸らして香の物をつまんでいた。どうも此処の人達は、立場というか力関係が難しくて理解に苦しむ。

 それはそうと、可愛げのない物言いに雰囲気が悪くならなくて良かった。奥内様とお雪さんには、感謝しなくてはいけない……。

 胸を撫で下ろして、残りの料理を戴いた。

 

 食事が終わると、お雪さんが茶を淹れてくれた。

 御白様は正座したまま静かに茶を飲み、奥内様はぼっこちゃんと一緒に茶菓子の入ったかごを漁っている。お雪さんと川波さんは、食事の片付けのため台所へと出て行った。

 良い頃合いかと思い、御白様に訊いた。

「客としてもてなしてくれるのは有り難いのだが、そろそろ教えてもらえないだろうか」

「凜華さんが、此処に居る理由……ですか」

 皆が優しく接してくれるが、どうして歓待してくれるのか判らず困っている。喉の奥に刺さった小骨のように、気になって仕方がない。

「祝言などという戯言ざれごとは結構だ。事実だけ教えてくれれば良い」

「戯言ではないのですけどね。祝言の話も」

 そう言って、御白様は困惑の笑みを浮かべた。

 そして何事か思案しているところへ、奥内様が口を挟んだ。

「教えてあげればぁ?」

「しかし、奥内……」

「知る権利あるっしょ。凜ちゃんには」

「とは言ってもだな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る