第22話 嵐の過ぎたあと

夏が終わる…。

私は昨日タウンハウスに戻っていた。

3日後からまた学園生活が始まる。


夏の真っ青な空と、ギュッと詰まった雲が好き。

しばらくまた見られなくなるのだと思い、目に焼き付けようと、今日は庭の木陰で空を見上げていた。

ウトウトしてきて、眠気には抗わずに目を閉じる。

マオのお祖父様の遺言どおりに……。



ーーーーーー


ー街の状況が見えた。

すごい暴風と、大雨ね……。

王都の川が……レーゼ川ね。

氾濫するなんて、聞いたこと無いわ。



「誰か来てくれ!こっちの瓦礫の下にも人がいる!」

「夫が、夫が見つからないんです!誰か見ていませんか?」

「お母さん……どこ……。」



ーーーーーー


予知夢だった。

子供の悲痛な声が耳に残る。

急いで邸に入り、従者に登城している父に伝言を頼む。


それから……。

「カゲ!来て、お願い。」

両手を広げると、ぴょんと私の腕に飛び込んでくる。

ここ数日でかなり懐いている。

沢山撫でて、ちょっと高価なおやつをあげて、手懐けているとも言える……ぬふふふ。



「カゲ!マオに伝えて、予知夢を見たの。凄い暴風雨になってね、レーゼ川が氾濫するわ。家屋の倒壊、人的被害も出るわ。」


カゲは、あくびをして、まん丸い手で顔を洗っている。

ちゃんと伝わってる?と心配になる反応ね……。


いつ起きることか分からない。

リリアーナは窓から空を見上げた。

今日の天気は、まるで関係ないかのように、快晴で。



部屋に戻ると、開いている窓から紙飛行機がゆっくり滑り込んできた。

部屋を一周すると、机の上に着陸した。

それからすぐに、パラパラパラ……と紙飛行機は開かれた。



『リリーは安全な場所に居て。』


私は紙飛行機に返事を書いた。


『会いたい。』

いや、返事でもないし、見たら困るだけだと思ったから、私のひとり言としてそのまま机に置いておいた。




「ウォーターボール!」

まるで音沙汰ない。

私はこんな時に何が出来るんだろう。

私にも出来ることがあるのかな。。

カゲは知らん顔であくびをしている。


はぁ…。

ため息をついてソファーに体を沈めた。



ーーーーーー



それからの天気の変わりようは、目まぐるしかった。

夕方には雷鳴が轟き、夜からは部屋の中に居ても、周りの音が聞こえないほどの雨が降った。


大きな雷の音に、窓に叩きつけられる雨音。

私は怖くなりなかなか寝付けないでいた。

きっと、避難は終わっている。

それでも、家を失う人が居るに違いない。


嵐の日は眠れないことを知っているアンが、カモミールティを持ってきてくれた。

ゆっくりカモミールティを飲んで、マオの魔力が込められた光る石を抱きしめて、布団に入った。

マオは大丈夫かしら……。





翌朝、まるで昨日の嵐が嘘のように静まり返っていた。

湿気で曇っている窓を開けると、庭の若い木が倒れていて、辺り木々の枝は散乱していた。


兄は朝から忙しく動いている。

「リリー、僕は騎士団と被災地へ手伝いに行ってくる。力仕事は僕の得意分野だ。」

人は見かけによらないって、兄のためにある言葉だ。


「お兄様、気をつけてね。」



父は昨晩は王城に泊まっていて、今日も帰って来ていない。



夜、兄が帰宅すると、人的被害がなかった事を伝えられた。

ふぅっと息をついた。



ーーーーーー



学園再会は、王都の被害が酷い状況であることから、2週間延びた。


私は、特に何も出来ずに居た。

邸から出ることもなく、2日が過ぎた。


3日目、オリビア様が邸に来た。

「リリアーナ様、今から孤児院へ行きませんか?」

「オリビア様、ありがとうございます! 是非、ご一緒させてください。」


孤児院へはブラームス家の馬車で向かった。

途中、馬車の中からは瓦礫の山が見えた。

ムキムキの騎士団員の中で、ヒョロヒョロの兄が片手でヒョイヒョイっと瓦礫を積み上げていく姿が見えた。

「あっ…お兄様……。」

それから周りに集まっていた子供達に、調子良く力こぶを披露している様だった。

遠くて見えないが、きっと力こぶはない。



隣を見ると、オリビア様が聖母の顔で兄を見つめていた。

神々しい。



孤児院の被害は、屋根が一部壊れた程度だった。

孤児院の先生の中には、自分の家の被害が大きく、通うことが困難であり、孤児院は人手不足という状況だった。


私に出来ること。

少し大きな子供達と、掃除や洗濯、食事の準備をした。

10歳前後の子供達に、教えてもらいながら。

「ふふふ、リリアーナ様、野菜は石鹸では洗わないわ。お水で洗うだけで十分なのよ。」

「お洗濯は干す時に一度、パンパンってね、シワを伸ばすのよ。」


私はまだまだ知らないことが沢山あって、すごく充実していて。

それからオリビア様と、毎日孤児院へ通った。

邸に帰るとご飯を食べて、やっとの思いで湯浴みをして、倒れ込むようにして毎日眠った。


1週間過ぎた時、帰りの馬車で氾濫した川岸に魔術師団が見えた。

目を凝らすと、黒髪が見えた。

慌てて御者に伝える。

「ごめんなさい!少し馬車を停めて!」



道の端に馬車を停めて、川岸を眺める。

マオは両手を胸の前に出し、何か詠唱している。

黄金色の魔法陣が現れて、幾重にも高く重なっていく。

すると、周辺の地形が変わり、川岸が高い堤防に変化した。


これほど大きな範囲を……。

堤防が出来上がると、別の部隊が来てなにか作業を始めた。

マオたち魔術師団は、また次のところへ移動する様だった。



家に帰ると、父がいた。

「リリー、孤児院に出向いてるようだな。」 


「ええ、オリビア様と一緒に。とても充実してるわ! それから今日、川岸でマオを見たの! 堤防を作っていたわ。」


「あぁ、マオは王都全域のレーゼ川の川岸に堤防を作っているよ。これはすごいことだ。本来なら30年ほどかかることを数日でやっている。」


マオ……。


部屋に戻ると、カゲを呼んだ。

マオに会いたい。

でも、きっと疲れてるから、我慢しないと。


カゲを抱き上げる。

顔を見合わせて、お互いに首を傾げる。

「ふふふ、何でも無いわ!」


すると部屋が眩い光に包まれ、私は目を閉じた。

目を開けると、目の前にマオが居た。


「ごめんね、ずっと来たかったんだけど、転移する魔力がいつも残ってなくて。」

そう言うと、私が数日前に『会いたい。』と書いたあの紙を大切そうに、胸ポケットから出して見せてきた。 


言葉にならなくて。

こくこくと頷いて、マオを力いっぱい抱き締めた。



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