第29話 寂しい。もう言わない。寂しい。

静かな図書室には、リリアーナの寝息だけが聞こえていた。


ウィリアム殿下は静かに立ち上がり

「お前が手を離すなら、私は遠慮しない。」

そう言うと、図書室を出ていった。

 


それを見送ると、マオは静かにリリアーナに近づいた。

規則的な寝息を立てている。


「ーーマオ……。」


マオはリリアーナをそっと抱きかかえると、初めて人を連れた転移を試みた。 

眩い光に包まれた2人は、音もなくリリアーナの寮の部屋へと転移された。

リリアーナは気付いていない。

そのままベッドにそっと寝かせると、マオは再び転移して部屋を出た。




「あれ、私図書室にいたのに……。」

不思議だけど、マオの魔力の気配に包まれていて。

それが心地よくて、もう一度目を閉じた。




翌日の放課後、昨日選んだ本を図書室で借りて、実行委員が使っている会議室に向かった。

「殿下こちらの本が資料として、有用かと思われます。」

「うむ、ありがとう。よく眠れているか?」

「はい、昨日はたくさん眠れました。」

「それは良かった。無理はするな。」

そう言うと、殿下は私の頭をポンポンと撫でた。

この最近の、優しさがむずがゆい。

羽毛生えたん?というくらいに優しい。



実行委員が始まったときに覚悟はしていたけど、

マオとの時間が極端に減っていた。

気持ちが落ち着かない。

昨日のこともあるし、カゲがいる生活に慣れていたせいね。

多分この気持ちの名前は、寂しい。


今日はマオに会えずに、また一日が終わってしまった。

寂しい。

もう言わない。

これが最後。

寂しい。


今日も、マオの魔力の込められた光る石を握って眠ることにした。





ーー予知夢



「なんだ貴様らは……!?陛下は先にお逃げください……!」



お父様が豪華な執務室にいて。

武装した集団に囲まれてるわ!

どこの国の、刺客かしら。

この部屋だけで20人はいるわね。


バチっ!

「うっ……!」


お父様!!

一人の男が近づくと、お父様は意識なくぐったり倒れていた。

男がお父様を引きずって運んでいる。


「おい、早く火をつけろ、燃料を撒け!こっちもだ!」

「こっちもだ!早くしろ!」





ーーーーーー



「はぁ、はぁ、はぁ……。お父様!」

まだ外は薄暗いが、遠くの空が白んでいた。


汗と涙でぐちゃぐちゃの顔を洗うと、簡単なワンピースを着た。


この予知夢はどれくらい先のことなのか、

父は今、王城にいるのか。


確認しなければならないことが沢山あるのに、頭が回らない。

まずは父の姿が見たい。


リリアーナは寮の管理人に、馬車の手配を依頼して、王城へ急いだ。



「どうか、お父様ご無事で。」



少しずつ馬車の外が明るくなっていった。

王城に到着するも、まだ中には入れない時間だった。

一般の入城は10時から許可されている。

時間外で、ましてや簡素なワンピースで来てしまったので、門番に怪しまれている。


陛下の執務室に入れるはずもないので、ひとまず王城に入れてもらうために、婚約者候補の立場をあげて、嘘をついてみた。


「ウィリアム殿下の友人のリリアーナ・オーベルと申します。殿下にお取次ぎいただけないでしょうか。」


「殿下は現在こちらには居ません。」


はい、そうですよね……。

学園の寮ですもんね……。

 

一先ず、屋敷に向かうことにした。

まだ父は出仕していないかも知れない。

門番に頭を下げて、屋敷に向かう。

「お父様、どうか、ご無事で。」





屋敷は静かだった。

いつも通り、使用人たちが朝の庭園をほうきで掃いていた。

なんだか少しほっとして、馬車を降りた。


「リリアーナ様!寮にいたのでは!?」

「アン!お父様は?」

「はい、御主人様は、昨晩より王城から戻っておりません。ここ最近少しお忙しいように見受けられます。」


……!

やっぱり、どうしよう。

あの予知夢がすぐ起きることだったら……。


「お願いがあるの、お父様に緊急のご連絡をしないといけないの、手紙を頼めない?」

「かしこまりました。」



急いで手紙を書いて、従者に手紙を渡した。

内容は伏せなければならない。

手紙の内容が何処かで漏れてしまったら、違う手段に変えられてしまうかも知れないから。

「大切なお話があります。私はタウンハウスに戻っております。」

それだけ書いて渡した。


従者が戻ってきたのは2時間後だった。

お父様からは、

「遅くなるかもしれないが、帰宅したら話を聞く。」

との伝言を預かってきた。



日が高く登り、もうすぐ正午になる。

私は部屋の中で一人、何も出来ずにいる。



昼食も喉を通らずに、私室に居ると、急に屋敷が騒がしくなった。


バン!「リリアーナ様!」

アンがノックもせずに蒼白い顔で扉を開けてきて。


「まさか、お父様になにか?」

「いえ、で、殿下がいらっしゃいました!ウィリアム殿下です!どうしますか?」


そうね、アンは私がまだ殿下を苦手だと思ってるわよね。

「ありがとう、行くわ。」






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