第30話 ムスクの香り
「リリアーナ、何かあったか?今朝、城に私を訪ねて来たと聞いた。」
きっと、あの門番から伝わったのね。
まさか伝わるとは思ってなかったけど。
殿下は三年生の騎士候補であるバーレン・ドラゴミールを連れて来ていた。
万が一にも、この話が漏れてはいけないと思い、屋敷の使用人たちに、下がって欲しいと目配せをする。
殿下はバーレン様にも下がるように目配せをした。
「予知夢を見たのです。恐らくは王城のどこかの部屋に、武装した集団が入ります。私が見た部屋には20人前後の刺客。それから、陛下と、お父様がいました。刺客は…おと、おとうさ、、ま……えっぐ…」
声に出したら、また涙が込み上げてきて。
「リリアーナ、落ち着け。」
甘いムスクの香りがふわりとして。
私はウィリアム殿下の胸の中にいた。
「お父様を捉えたあと、王城に火を放ちます。恐らく陛下も追われています。」
それからすぐに、ウィリアム殿下に抱きかかえられて馬に乗り、街道を走った。
王城に着くと門前には、すでに近衛兵20名ほどが集められていた。
バーレン様はその先頭に立ち、殿下は私を庇いながら歩いてく。
王城には、普段から人が沢山集まっている。
貴族なら誰でも入れる大庭園。
パーティーが開かれる大広間。
騎士の訓練場に、騎士の居住エリア。
王城で働いている者の執務エリア。
王族の居住エリア。
バンッ!バンッ!バンッ!
という大きな爆発音が数度して、鼓動が跳ねた。
王城内は、一気に緊張が走る。
かなり奥の方から聞こえていた。
悲鳴を上げる貴族婦人や、何が起こったのかと不安な顔の子供もいる。
「陛下の執務室に向かえ!」
ウィリアム殿下が指示を出す。
集まっていた人々が道を開けて、ウィリアム殿下は私を庇いながら進み、バーレン様は先頭を走った。
「あっちに行ったぞ追えー!」
兵士達の怒号が飛び交う中、その中心地へ向かう。
父が見えた。
首をぐったりして、どこにも力が入っていないようで。
狩猟した獲物を引きずるようにして、運ばれている。
私はその姿を見て、もつれる足を必死に繋ぎ止めながら、走り出していた。
「リリアーナっ!」
ハッと見ると視界の端から剣を持った男がこちらを捉えていた。
全身に力を入れて、衝撃に備えた。
が、一向に痛みが来ない。
甘いムスクの香りがして、恐る恐る目を開けると、殿下の向こうに、先程の男の顔が見えた。
「殿下!」
「救護を呼べ!白魔術師を!」
「その者を捕らえよ!」
殿下はそれでも私を庇いながら、崩れていく。
「っ……リリアーナ……マオを呼べ……。」
声が出ない。
涙も出なくて、音も聞こえない。
呼べ?
呼べるの私?
助けてと、これ以上、皆に助けてと。
あまりのショックからか、私は目の前が真っ白になり、気を失っていた。
ーーーーーー
気づくと私は王城の救護室に居た。
眼の前にはマオがいて、
「……ごめん、リリー……。」
酷くかすれた声だった。
「お父様が……殿下が……。」
どれくらい時間がたったのだろう。
私の声も掠れ、記憶も掠れていて。
あの恐ろしい出来事は、まるで写真のように、数枚並べられているだけ。
マオは、微笑んで「大丈夫。待っていて」
そう言うと、私の髪をひとなでして、光とともに消えた。
そばに控えていたアンがすぐに水を持ってきてくれた。
ひとくち、ふたくちとゆっくり飲んでから深呼吸をする。
「ウィリアム殿下の容態は?」
「白魔術師がすぐに手当をしましたので、かなり回復されているとの話ですが……。詳細は分かりません。」
「会いに行けないかしら。」
コンコン……。
救護室のドアがノックされ、バーレン様が入ってきた。
近くまで来ると、バーレン様はそのまま頭を下げた。
「リリアーナ様、大変申し訳ありませんでした。この命に代えてでも、陛下とオーベル侯爵を取り返してみせます。」
「バーレン様、あなたのせいではないわ。」
「いえ、お守りするお役目を頂いておきながら、殿下もお守りできず……。」
「いいえ、私の責任です。バーレン様は全く気にすることはございません。ウィリアム殿下には、今お会いできますか?」
「え、えぇ…。良いかとは思いますが……。」
ベッドから出ると、そのままウィリアム殿下が休まれてる部屋へ案内をお願いした。
沢山の兵士が部屋を囲っている。
ノックをして、訪問を告げると、扉が開いた。
殿下はベッドから起き上がっていた。
その姿は上半身を肩から胸、背中へと、包帯を大きく斜めに巻いていた。
「あぁ、リリアーナ。こんな姿で悪いな。」
「殿下、その…傷……。」
「あぁ、白魔術師にすぐに出血を止めてもらえた。気にすることはない。リリアーナ、具合はどうだ?」
「殿下……。」
私のせいで、この強くて優しい人に、こんな大怪我を負わせてしまったんだ。
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