第10話 辺境伯夫人キャロラインからの挑戦状というか果たし状



 ゴールウェイ辺境伯軍総帥ランベルト=ランチェスターは、それを見た瞬間、度肝を抜かれ、眩暈で倒れるかと思った。



****


 始まりは、昨日突然、ゴールウェイ辺境伯軍の下に、辺境伯夫人キャロライン=ゴールウェイから早文が届いたことである。


『果たし状


 皆様初めまして、この度ゴールウェイ辺境伯夫人となったキャロラインと申します。


 突然ですが、辺境伯軍の給与と福利厚生を見直します。


 これについて、募る文句もあるでしょうね。

 全て、この領主一家が受け止めてみせましょう。

 明日十四時に、領主一家vs辺境伯軍で決闘をいたします。

 そちらの訓練場に、腕よりの兵士を集めてください。

 皆様の力でわたくしども領主一家を全員倒すことができれば、見直しについて見直しましょう。


 勇猛な辺境伯軍の皆様が怖気付くことはないと思いますが……。

 こちらの不戦敗でも構いませんので、戦いから逃げる場合はそのことを申し出てくださいね。


 楽しい決闘ができることを心より願っています。

 悪しからず。


 辺境伯夫人キャロライン=ゴールウェイ』


 煽りぶみである。

 もう、ここぞとばかりにこちらを煽りまくっている。夫人の高笑いが目に見えるようである。いや、顔も知らないが。


 ランベルトは、こめかみを抑えながら、集めた幹部達を見た。


 辺境伯軍の幹部達は皆、四十代である。若いと三十代後半もいる。

 その補佐についているのが、五十代以上の面々だ。

 領主軍の幹部となれば、災害や反乱、敵国の侵攻に対して立ち向かう際に、その先頭に立つ必要がある。

 五十代以上となると、体力的に行軍の先頭に立つのが難しくなってくるため、補佐的な地位に下がるのだ。


「こんな文章を送ってくるなんて、辺境伯夫人は我々をなめてかかっている!」

「迎え撃つべきです、総帥!!」

「軍の中でも成績のいい者を集めましょう。徹底抗戦すべきです!」


 まだ若く血気盛んな幹部達は、辺境伯夫人キャロラインの煽り文に憤り、熱くなっている。

 一方で、補佐達は困り果てたような顔をしていた。


 辺境伯軍は、あくまでも辺境伯の部下なのだ。

 領主一族と対立していいことなど何もない。

 だというのに、新妻キャロラインは、明らかに対立を促すような手紙を送ってきた。その煽りに、果たして乗っていいものだろうか。


 ランベルトはため息を吐くと、幹部達ではなく、その補佐達に向かって尋ねた。


「キャロライン=ゴールウェイ……誰か見たことがある奴はいるか?」

「王都からの旅路は領主の私兵がついていたので、あまり情報がなく」

「辺境伯夫妻が領内についたときに、うちの警備組が見たところによると、小さな金髪のお人形って感じだったらしいですよ」

「他には?」

「側から見てるだけでしたから、それ以上は……」


 しかめ面をする総帥ランドルフに、補佐達も冷や汗をかく。


 キャロライン=ゴールウェイの人物像が分からない。

 キャロラインがこのゴールウェイ辺境伯領に来てから、まだ一、二週間かそこらしか経過していない。お披露目の挨拶も行われておらず、殆ど情報がないのだ。

 ただ、ゴードンの作った借金返済のために、男遊びの派手な女が嫁いできたという、あまり信じたくない内容の噂だけが蔓延している。


「とにかく、領主一家から待っていろと言われたからには、準備せねばなるまい」

「総帥!」

「そう急ぐな。給与と福利厚生の見直しをするという。これは、我が軍にとっても喜ばしいことだろう?」


 ぐ、と息を詰まらせる幹部達に、ランベルトは苦笑する。


 五年前、ゴードンが辺境伯として就任してからというもの、彼の厚い支援は、辺境伯軍を慄かせてきた。

 恐るべきセンスの隊服や、闇夜で光る水袋の支給。


 そして極めつけは、給与の増額と消費税の減額である。


 もちろん、どちらも一見、嬉しい事態のようにも思える。

 しかし、税収が減り、領内の行政サービスがみるみるうちに低下する中、辺境伯軍だけが富を享受したので、辺境伯軍の評判が著しく下がった。


 その結果ゴールウェイ辺境伯軍は、この五年で、服装の異様さもあいまり、『領主に寵愛される黒赤の悪魔』と呼ばれるようになってしまったのである。


「このキャロラインという夫人が、我々の環境を以前の状態に戻してくれるのであれば、のせてやるのも部下の勤めだろう」

「総帥」

「向こうの出方次第では、明日は接待決闘だ。忖度できるやつらを配置しておくように」


 こうして、ランベルトはできる限りの準備をして、当日を迎えた。



 そして、想像を超える目の前の光景に、度肝を抜かれた。




 今、ゴールウェイ辺境伯軍総帥ランベルト=ランチェスターの目の前には、三人の人物が並んでいた。



 上半身を衆目に曝け出した黒髪の次期辺境伯ギルバート=ゴールウェイ。



 その隣には、満面の笑みの金髪の二十一歳、キャロライン=キャンベル。




 さらにその隣には、巨大なクマの着ぐるみを着た何者かが立っていたのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る