K氏の百点満点の死

ひゐ(宵々屋)

幸福な死への挑戦

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。「今回も満点には至りませんでした。点数は六十八点でございます」


「ううむ、突発的な死、というのはやはり満足できるものではないのだな」


 そう言いながらK氏はヘッドギアを外しつつ、台から身体を起こした。確かに傍らの『死への満足』計測器には「68」の数字が浮かんでいた。


「ところで、私は財力がないために『幸福な死』への挑戦ができないのですが、スカイダイビング事故での死、というのはいかがでしたでしょうか?」


 『幸福な死』株式会社の職員はK氏へと尋ねる。その死に方は、いましがた、K氏が体験したものであった。K氏は、


「これまでに試した交通事故や火あぶりに比べて、痛みは全くなかったな。もしかすると、死の瞬間、気絶していたのかもしれない。それに、途中まではいい気分だったのだ、まさに空を飛んでいる感覚だ。ところがパラシュートが開かないと気付くと、それは恐ろしかった! ただそう思えたのも数秒のうち。地面が近づいてきて、ようやく終わるのだなと思えたよ」


 K氏は改めて計測器の「68」を睨む。


「けれどもだめらしい。『幸福な死』への挑戦は、残り三回となってしまったな」

「満足できる死を与えられず、申し訳ございません。終わりを求めるお気持ちはわかりますが、我々は国の決まりで、百点満点の死でない限り、あなた様を生き返らせなくてはいけないのです」

「わかっているとも。それに確かに挑戦回数は残り少ないが、ここの評判は非常に良いからな。私は君達を信じているよ。では、私は次の死に方を考えてみるとするよ」


 K氏は一度休憩に入り、『幸福な死』への挑戦も一旦中断となった。


 職員を信じていると言ったものの、K氏は休憩室で、不安を覚えずにはいられなかった。コーヒーを飲みながら次の死に方について考えるが、残りはあと三回しかないのだ。それで百回、『幸福な死』への挑戦をしたことになる。残りの挑戦で百点満点、つまり完璧に満足のいく死を迎えなければ、再挑戦ができるのは数百年後になってしまうし、そもそも今回の挑戦で大金を支払ってしまっている、再挑戦できる日を迎えたとして、また挑む資金があるのかどうか……。


 このまま『幸福な死』を迎えられなければ、少なくとも数百年、労働の日々が続いてしまう。何故過去の人類は「不老不死」なんてものを求めたのか、K氏は考えてしまった。どうやら昔では、それが非常にいいものだとされ、研究の果てに、全ての人類はいわゆる「不老不死」となった。本来「老い」というものがあるらしいのだが、身体はある程度成長したらそこから一つも変わらなくなる。怪我をしたところで、それが小さいものだろうが、大きいものだろうが、注射器一本でたちまち治る。たとえ死んだとしても、その場合は注射器二本で生き返る。


 人類は永遠を手にしたのだった。当時、それは大いに喜ばれ、人類は死という恐ろしい存在に勝ったのだと大騒ぎしたのだという。

 だがそれから何百年もたったいま、人類は皆、死は恐ろしいものではなく、救済だったのだと気付かされた。


 というのも、何十年経っても、何百年経っても、人類は働かなくてはいけなくなったのだ。本来あった「老い」や「病気」「怪我」、そして「死」があれば人間は労働から解放されて「老後」や「休養」といった、労働をしなくていい期間が得られたのだという。そうした果てに「死」を迎えたのなら、永遠に労働と縁を切ることができたというが、不老不死になった人類に、そういった期間も終わりもなくなってしまった。


 労働から逃げるために、あえて怪我をしたり、病気になったり、自殺する者もあった。だが国は、それはいけないものだと定め、注射器で彼らを起こす。そして勝手な行動をした罰として、彼らにさらなる労働を課すのだった。


 とはいえ、一部の金持ちには「死」が許された。まず大金持ちの場合であれば、大金を支払うことによって安楽死が許されたのである。法外な大金を支払う以外条件はなく、彼らは気が向いたときにいつでも死ぬことができた。それから、ある程度財力を持つ人間も「死」が許された。


 K氏は後者の、ある程度の財力を持つ人間だった。大金持ちでなくとも、労働からの解放として死を得ることができる。ただし、大金持ちの場合と違って条件があった。

 それが『幸福な死』である。K氏はまず、国へ「死」の許可を申請した。それと大金を持ってここ『幸福な死』株式会社の施設へ来たのだが、ここで百点満点の死を得られなくては、国から最終的な「死」を許可されないのである。


 死に方そのものについては簡単だ、ヘッドギアを装着し、完璧な死を体験する。このことにより脳は本当に死んだと感じ、実際に挑戦者はそこで一度死ぬのである。

 ただし『死への満足度』が計測されている。これが百点満点でないのなら、『幸福な死』株式会社の職員は挑戦者を生き返らすのである。それが国の決まりであるために。


 そしてこの挑戦は百回だけ行える。もしこの百回までに百点満点の死が出せなければ、数百年の間、この挑戦を受けることができなくなってしまうのであった。


 残り三回のチャンスで、永遠の休みを手に入れられるか、はたまた数百年労働に従事しなくてはいけないのかがかかっている。全ては『死への満足度』で決まる。K氏は不安を頭の外へ追いやり、次の「死に方」について考えた。時に新聞を手にしたり、併設されている図書館へ向かい本を読んだりする。また話もする。そこにはK氏と同じく百点満点の死に至る方法を求める者の姿が多くあった。


「実際にあり得そうな死に方は、僕の場合は点数が低いみたいで」出会った男に、K氏は話を聞いた。「そこで考えたのは、存在するはずのない巨大生物に食われる、というシチュエーションだったのですが、これがいい点数を叩き出しました、八十二点でしたよ」

「ふむ、そういう、一種のロマンチックと言えるものは、あまり考えたことがなかったなぁ」


 そこでK氏も、一種ロマンチックと言える死に方を考え「死」施術室へ戻って来た。先程の職員が準備をしてそこで待っていた。


「次の死に方は決まりましたか?」

「図書館で出会った者からヒントを得たよ。ロマンチックな死に方だ……そうだ、宇宙での死がいい。離れていく故郷地球を見ながら、星の海に消えていくのだ。そうして私は星の一つとなるのだ」

「よい死に方だと思います。細かなところや設定はAIが調整してくれるでしょう、ではそのようなストーリーで、死に方を決めますね」


 職員は機械を操作する。こうして死に方が決まったのなら、K氏はヘッドギアを装着し、台に横になった。

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