第2話 うきうき相談会
其処はただのカフェでした。何の変哲もない、静かな雰囲気が漂うカフェ。お洒落な人達が珈琲を片手にパソコンを見つめています。
「ただ生きることについて語るだけの会を開催しまーす!」
彼女はぱちぱちと手を叩きました。私もつられて少しばかり手を叩きます。しかし私たちは制服のまま此処に来ている訳ですし、今日は学校があることも周りの大人達は理解している訳です。そりゃあ白い目で見られて当然でした。
__どうして?
もう優等生のフリをしなくても良い私は、ひたすらに卑劣な思考を回すことだけに意識が向いていました。私は思うのです。サボることの何がいけないのだと。風邪で休んでいるのと大差がないと、何となく思ったのです。ただ、休んでいる間に出来ることに差があるだけで、周りから見たら休んでいるということ以上のことは無いじゃないですか。
自分がそう出来なかったから?
だから、自分と違う道を歩まない人を卑下するの?
其処で、不思議と私の仮説はひっくり返りました。生きる意味とは、『他に生きている人間を下に見て優越感に浸ること』。
「__ていうか、貴方は、そんなこと考えたこと無いんじゃない?」
「失礼な!こう見えても中学の頃は病みすぎて黒歴史なんだから!」
「へえ……貴方はその時、生きることについてはどう思っていたの?」
私はまだ優等生が抜けませんでした。私とは違う人格の私を殺すことは出来ないのでしょうか。
「…まあ、死ぬために生きる、みたいな話を聞いた時には巫山戯んなって思ったかな」
彼女はそう言って語りました。最初から死ぬなら生きる意味なんて一つも無いだろ、と思った。それなら最初から生まれてないよ、と思った。
「そんでね、自殺とかしようかなぁなんて思ってたら親にバレて、自分から命を捨てるのは駄目だ!ってさ。なんでそれが許されないのかな、とは思ってたよ」
ああ、共感出来る。反射的にそう感じたのでした。両親の元に生を受けましたが、それは私自身が望んだものだったのでしょうか。自殺が許されない傾向にあるのは何故でしょうか。自分の命を扱うのは自分だけなのだから、捨てる時だって自由にして善いでしょう?むしろ自殺は、私たちに与えられる権利そのものだと思うのです。
「それで吐くくらい悩んで泣いて目腫らして、気づいたら高校生で。なんかもうどうでも良くなった」
どうやら彼女の話は此処で終わりのようです。なんとも面白い話でした。
「__少し失礼に聞こえるかもしれないけれど、…貴方はどうして生きているの?生きる意味って何だと思う?」
「さあねぇ?」
彼女は笑っていました。まるで全てを知っているかのように。
「逆に聞きたいけど……アナタは生きることに何かしらの意味があるはずだと本気で思ってるの?」
「……思う」
人間は、自分たちにとって無価値だと思ったもの、無意味だと思ったものは排除してきました。しかし、無価値だと思っていたものは、他の見知らぬ誰かにとっては、命より重いものだったりもするのです。恐らく、世の真理は其処なのです。世界中全てのモノにとって、本当に人間が必要無いなら、とっくに死んでいるはずだと。誰かにとって、何かにとって必要であるから、人間は今も生きていると。
「へぇ……」
「…何か不満?」
「ふふ、いやさ、面白いこと言うなあと思って!自分の生きる意味も知らないのに、生きる意味は絶対あるって信じてるソレが」
「そう信じて何が悪いの?私は死にたい訳じゃないから__」
「羨ましいんだよ!」
「えぇ?」
私はもう、自分が生きてる意味に興味が無い。あろうが無かろうが、大したものは得られない。そう思うから。彼女はそう言いましてカフェオレを一気飲みしました。
「どお?頭すっきりした?」
「いや…寧ろこんがらがった」
「なんか、クラスの人にも聞いてみたら?」
「それは駄目!」
私はまた、あの紙を引っ張り出しました。判も押されていないし、彼女には無効の紙であることもわかっているのに。私は、相手に弱いと思われるのが嫌なようです。
「なんで?」
彼女は飄々とした態度で言いました。その笑顔が、人形のようにかわいらしく、人間味がなく、とにかく不気味であったのです。
「…優等生の私は、そんなこと聞かない」
「どうして?」
「優等生の私には、生きる意味があるから。彼奴は他人の生きる意味に興味はない」
「へへへ、本当かなぁ?」
彼女は笑っていました。でも、今の笑顔は別に怖くはなかったです。ただ、自然と笑っているように見えました。
「私ね、勿論今の素のアナタのが好きだけど、優等生ぶってるアナタも好きだよ。多分ね…皆に素の自分を認められないのが怖いだけなんだと思うんだ」
「…認めてもらえないよ、だって皆が好きなのは優等生の私だから」
「人ってのはねえ、案外何でも認めるんだよ?認められない心の狭い奴が、生きる希望を失っていく。そういう世界なんだよ。人間に都合の良いように作られてるの」
彼女はスマホを見せてきました。其処に書いてあったのは、『率直な疑問です』というタイトルのついた、アンケートのようなものでした。これを何に使うつもりなのだろう?私が首を傾げていますと、彼女は満面の笑みで言いました。
「これ学校全体に流した!結果はアナタも見れるようにしたよ!」
正直、衝撃を受けました。鈍器で殴られたようなものでは無く、背後から包丁を刺された訳でも、銃で撃たれた訳でも無く、急にクラッカーを鳴らされたような衝撃でした。
「なんでこんなことっ」
「アナタに協力したいの。アナタが居たから私も今此処に居るから」
「…?」
私は全く分からず混乱していました。頭の中での探し物は得意ではありませんので、見つかることも無く、彼女に聞こうとしました。
「どういう__」
「忘れたなら良いの」
「え?」
彼女はすっと立ち上がりました。私もつられて立ち上がります。
「私の生きる意味は、これだったってワケ」
彼女はカフェを飛び出し、遠くへ行ってしまいました。その背中の、なんと小さく、脆く、弱々しいことでしたでしょう。泣き顔を見せる勇気も、張り付いた仮面の奥にある笑顔も、何も無かったとでも言うのですか。
私は彼女を追いかけますが、とうとう見失ってしまいました。
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