第5話 生く

もう一枚の紙を見ると、其処には思わず眉をひそめたくなる量の文章がありました。ふと、最後の一つに目が行きました。

桜の木の下で、また会いたい。

そんなの、無理に決まっているじゃないか。だって貴方は死んだのだから。私に生きる意味を与える為だけに、死んだのだから。

___生きていよう。

もしかしたら、転生して戻ってくるかもしれません。そう願うのも私たちの権利なのです。そして、私はこの紙に書かれたことを一つずつやっていくことにしました。其処ではっとしました。

生きる意味とは?

其処には、全ての人間に共通するものは恐らく無い。ただ、それぞれの人間がこう生きたいと願っている。そう、生きる意味とは、『自分の理想』そのものでありました。『こう生きたいから、私の生きる意味はこういうことにしておく』__それだけなのでした、なんと単純なことなのでしょう。人間は、他の人間に必要とされ合っているから消えないのでした。辛いのは、。目に見えないものに趣を感じることもあれば、目に見えないものに恐怖したり憤怒したり……。それが、人間にとって都合の良いことなのかもしれない。そう思いまして、私は家を飛び出ました。

ねえ、此処に来れば、また会えるの?

私は、既に青葉が繁る桜の木の下に居ました。大きな桜の木。この辺りで桜の木はこれしか無いですが、私と彼女の交友は深いものではありませんでしたから、合言葉のように言われても、此処かどうかの確証は持てませんでした。それでも、彼女は此処を気に入っていたような記憶があり、私もまた、此処が好きでした。

「ごめんね」

私は桜の木に向かって呟きました。私が、生きる意味を持っていれば、生きる意味を知っていれば。

その時、風も無いのに葉がゆっくりと揺れました。真逆、彼女の魂が此処に宿っているとでも?私は自分が少しでもそう考えたことを笑いました。いくら彼女でも、そんなことはしないだろう。

却説、私にも可笑しなことに生きる意味ができてしまいました。彼女がやり残したことをやりたいから、私の生きる意味は『彼女がやり残したことをやること』ということにしておきましょうか。私は思わずふふふと笑いました。また青葉が揺れました。

「またね」

私はそう言いまして、桜の木から離れました。まだ青葉は揺れていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生く 水まんじゅう @mizumannju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る