永遠に
三鹿ショート
永遠に
彼女は永遠の愛を約束してくれたが、私にとってそれは何の意味も持っていない。
何故なら、彼女の姿が何処にも存在していないからだ。
下らぬ会話で笑い合うこともなければ、共に外出することもできず、身体を重ねることもできない。
この世を去った彼女の約束は、何の気休めにもならなかった。
***
病気によって彼女の生命活動が終焉を迎えて以来、私は自宅から一歩も外に出ることがなかった。
目覚めたとき、目に付いたものを食べ、虚空を見つめているうちに眠くなると、夢の世界へと旅立つということを繰り返している。
最後に日光を浴びたのは何時であったのか、憶えていない。
***
呼び鈴が鳴ったために応ずると、訪問者は彼女の妹だった。
その訪問は、想像もしていなかった。
彼女の妹は、私に対して好意的な態度を見せたことがなかったからだ。
彼女と会うために自宅へ向かい、顔を合わせると、嫌悪感を露わにし、即座にその場から去ったことは、一度や二度ではない。
そもそも、声を聞いたこともなかった。
ゆえに、わざわざ私の自宅を訪れるとは考えられなかったのだ。
一体、どのような目的でこの場所にやってきたというのだろうか。
彼女の妹は私に頭を下げると、仏頂面のまま私の自宅の内部へと進んでいく。
室内を見回し、大きな溜息を吐くと、黙々と部屋の掃除を開始した。
突然の行動に驚き、理由を訊ねると、彼女の妹は舌打ちをした。
「姉が、あなたの面倒を見てほしいと言ったからです。あれは依頼というよりも、強迫に近いですね。従わなければ、耳元で延々とどうでも良い話を続けると告げてきたのですから」
何を言っているのか、しばらくの間理解することができなかった。
やがて、私は阿呆のような質問を口にした。
「つまり、彼女が幽霊と化し、きみの前に現われたとでも言うのかい」
素面で発するような内容の言葉ではないと考えたが、彼女の妹は眉間に皺を寄せながらも、首肯を返した。
私は、涙を流したくなった。
この目で確認することが出来ていないが、彼女が存在しているということを知ったからではない。
姿を現すのならば、何故私ではなく、妹だったのだろうか。
姉妹の仲が良いとは聞いていなかったために、そのような関係性の妹に姿を見せるくらいならば、恋人だった私の前に現われるべきではないか。
だが、そのような文句を口にしたところで、私の願いが叶うとは限らない。
二度と会うことができないと思っていた彼女の存在を、妹を通じて確認することができただけでも、喜ぶべきことだろう。
私は彼女の妹と共に、部屋の片付けをすることにした。
***
それからも、彼女の妹は、彼女の言葉を私に伝えてくるようになった。
いわく、自分のことを忘れていないことは嬉しいが、生者と死者という異なる立場と化した今、自分が歩むことができなかった人生を恋人である私には楽しんでほしいということだった。
受け入れがたい話だが、彼女の言葉は間違っていない。
本当は彼女と共に老いることを望んでいたのだが、それが叶うことがなくなったことを嘆いたところで、彼女が生き返るわけでもない。
しかし、私が彼女のことを忘れずに生き続ければ、彼女が完全にこの世界から消えることはないのである。
彼女が経験することができなかったことを私が味わい、彼女の妹を通じてそれを伝えることで、彼女もまた幸福な気分と化すのならば、そのように行動するべきなのだろう。
私は己の頬を叩いて気合いを入れると、堕落した日常から抜け出すことを決めた。
***
彼女を忘れることができなかったために、別の女性と交際するつもりはなかったのだが、それでも私に好意を示してくる異性が現われることがある。
その気持ちは有難いのだが、私は全て断るようにしていた。
彼女を失ったことを説明すると、全員が納得を示してくれたことは助かった。
だが、私に愛の告白をしてきた人間たちが漏れなく姿を見せることがなくなったということは、気になって仕方が無かった。
恋人と化すことが出来なければ、普通に接することは不可能だということなのだろうか。
それならば、これまでの付き合いは何だったのかと問いたくなるが、本人が存在していないために、訊ねることもできない。
それでも、私の人生は続いていく。
姿を消した女性たちについて疑問を抱きながらも、私は彼女の幸福に繋がるのならばと、人生を楽しむことにした。
彼女に私の言葉を伝えてもらうために交流する機会が増えたためか、彼女の妹は私に対する態度を段々と軟化させていった。
今では、見たことがなかった笑顔を見せてくれるようにもなった。
その笑顔は彼女によく似ているために、彼女の妹との交際ならば、彼女も許してくれるだろうかと考えるようになった。
しかし、彼女の妹を通じて彼女に訊ねれば、それは彼女の妹に愛の告白を実行したことと同義になるために、私はなかなか一歩を踏み出すことができなかった。
私は、どうすれば良いのだろうか。
懊悩する私を見ながら、彼女の妹は笑っていた。
***
「これまであなたの恋人だったために手を出すことは出来ませんでしたが、あなたがこの世を去った今、邪魔をするものは何も存在していません。あなたのことを利用していることについては申し訳なく思っていますが、あなたよりも先に好意を抱いていたにも関わらず、私から彼を奪ったことを思えば、これであいこでしょう。最大の障壁だったあなたが消えて安心しましたが、それでも喉に引っかかった小骨のような存在を見逃すことはできません。他者の所有物に手を出せばどうなることになるのかを、知らせる必要があるのです。では、最近彼に近付いてきている同僚の女性を排除しなければならないために、これで失礼します」
永遠に 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます