第12話 領主一族vs辺境伯軍



「あーっ!!?」



 野太い叫びと共に、そのクマは吹き飛んだ。

 そのまま、ゴロゴロと転がり、フィールドを囲む障壁に衝突してしまう。


「――勝負あり! 辺境伯軍、一勝!」


 わあっと歓声が上がる中、キャロラインは倒れ伏したクマに近づく。


可愛い熊キューティフルベア様、ちょっと弱すぎじゃありませんこと?」

「着ぐるみを着てまともに戦えるかぁ!!!」

「脱げばよろしいのに」

「脱いだら全裸だろうが!!!!!!」

「それは最高ですわね!!!!」


 叫ぶゴードンに、負けじとキャロラインも叫ぶ。

 二人の叫びの方向は正反対である。



****


 現在、訓練場で行われているのは、領主一家と辺境伯軍の決闘だ。

 総当たり戦でいいと言うキャロラインを全員でなだめ、三対三の勝ち抜き戦をすることとなったのである。


 対戦は一対一、木刀及び魔法使用可、相手が戦闘不能となるか敗北を宣言、またはフィールドを囲む障壁にぶつかれば、残った方が勝利。

 次の出場者がいなくなった陣営が勝つというルールだ。


 訓練場の特殊フィールド内での戦いとなるため、命を落とすような怪我は防護魔法で防がれるけれども、それなりの痛みは生じるし、アザや傷が残ることもある。

 そのため、誰もがキャロラインの参戦を止めたが、彼女は出場をやめなかった。


 なので、総帥ランベルトはしかたなく、荒くれ者の多い兵士達の中から、比較的手加減が得意な者達を三名、選抜した。


【領主一家陣営】

 出場者1 辺境伯ゴードン

 出場者2 次期辺境伯ギルバート

 出場者3 辺境伯夫人キャロライン


【ゴールウェイ辺境伯軍】

 出場者1 イェレミッチ中尉

 出場者2 ニーゲン中尉

 出場者3 サントス大尉



「これ、強さではなくダジャレで選んでませんこと?」

「決して! 決してそのようなことは!!!!」


 不機嫌そうにするキャロラインに、ランベルトは必死だ。

 実際は、この忖度そんたく決闘に不満を抱いた兵士達により、手加減が得意な者からさらにダジャレ選抜が行われてしまったのだが、そのような不敬な事実を総帥ランベルトが認める訳にはいかない。しらを切り通すしかないのだ。


 そんなこんなで始まった決闘だったのだが、選ばれし者イッチニーサンは困惑していた。



 クマの着ぐるみを着た領主に、どう忖度したら負けることができるのだ?



 支給の黒革制服も、汗で軋むし動きにくいが、ゴードンの着用する着ぐるみグマ(視覚的上半身曝け出し)に比べたら羽根のような身軽さである。


 イッチニーサンは考え、そして結論を下した。


(勝たせるのは、次期辺境伯にしよう)


 そんな訳で、イッチは初戦相手の辺境伯ゴードンを、それはもう遠慮なく突き飛ばした。

 技術の違いではなく、着ぐるみが悪いのだと示すため、木刀の打ち合いではなく、魔力を込めた掌底で、全力で主人たる辺境伯を突き飛ばした。

 辺境伯の厚い胸板に向かって手を突き出すのは正直嫌だなと思ったけれども、その辛い気持ちも魔力に変えて、思いっきり突き飛ばした。


 その結果が、冒頭の「あーっ!!?」である。


「全く。だらしのないクマー様ですわ」

「……」

「……クマー様?」


 ふと気がつくと、ぬいぐるみなクマ(下半身)から生えたムキムキマッチョ辺境伯は、泡を吹いて倒れていた。


 酸欠と熱中症である。


 着ぐるみを着て戦闘行為まで行ったのだ。

 当然といえば当然である。


 マッチョ辺境伯はキャロラインの指示で、その身からクマの着ぐるみを強制的に剥がされ、給水された。

 その結果、そこに打ち捨てられたのは、意識を失ったパンイチの辺境伯だ。

 本人の意に反してさらけ出されたその姿は、大腿四頭筋の盛り上がりが素敵な、まさに痴漢。


 辺境伯軍一同がそっと目を逸らす中、新妻キャロラインは、その姿を撮影機まどうぐでくまなく撮影した。

 後で本人に見せようと、ウキウキの表情である。


 なお、主人からクマの着ぐるみを剥いだのは、もちろん爆破犯達(確信)だ。

 追い剥ぎの冤罪オプションまで付いた彼らは、もはや引き返せないと、何か覚悟を決めた目をしている。絶対に何かしでかしそうな、危うい目である。ギルバートは、そんな彼らからそっと目を逸らし、何も見なかったことにした。



****


(何なんだ、この茶番は……)


 アッシュグレーの髪、緑色の瞳の二十五歳、中尉リチャード=リグレットは、遠目に領主vs辺境伯軍の様子を呆れた様子で見ていた。


 リチャードは、強い奴が好きだった。

 小さい頃から、体を動かす分野で同年代に負けたことはない。

 剣も槍も走りも、全て得意で、人に勝れば勝るほど、体を動かすことが好きになっていった。

 血筋にも恵まれたらしく、みるみる体も大きく育ち、この辺境伯軍の兵士となり、ライバル達と共に切磋琢磨しながら、さらにその強さを磨いていた。


 悩みがあるとすれば、弱い人間に興味がないせいで、いまだに恋をしたことがないことくらいだろう。


 リチャードが目を見張るほど強い女性に、彼はまだ会ったことがなかった。

 もちろん、強さというのは、肉体の強さだけを指すものではないが、頭でそう理解していても、心がまだ納得していないらしい。

 別に、筋肉隆々の女がいいという訳ではなかったけれども、できれば戦いの中でリチャードの意表をつくような、そんな強かな女に会ってみたいという願いを捨て切ることができなかった。


 そんな彼からすると、今日の領主一家のやりとりは本当にくだらないものだった。


(次期辺境伯……貴族の坊ちゃんの割には健闘しているが、だめだな。あれは見せるための筋肉だ)


 戦うためのものではないそれに、リチャードはつまらなそうに目を細めた後、あくびをする。


 あのイッチニーサンなら、うまく負けたふりをするだろう。

 この黒革とおさらばできるなら、なんだっていい。


 そう思ったところで、わっと歓声があがった。

 どうやら、次期辺境伯がイッチニーサンを倒したらしい。


 これで黒革とおさらばできると、喜ぶ辺境伯軍の兵士達。


 それを見たリチャードが肩をすくめたところで、ヒヤリと、首を切られたような圧力を感じた。




「――これが、この軍の本気ですの?」




 キャロライン=ゴールウェイの呟きが、訓練場の空気を一変させた。

 



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