第10話 辺境伯夫人キャロラインからの挑戦状というか果たし状
ゴールウェイ辺境伯軍総帥ランベルト=ランチェスターは、それを見た瞬間、度肝を抜かれ、眩暈で倒れるかと思った。
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始まりは、昨日突然、ゴールウェイ辺境伯軍の下に、辺境伯夫人キャロライン=ゴールウェイから早文が届いたことである。
『果たし状
皆様初めまして、この度ゴールウェイ辺境伯夫人となったキャロラインと申します。
突然ですが、辺境伯軍の給与と福利厚生を見直します。
これについて、募る文句もあるでしょうね。
全て、この領主一家が受け止めてみせましょう。
明日十四時に、領主一家vs辺境伯軍で決闘をいたします。
そちらの訓練場に、腕よりの兵士を集めてください。
皆様の力でわたくしども領主一家を全員倒すことができれば、見直しについて見直しましょう。
勇猛な辺境伯軍の皆様が怖気付くことはないと思いますが……。
こちらの不戦敗でも構いませんので、戦いから逃げる場合はそのことを申し出てくださいね。
楽しい決闘ができることを心より願っています。
悪しからず。
辺境伯夫人キャロライン=ゴールウェイ』
煽り
もう、ここぞとばかりにこちらを煽りまくっている。夫人の高笑いが目に見えるようである。いや、顔も知らないが。
ランベルトは、こめかみを抑えながら、集めた幹部達を見た。
辺境伯軍の幹部達は皆、四十代である。若いと三十代後半もいる。
その補佐についているのが、五十代以上の面々だ。
領主軍の幹部となれば、災害や反乱、敵国の侵攻に対して立ち向かう際に、その先頭に立つ必要がある。
五十代以上となると、体力的に行軍の先頭に立つのが難しくなってくるため、補佐的な地位に下がるのだ。
「こんな文章を送ってくるなんて、辺境伯夫人は我々をなめてかかっている!」
「迎え撃つべきです、総帥!!」
「軍の中でも成績のいい者を集めましょう。徹底抗戦すべきです!」
まだ若く血気盛んな幹部達は、辺境伯夫人キャロラインの煽り文に憤り、熱くなっている。
一方で、補佐達は困り果てたような顔をしていた。
辺境伯軍は、あくまでも辺境伯の部下なのだ。
領主一族と対立していいことなど何もない。
だというのに、新妻キャロラインは、明らかに対立を促すような手紙を送ってきた。その煽りに、果たして乗っていいものだろうか。
ランベルトはため息を吐くと、幹部達ではなく、その補佐達に向かって尋ねた。
「キャロライン=ゴールウェイ……誰か見たことがある奴はいるか?」
「王都からの旅路は領主の私兵がついていたので、あまり情報がなく」
「辺境伯夫妻が領内についたときに、うちの警備組が見たところによると、小さな金髪のお人形って感じだったらしいですよ」
「他には?」
「側から見てるだけでしたから、それ以上は……」
しかめ面をする総帥ランドルフに、補佐達も冷や汗をかく。
キャロライン=ゴールウェイの人物像が分からない。
キャロラインがこのゴールウェイ辺境伯領に来てから、まだ一、二週間かそこらしか経過していない。お披露目の挨拶も行われておらず、殆ど情報がないのだ。
ただ、ゴードンの作った借金返済のために、男遊びの派手な女が嫁いできたという、あまり信じたくない内容の噂だけが蔓延している。
「とにかく、領主一家から待っていろと言われたからには、準備せねばなるまい」
「総帥!」
「そう急ぐな。給与と福利厚生の見直しをするという。これは、我が軍にとっても喜ばしいことだろう?」
ぐ、と息を詰まらせる幹部達に、ランベルトは苦笑する。
五年前、ゴードンが辺境伯として就任してからというもの、彼の厚い支援は、辺境伯軍を慄かせてきた。
恐るべきセンスの隊服や、闇夜で光る水袋の支給。
そして極めつけは、給与の増額と消費税の減額である。
もちろん、どちらも一見、嬉しい事態のようにも思える。
しかし、税収が減り、領内の行政サービスがみるみるうちに低下する中、辺境伯軍だけが富を享受したので、辺境伯軍の評判が著しく下がった。
その結果ゴールウェイ辺境伯軍は、この五年で、服装の異様さもあいまり、『領主に寵愛される黒赤の悪魔』と呼ばれるようになってしまったのである。
「このキャロラインという夫人が、我々の環境を以前の状態に戻してくれるのであれば、のせてやるのも部下の勤めだろう」
「総帥」
「向こうの出方次第では、明日は接待決闘だ。忖度できるやつらを配置しておくように」
こうして、ランベルトはできる限りの準備をして、当日を迎えた。
そして、想像を超える目の前の光景に、度肝を抜かれた。
今、ゴールウェイ辺境伯軍総帥ランベルト=ランチェスターの目の前には、三人の人物が並んでいた。
上半身を衆目に曝け出した黒髪の次期辺境伯ギルバート=ゴールウェイ。
その隣には、満面の笑みの金髪の二十一歳、キャロライン=キャンベル。
さらにその隣には、巨大なクマの着ぐるみを着た何者かが立っていたのである。
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