第14話 素敵な戦士を見つけましたわ〜!




 キャロラインは六本の剣を操りながら、大興奮で六人を見つめていた。


(皆、筋肉ピチピチではないか〜〜〜〜!!!)


 キャロラインの威圧魔法による強制選抜を潜り抜けた兵士達は、六人とも素晴らしい筋肉をまとった戦士達だった。

 一人、女戦士が混ざっているのも良い。男達と違ってムキムキの太さがある訳ではないが、しなやかさのあるそれは、彼女の美しさを絶妙に引き出している。非常に良い。


 喜びすぎて腑抜けた顔になりそうなキャロラインは、必死に顔を引き締めた。


(だ、だめなのだ! 妾が喜ぶと、勇者みたいにまたツンツンするに違いない! ここは我慢せねばならぬ……!!)


 キャロラインにとって、戦う人間代表といえば勇者である。

 何故なら、どの時代の勇者も、魔王であったキャロラインに、何度も何度も立ち向かってきたからだ。


 実は、キャロラインは、勇者が現れるたびに、大興奮でお出迎えしていた。

 素晴らしい上腕筋や熱い胸板を愛で、間近でその筋肉が動く様を愉しみ、剣を避ける際に沢山お触りしてみたりと、それは楽しい時間を過ごしていたのだ。


 しかし、勇者達は彼女に打ち解けてくれなかった。


 いつも顔を赤くして涙目でプルプルと震えながら、キャロラインを睨みつけ、「心までは奪われない!」「戦いで勝つまで諦めない……っ」と敵対するばかりで、一向に懐いてくれなかったのだ。


 仕方なくキャロラインは、勇者達が強くなって彼女を負かす瞬間を待っていたのだが、歴代勇者達ときたら、一向に強くならず、腹立たしいほど弱いままだった。


「勇者達は腹持ちならないほど尊大なのでお強いキャロライン様に愛でられて悔しいのですよ。もっと距離を置くのが良いでしょういえ良いです良いに違いありませんだからあんな奴と会うのはやめましょう」


 赤毛の艶やかなインキュバス宰相はそう言ったけれども、キャロラインは諦められなくて、五十年前さいごまで勇者にちょっかいを出していた。勇者の近くに侍ってマジマジと観察していた。

 そうしたら、「な、なんだ、そんなに俺のことが気になるのか……?」「け、け、剣技の練習なら! 見せてやらんこともない!!!」と言うので、剣技を見に足繁く勇者の下に通っていたら、無駄に勇者の剣筋に詳しくなってしまった。


 しかし、その勇者も、キャロラインに笑いかけることはなかった。

 他に人間がいると口も利いてくれなかったし、顔を赤くして目線を逸らすばかりだった。


 悲しくなったキャロラインは、勇者と会うのをやめて、自室にしばらく引きこもった。

 その後、なんだか何もかも面倒になってきて、いっそ転生するかと命を断ったのである。


 転生後はいいこと尽くしだ。

 ゴードンのような筋肉な旦那様ができて、ギルバートのような筋肉な甥っ子もいる。

 次は、筋肉な戦士と仲良くなりたい。

 それには、まずは最初が肝心である。


(助言どおり、まずは距離を置くのだ。あなたには興味ありませんよ、というフリをして、相手からこちらに来てもらう。相手がこちらのことを気にし始めた頃に、一気に捉えて心を奪う。うむ、我ながら、素晴らしい作戦だの)


 心の中でほくそ笑むキャロラインは、改めて六人の兵士達を見た。

 キャロラインは、浮かせた剣を、を真似て動かしているが、六人の誰もが、それに打ち勝つことができないでいる。


(……激弱可愛い……)


 戦う六人が聞いたら泣き出しそうなことを、キャロラインは心の中で呟く。


 先程のイッチニーサンは激弱を通り越して激激激弱かった上に手加減をしていたので、いまいち肉体美が発揮されていなかった。

 キャロラインは、大変不満であった。


 しかし、この六人は美しい。

 皆、めちゃくちゃ弱いけれども、筋肉を使う姿は素晴らしい!!


 キャロラインがぽぇーと六人に見惚れていると、六人のうちの一人が、自分の持つ剣ごと、キャロラインの操る剣を遠くに吹き飛ばした。


 彼女が目を丸くし、剣を戻そうとすると、別の兵士がその剣が戻るのを妨げた。


(おお、筋肉連携……)


「行け、リチャード!」

「!」


 なるほど、この男はリチャードというのかと、キャロラインはアッシュグレーの髪の男を見上げる。

 素敵な実践派筋肉様のお名前ゲットである。


 そうこうしているうちに、彼が剣を振りかぶり、その剣がキャロラインに振り下ろされ――。



 キャロラインは、その剣先を右手でつまんだ。



 そこから、一ミリたりとも、剣が動くことはなかった。



 愕然とするリチャードに、キャロラインはとうとう耐えきれず、花が綻ぶような、満面の笑みを浮かべた。


「リチャードさん!」

「!?」

「ゴールおめでとう!!!!」


 パン、と音を立てて摘まれていた剣が崩壊し、リチャードは目を見開き、口をパカっと空ける。

 そのまま、ふわりと腕の中に金髪の美女が飛び込んできて、リチャードは宇宙を背負ったような顔をした。


「素敵よ、リチャードさん!!」

「えっ、あの……え?」

「はぁー、なんて引き締まったお身体……! これよこれ! これこそが、本気の筋肉よ!!!」


 固まるリチャードの胸に抱きついたキャロラインは、思う存分、その胸板に張り付いて感触を堪能する。

 リチャードが事態を把握できないでいると、胸に張り付いた女は、ハッとした様子で慌てて彼から離れた。


「ご、ごめんなさい。だめよねこんな。まだ、仲良くなってないのに……わたくし、素敵な方を見ると、つい……距離感を掴むのが苦手で……」

「……!?」

「リチャード様。わたくしと、これから仲良くしてくださる?」


 リチャードは、カッと体が熱くなるのを感じた。


 なんだこれは。

 今まさに手にかけようとした、リチャードよりも遥かに強い女が、リチャードの腕の中で、彼のことを素敵だと言いながら、頬を染め、瞳を潤ませている。

 大体、仲良くするとはなんのことだ。どういう意味だ。

 この女は、ええと、人類の敵で――こ、これが、危険な存在なのか?

 可愛い。正直、可愛らしい。

 愛らしい顔立ちに、金髪に淡い水色の瞳、桜色の唇から、鈴の音が鳴るような声で、『素敵な方』、素敵なかた、すてきな……。


 首から上を真っ赤にしたリチャードに、目の前の女は、ジワリと目に涙を浮かべたので、彼は度肝を抜かれた。


「や、やっぱり、わたくしのこと、嫌いですの?」

「そんなことはありません決してそんなことは!!!」

「では仲良くしてくださるのね?」

「もちろんです!!」

「嬉しい」


 心から嬉しそうに微笑むキャロラインに、リチャードは、ゴトリと自分のハートが落ちる音を聞いた気がした。


 なんだこれは。

 自分は一体、どうしてしまったのだ。

 一体、何がどうなって――。


 あまりにも速い鼓動に、リチャードが心臓に手を当てたところで、彼とキャロラインの間に割って入った者がいた。


 黒髪の次期辺境伯ギルバートである。


「キャロル様!!! こんなやつの筋肉より、俺の筋肉の方が魅力的ですよ!!」

「ギルも素敵よ。でもね、戦士の筋肉は見せ筋とはまた違った魅力があってね」

「キャロル様はまだ俺の胸に抱きついたことはないですよね比較してみないと抱き心地が分からないですよね抱きついたら夢中になるかもしれませんよほらどうぞ!!!!」

「ギルの筋肉は見せ筋だから、少し距離を置いて造形を眺めるのが至高というか」

「分かりましたあなたのために触る筋肉を育てます」

「さ、触る……筋肉……!!?」


 ギルバートの話に気を取られ始めたキャロラインに、リチャードはムッとする。


 次いで、自分の反応に驚いた。


 何故、リチャードがムッとしなければならない?


 慌てて首を振り、周囲を見渡すと、共に戦った五人がしらーっとした顔でリチャードを見ていた。

 先程まで浮いていた六本の剣は、地面に打ち捨てられたように落ちている。

 彼らは間違いなく、リチャードの様子を見て、彼の気持ちを手に取るように察している。


「いや、待て、違う」

「……」

「聞いてくれ、だからだな」


 弁解するリチャードと、裏切り者を半目で見る五人。


 その傍で、実は気絶していなかった総帥ランベルトが、こっそりキャロラインのところに現れた。


「私どもはあなたの僕です。ゆるしたまへ……」


 そして、崩れ落ちるように、キャロラインの足元に平伏した。


 それを見たギルバートは、宇宙を背負ったような顔をした。

 教会の神官が神にでも出会ったのかと言いたくなるような状況だが、平伏した男は、軍の総帥ではなかったか。この国最強の、軍の総帥……。


 キャロラインは、悟りを開いたような笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。ほら、子猫ちゃんだって、急に近づいたら威嚇するでしょう? びっくりしちゃったのね、六人とも可愛らしかったわ」


 ふふっと笑うキャロラインに、リチャードは真っ赤に顔を染め、それ以外の五人は涙を流した。

 命懸けで戦ったというのに、リチャードは絡め取られ、当のキャロラインには、子猫扱いされる始末。


「転職しよっかな……」

「俺も……」


 呟く五人を止めるであろう者達は、全員、意識を飛ばしたまま地面と仲良くしていた。


 こうして、領主一家vs辺境伯軍は、領主一家の勝利で幕を閉じたのである。



****


 ちなみにその後、泣きながら転職を考える五人の肩を叩いた者達がいた。


 爆弾追い剥ぎマニア達(公式)である。


 彼らは、涙に濡れた顔で見上げてくる五人に、それはそれは優しい笑顔を向けた後、そっとある方向を指差した。




 指差した先にいるのは、倒れ伏した全裸辺境伯ゴードンである。




 涙に暮れる五人は、この短い時間の中で起こったことを、走馬灯のように思い出した。


 突然現れた着ぐるみグマ。

 中から現れた上半身裸のクマニョキ辺境伯。

 その姿のまま、押し出され、回転し、「あーっ!!?」という叫びと共にフィールド障壁にぶつかった二十九歳。

 泡を吹いて気絶し、打ち捨てられた全裸マッチョ……。



 五人は涙を拭き、最高の笑顔で立ち上がった。



 マニア達(精神的成長期)と生き残り五人は、ガシッと握手をする。



 打ち捨てられた元クマニョキ現全裸辺境伯は、その日、体を張って、五人の心を救ったのである。




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