第16話 夜会を開きますわ!
その頃ギルバートは、領主城の廊下を足早に進んでいた。
(面倒なことになったな)
その手に握りしめているのは、王家の紋章の入った手紙である。
手紙の封は既に解かれている。
そして内容を見たギルバートは、青い顔をしてある人物を探し始めた。
これは早急に、報告しなければならない案件だ。
先程、叔父ゴードンの部屋の方から爆破音がした。
だから、ギルバートの探し人は、中庭の方にいるはず。
そう思って中庭にたどり着くと、案の定、そこに探し求めたふわふわの金髪の女性が佇んでいた。
「キャロル様」
口元を綻ばせながら、ギルバートは彼女に近づく。
そして、ムッと眉を顰めた。
ギルバートの大事な人は、アッシュグレーの男の剣舞を見ながら、ぽぇーと恍惚とした表情を浮かべていたからだ。
シャツにスラックスという気楽な服装だが、その剣筋はギルバートの目から見ても美しく、洗練されている。
しかし、ギルバートの大切な人をうっとりさせていることは、不満以外の何物でもない。
ギルバートが、キャロラインの視界を体で遮ってしまおうかと思案していたところ、当のキャロラインがギルバートに気がつき、「ギル」と嬉しそうに微笑んだ。
すると、あっという間に苛立ちが霧散してしまうものだから、ギルバートは自分の単純さに苦笑する。
「ギル。どうしたの?」
「その、何をしているんですか」
「リチャード様がね、剣技を見せてくれているのよ」
「なんでそいつだけ『様』呼び!?」
「剣士は『様』呼びを好むのよね?」
「え!? 別にそんなことはないですが!?」
驚くリチャードに、キャロラインは目を瞬く。
彼女知る『剣を使う人間』といえば、基本的に勇者ばかりだった。
前世で「勇者♡」「また来てくれたのか、勇者!♡」と喜んでいたら、皆一様に「そんなふうに呼ぶな!!!」と叫ぶので、仕方なく「勇者様……?」と言うと、「もうそれでいい」とか「わ、悪くない!」とか返ってくるのだ。
だから、今世でも剣士と話をするときは『様』付けで呼びかけていたのだが、王都でもこれは非常に評判がよかった。
よって、リチャードも『様』付けの方がいいかと思ったのだけれども。
「呼び捨ての方がよかったかしら……リチャード?」
小首をかしげる愛らしさMAXなキャロラインに、リチャードは舌の根も乾かぬうちに「『様』付けがいいです!!!!」と叫ぶ。
リチャードは高鳴る鼓動に動揺していた。
彼は、意中の女性に呼び捨てで名を呼ばれることがこれほど精神に揺さぶりをかけてくるなど、想像したこともなかったのだ。
(だめだ! 『様』という壁で、距離を保たないと……!!)
ドッドッという鼓動の音を感じながら、歴代勇者達と同じことを考えるリチャード。
ギルバートはそんな彼を、嫉妬を隠すこともなく睨みつける。
『様』付けだろうと呼び捨てだろうと、キャロラインに近寄る馬の骨が彼女に呼ばれること自体が気に障るのだから仕方がない。
なお、夫でもないのに愛称で呼ばれている
ギルバートは、「ほらね」とドヤ顔で胸を張る小さく愛らしいキャロラインに内心悶えながら、手紙を差し出した。
「キャロル様、こんな手紙が届いたんだ」
「手紙?」
「うん。叔父上にもこの話をしないと……」
ふと、ギルバートは、いつもうるさい叔父の気配がしないことに気がついた。
今日はキャロラインが、引き篭もりを極めつつある叔父ゴードンを中庭に引っ張り出すという話だったはずだ。それを聞いていたから中庭に来たというのに、肝心の叔父は一体どこに……。
キャロラインの手前に視線を移したギルバートは、宇宙を背景に背負った顔で固まった。
そこには、拘束具で全身を囲まれ、猿轡をはめられた成人男性(血縁)が、真っ白いサナギのような姿のまま、車椅子に縛り付けられていたからだ。
「んーっ、んんーーーっ!!!」
「あら、どうしましたの、サナギ様」
「んんんんん!!!!」
「まぁ。はっきりお話ししてくれないなんて、いけずな旦那様ね」
「キャロライン様、猿轡は外してやってもいいんじゃないんですかね」
可哀想なものを見る目で気を使うリチャードに、ゴードンはしくしくと泣き出している。
何をどこから突っ込んでいいのか戸惑いMAXのギルバートの前で、キャロラインがそれもそうかと猿轡を外すと、ゴードンが大音量で叫んだ。
「お前は!!! どうしてこういうことに!!? なるんだ!!!!!」
「え? 旦那様が、妻の求めに応じてくださらないから」
「「妻の求め!!!?」」
ギョッと目を剥くギルバートとリチャードに、キャロラインはいい笑顔で応える。
「そうよ。わたくしがね、旦那様にお願いしてね」
「部屋から出ろ引き篭りと言われただけだ!!!!!」
「そうなの。お部屋から出ましょうと言ったのにね、旦那様が自発的に応じてくださらないの……!」
「頼むから変な言い方をするんじゃない!」
「夫の頼み事は、愛され妻は断ってもいいのよ?」
「理不尽なルールだなおい!!!!」
赤い顔で叫ぶゴードンに、ギルバートとリチャードはホッと胸を撫で下ろす。
うん、相変わらずこの二人は幼児のようなお付き合いをしているようだ。
ギルバートとリチャードは知っていた。
この辺境伯ゴードンは、キャロラインになんだかんだ懸想しているのだ。
キャロラインに筋肉がしぼむとがっかりされて毎日マメに筋トレをしてしまうぐらいには、新妻キャロラインに首ったけなのである。
しかし、この精神的お子ちゃまな辺境伯は、そのことに気が付いていない。
そして、ギルバートとリチャードは、敵に塩を送るほど甘い性格はしていなかった。
この辺境伯ゴードンには、二年後に、何にも気が付かないまま、新妻キャロラインと離婚してもらわなければならないのだから。
「それで、手紙がどうかしたの?」
キャロラインは、ギルバートが差し出している手紙に目を向ける。
そこに記された王家の紋章に、ギリリと美しい眉が吊り上がった。
無言でその手紙を受け取り、そして目を通すキャロライン。
以前のゴードンであれば、「俺に先に見せないのか! というか、お前は見なくていい!」と叫ぶところだが、この二ヶ月で無意識に飼いならされている引き篭もり辺境伯ゴードンは、素直に手紙を確認するキャロラインを見ている。
鬼のような顔で手紙を見ていたキャロラインは、文面に目を通すと、表情を和らげ、ふうと一つ息を吐いた。
「大丈夫よ、ギル。この内容なら、わたくし把握しているの」
「えっ!? で、でも、今朝、王都からの速達魔法便で届いたんですよ! 国王陛下と王妃殿下の指示で、昨日内々に決まったことだって」
「本人から直接聞いたの」
狐につままれたような顔をしているギルバートに、キャロラインはふふっと笑う。
興味のなさそうなりチャードと違い、ゴードンは苛立った様子でキャロラインに催促した。
「おい、だからどういうことなんだ」
「あら、旦那様も気になるんですの? わたくしの持っている手紙の内容、気になるんですの?」
「面倒くさい女だなお前は!!」
「せっかく夫婦なんですし、旦那様の好みの女を演じていますのよ。旦那様は……面倒くさくて気の強い女がお好きですよね……」
「デマを広めるな風評被害!!!!」
「旦那様を幼少期から見てきた……とある使用人が……『旦那様の初恋はこじらせた系セクシー侍女で、侍従達と不倫するからクビにしたら一週間泣いていた』と……」
「裏切り者!? 裏切り者だ、家令はクビだクビ!!!!!!」
「あら、よく家令だって分かりましたわね」
「使用人をクビにする権限を持ってる使用人はあいつだけだろうが!!」
「第一王子がここに来るらしいですわ」
冷めた笑顔を浮かべる妻に、ゴードンは「ひっ」と息を呑む。
「おい、第一王子ってキャロライン様の元婚約者の?」
「そ、そうだ。ナイジェル=ナドヴォルニク第一王子殿下……」
キャンベル家の公爵令嬢であったキャロラインとの婚約を、国王夫妻及び公爵夫妻に無断で破棄し、キャロラインをゴードンに嫁がせた張本人。
その彼が、通常約二ヶ月半かかる道のりを、特製の魔法馬車を使い、一ヶ月半の時をかけて、このゴールウェイ辺境伯領にやってくるのだという。
「お出迎えの夜会を開かないとね」
ふふふふふ、と笑いが止まらない様子のキャロライン。
その不穏な様子に、夫も甥っ子も剣士も、なんとはなしに第一王子の暗雲立ち込める未来を察し、黙とうするのだった。
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