第13話 本気を出す手助けをしてあげましょう



 キャロラインは微笑みながら、勝利を収め、彼女の元へと戻ってきたギルバートを出迎えた。

 ギルバートは、なんともいい難い表情をしていた。戦っていた本人である彼は、手加減をされていたことが分かっているのだろう。

 しかし、キャロラインがギルバートの頭を撫でると、少し恥ずかしそうに目を彷徨わせながらも、嬉しそうに口元をほころばせている。本当に可愛い甥っ子である。


 それはさておき、キャロラインは憤っていた。



 この辺境伯軍は、キャロラインに本気の筋肉を見せるつもりはないのか?





「――これが、この軍の本気ですの?」


 キャロラインの言葉に、その場がしん、と静まり返る。


 無表情の彼女に、本気で怒っていることが伝わったのか、総帥ランベルトが慌てて取りなしに来た。


「夫人! も、もちろんです。そして、甥御であられるギルバート様が、それを下されて……」

「この程度で本気だなんて、目が耄碌しているのか、たばかろうとしているのか、どちらなのかしら」


 取り付く島のないキャロラインに、ランベルトは息を呑む。

 一方、この程度と言われたイッチニーサンは、流石にかっと顔を赤らめていて、キャロラインはそちらをつまらなさそうに見た。


「ああ、勘違いしないでちょうだい。あなた達が弱いと言ったわけではないのよ。だって、本気を出していないものね?」


 青ざめるイッチニーサン。

 空気が凍った訓練場に、キャロラインはため息を吐く。


「ギル、サブリナ。それから、爆弾追い剥ぎマニア達」

「はい私どもが爆弾追い剥ぎマニアでございます!!!」

「いいお返事ね。少しそちらに下がっていなさい」


 すぐさま指示に従うマニア達(公認)と、ためらいながらもサブリナに引きずられて避難するギルバートに、キャロラインは微笑みかけ、そして、兵士たちに向き直ると、表情を消した。


「本当に、仕方ありませんわね。わたくしが選抜のお手伝いをしてあげましょう」


 やわらかい金髪がふわりとひるがえり、淡い空色の瞳が、仄かに夜空の色をたたえて煌めく。


 ――その瞬間、全てが地面にひれ伏した。



****


(なんだ、これは……!)

 

 リチャードは、全身を殴られたような衝撃で意識を飛ばしかけたものの、なんとか地面に手をつく。

 何が起こったのか分からず、しかしなんとか体制を立て直そうと、体を叱咤し、上体を起こすことに成功した。


 重力が何倍にも膨れ上がったかのように、体が重い。

 けれども、それは実際に重力が増したのではないことも分かっている。


 ただひたすらに、あの女から迸る何かが重いのだ。


 リチャードは二十五年の生の中で、これを経験したことがあった。

 辺境伯軍として派遣された先で出会った、獅子の姿をした魔物を討伐したときに感じたものだ。咆哮と共に発せられたそれは、威圧の効果を込めた魔力の放出であった。

 そして、今リチャードが受けている力は、そのときに経験したものよりも、何倍も大きい。


「少ない」


 鈴の音が鳴るような声で、しかし平坦に告げられたその言葉に、リチャードは目を見開く。

 ことの元凶であるその女は、つまらなそうに辺りを見ていた。

 その視線の先、訓練場の特殊フィールドの外側は、気絶し、倒れ伏した兵士達の姿で埋め尽くされている。


「残ったのはこれだけか」


 無感動なその声音に、冷めた視線に、リチャードはざわりとした感触が背筋を走るのを感じた。

 頭の中で鳴り響く警鐘が大きくなる。


 これは、敵だ。


 人類の敵。


 魔王と呼んで、差し支えない――。


 リチャードがすばやく周りの様子を窺うと、彼のほかにも何名か、意識を保って立ち上がろうと耐えている同僚がいた。

 目が合うと、頷く暇すら惜しみながら、全員が一斉に女へと斬りかかる。

 手にしているのは、木刀ではなく真剣だった。

 

 皆、分かっているのだ。


 これはここで仕留めねばならないと、兵士としての――戦士としての本能が理解している。


 背後で次期辺境伯の悲鳴が上がったが、それを認識していた兵士が何人いただろうか。


 そして、全方位から女を囲み、刃が女に届くかと思ったその瞬間、その全てが弾き飛ばされた。

 

「なっ……」


 そこには、宙に浮く剣があった。


 倒れ伏した兵士達の鞘から抜き取られた剣が、女を守るようにふわふわと浮かび、リチャード達の刃を弾き飛ばしたのだ。


「六名いるので、六本にしておいた。さあ、心ゆくまで踊るがいい」


 六本の剣に守られた女は、ただそこに、人形のように佇んでいる。

 剣を握ることも、構えをとることもなく、ただそこでリチャード達を見つめているのだ。


 リチャードはカッと熱くなる気持ちを抑え、冷静さを保つ。


(舐めるのも今のうちだ。いや、舐めているからこそ、隙ができるはず!)


 リチャード達は、己の目の前に浮かぶ剣を排除するべく、刃を振った。


 しかし、届かないのだ。


 女まで、手が届かない。


 リチャードは、目の前の剣に弄ばれている自分を理解していた。そして、それを受け入れることができないまま、やみくもに剣を振るう。

 今まで、同年代には負け知らずだった。

 負けたことがあるのは、年嵩の剣士や、歴戦の強者達ばかり。

 だというのに、目の前にただ浮かんでいるだけの剣に、何故勝てない。


 何故、目の前の剣は。


(――なんで、師範と同じ、太刀筋なんだ!!)


 リチャードの剣の師範、であるその流儀を、浮ぶ剣の剣筋は体現していた。

 ともすれば、リチャードの師範よりも正確なその動きに、リチャードは歯噛みする。


 彼は今初めて、目の前の敵に対して畏怖を感じていた。

 自分に負けた同年代の戦士達の、悔しさと怒り、そして怖れを、ようやくその身で理解した。

 けれどもリチャードは、自分がここで引くことができないことも知っていた。

 

 この国で最も強い軍は、おそらく自分達なのだ。

 

 平和で争いのない国内、その端に位置しながら、隣国と常に小競り合いをするゴールウェイ辺境伯領。

 その領軍であるリチャード達以上に、戦いに慣れている軍は、国内にはないのだ。


 ここで自分達が倒れたらどうなるのだろう。


 リチャードは、初めて体験するその恐怖を、肩に背負ったものを思い、必死に振り払う。


 そしてただ、勝ちたいと願った。


 自分は強くなくてもいい。

 なんとかして、これを仕留めなければならない。


 では、どうすればいい?


 リチャードは、自分の中の全てを賭して、柄を握る手に力を込めた。



****


 一方、キャロラインは六本の剣を操りながら、冷めたような振りをしつつ、大興奮で六人を見つめていた。


(皆、筋肉ピチピチではないか〜〜!!!)


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