死に方を選ぶ


 * * *



 ヘッドギアから直接脳内に流れ込む架空の世界が、K氏にとっては本当の世界となる。


 K氏は小さなロケットの中にいた。何故ロケットにいるのかというと、人類が増えすぎたためである。加えて、宇宙では星の輝きがなくなる、ということも起きていた。これはつまり星がなくなっているということである。


 そこで人類は考えた、人の命を星にしたらいい、と。やがて多くの環境をはぐくみ、場合によってはそこに生物を生み出す土壌に、人の命を使うのである。


 星になる者は、公正な抽選によって選ばれる。K氏も抽選で選ばれ、この小さなロケットに詰め込まれたというわけだ。


 小さなロケットは、その大きさに似合わない轟音を響かせながら火を噴いた。ついに打ち上げだ、中にいるK氏は小さな窓から外を見ていた。大地が離れていく。故郷の国が離れていく。地球が本当に丸いことを確認できたかと思えば、投げられたボールのように、ゆっくりでも小さくなっていく。


「おお、我が生まれ故郷の星よ!」


 まるで宇宙の闇に呑まれて小さくなっていくかのような故郷に、K氏は叫ばずにいられなかった。やがて地球は完全に見えなくなると、K氏は自然とぼろぼろ泣いてしまった。


 しかし代わりに現れたのは、無数の星の輝きである。あたかもK氏を慰めるかのように、そして受け入れるかのように輝いている。

 K氏は思い出した。自分もこの輝きの一つになるのだと。


「私も、地球のような星になれたらいいなぁ。人類の歴史には戦争が多かった。けれども私の星では、一度も戦争が起きず、永遠に平和なままなのだ」


 カッ、と光が弾けた。それがK氏の最期だった。灼熱が身体を包み込んだと思った次の瞬間には、K氏は光となり、宇宙の闇の中に浮かぶ小さな星となっていた――。


 * * *


 ちく、ちくり、と痛み二つを感じ、K氏は我に返る。


「九十三点。惜しかったですね」聞きなれた、楽しそうな声が聞こえた。「満点には至りませんでしたが、これまで行った中で最高の点数ですよ!」


「しかし百点満点ではなかったということは、チャンスは残り二回となるな」


 注射器二本で生き返ったK氏はヘッドギアを外し、溜息を吐く。次に行えば九十九回目、それも失敗したのなら百回目。ここで成功しなくては、待っているのは数百年の労働である。


 職員はK氏に微笑みかける。


「そう落ち込まないでください。この路線でいけばいいと、わかったではありませんか。それに、我々はこの仕事に絶対の自信を持っています。その分の多額な給料も受け取っていますし。百回目までに、満足のいく死を与えて見せましょう」

「君の言葉を信じよう。評判がいいからこそ、私はここを選んだのだからな」


 この『幸福な死』株式会社の評判はよかった。話によると、百回目までに必ず百点満点の死が得られるのだという。だからこの施設を選んで失敗した者はいないそうだ。


 もっとも、本当にそうだった、という実際の声をK氏は聞いたことがなかった。だからこそ施設を決める際に悩んだのだが、逆に声がないことが証拠なのではないかと考えたためにここにいる。死人は喋らない、百点満点を出して無事に『幸福な死』を迎えたのなら「無事に『幸福な死』を迎えられました!」なんて口コミはゼロであってしかるべきなのである。


 とはいえ、K氏に残されたチャンスは残り二回であることに変わりない。慎重に「死に方」を決めなくてはならない。K氏は休憩を申し出ると再び外へ向かった。他の者がどんな死に方を試したのか、そして点数が高かったのはどんな死に方なのか、情報を集めなくてはいけなかった。


 今度は図書館ではなく、併設されている映画館へ行く。この施設には様々なものが併設されている。噂によれば、国が死を抑制させるために、これら娯楽を添えたなんて話もあるが、「死に方」のインスピレーションを得るにはぴったりであった。


 いくらか人と交流してみたものの、K氏にはピンとくるものがなかった。そこで気分転換にそのまま映画を観ることにした。選んだのはアクション映画である。


 これまでに様々な死を体験してきた。それこそ、アクション映画に引けを取らないものである。だがやはり映画は面白い。強敵との肉弾戦、裏で行われる頭脳戦。秩序を切り裂くカーチェイスに、日常の全てを破壊する銃による攻防。


「閃いたぞ!」K氏はスタッフロールが終わったのなら、すぐさま立ち上がった。「そうだ、先程の死に方でも、私は何かに貢献する形で死んだではないか。それがよかったのではないか? ならば自己を犠牲にし、平和を得るヒーローとして死んでみるのはどうだろう」


 K氏は「死」施術室に駆け込んだのなら、職員に早速準備をさせた。

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