第9話 辺境伯軍に挑戦状を叩きつけますわ



 キャロラインがゴードンの執務室にて気だるげに片手を上げると、家令のヴィクトルがゴードンに資料を渡した。


 ゴードンは混乱した。

 家令は何故、当然のごとくキャロラインに従っている?


「そこに書いてあるとおり、領内の低すぎる消費税を上げ、誤魔化し程度に地税と収穫税を下げます。同時に、辺境伯軍の給与体系と――何よりも福利厚生を見直しますわ」

「いや、おま、急に、え?」

「旦那様。あなた、辺境伯領予算をスポーツチームのサポーター資金だと思っていますの?」


 キャロラインが両手でパンと音を鳴らすと、官僚達がゾロゾロとゴードンの執務室に入ってきた。


 ゴードンは半裸の官僚達に曝け出したことで悲鳴を上げたが、彼らは半裸のゴードンに動じることなく、キャロラインの背後に一列に並んだ。

 その様子は二分されており、亡き兄の時代からいた官僚達は目を輝かせ、ゴードンの時代から雇った扱いやすい官僚達は何故か死んだ魚の目をしている。


 そして彼らの手には、ゴードンの宝物、五年間の成果が握られていた。



 金色の布地に、『ゴールウェイ辺境伯軍⭐︎最強』と書かれた表着Tシャツ


 『最強最凶⭐︎我らがゴールウェイ★ゴールウェイ辺境伯軍』と書かれた蛍光グリーン色の煽り旗。


 辺境伯軍全兵に支給した宝石の装飾つきの発光する水袋。


 金具が大量に使われた、パンチの利いた黒革の制服。


 暑苦しいことこの上ない真っ赤なマント。


 恥ずかしさの塊の、逆三角形の形のサングラス……。



 目を疑う悪趣味の塊に、ギルバートは宇宙を背景にしたような顔で固まった。


「叔父上……?」

「こっ、これは! 必要なんだ!! お、俺の最強の軍のためには必要なもので!!!!」

「だまらっしゃい」



 ずばーーーん!!!



 という、服が裂けるような音と共に、ゴードンの下半身の服が吹き飛んだ。


 ゴードンから、甲高い悲鳴が上がる。

 なお、下着だけはその身に残ることを許されたようだ。彼は今、パンイチのマッチョ――やはり痴漢である。


 一方、持ち込まれたグッズを見たギルバートは、愕然としていた。

 叔父はこの五年で、このゴールウェイ辺境伯領を借金まみれにしたというが、金の使い道はもしかして……。


「この脳筋未使用様はね。辺境伯軍の給与を上げ、これらのグッズを大量作成の上、福利厚生と称して軍に配給、着用・使用を強要。兵士達が飲みに行きやすいように、消費税を限りなくゼロに近い数字にしたのよ」

「あんた一体何やってるんだよ!!!」

「何を言うの、ギル。脳筋軍隊オタクに権力を与えたらこうなるのは自明の理でしょう?」


 首を傾げるキャロラインに、ギルバートは目を見開いた。


 キャロラインは、ギルバートのせいだと言っているのだ。

 ギルバートがこの辺境伯領から目を背け、叔父に統治の才覚がないと分かっていながら逃げようとしていたことが原因なのに、何を不思議がるのかと、そう尋ねている。


「という訳で、筋肉を愛でるため軍の訓練場に向かいます」

「どういう訳ですか!?」

「これだけの改革をするんですもの。兵士達が黙っていないはずよ」


 ギルバートは思った。

 なるほど、黙ってはいない――いないだろうか?

 兵士達はこれらの、世にも恐ろしい福利厚生を喜んでいるか?

 消費税にしても、これを下げたせいとは知らなかったが、領内の税収が落ちたせいで領内の橋や建物の修繕頻度、福祉サービスの質が激落ちしているし、街の治安も悪くなり、間接的に治安維持のコストが増えたとの噂があったような……。

 いやまて、給与が下がるのは普通に嫌がるか。適切な給与に戻るだけの気がするが、嫌がるはずである。うん。


 ギルバートが自分を納得させながら、肝心の叔父に目をやると、ゴードンは目を剥く官僚達に後ろを向かせながら、真っ赤なマントを身に巻きつけては透過するそれに悲鳴を上げている。


 いけないものを見てしまったような気持ちになり、ギルバートが叔父から目を逸らすと、父ゲオルグの時代からいる官僚達が、物言いたげに自分を見ていることに気がついた。

 目を丸くするギルバートに、キャロラインが優しく声をかける。


「安心して、ギル。昨日ちゃんと、辺境伯軍には挑戦状を送っておいたわ」

「何してるんですか!!!!!?」

「今からその筋肉で、辺境伯軍を倒しにいくのよ……」

「味方の辺境伯軍を倒す必要あります?????」

「キャロル様のおっしゃることに疑問を持つとは、ギルバート様は下僕として修行が足りませんわね」

「サブリナあんたそんなキャラだったかな!!!!」


 ふふんと自慢げに笑う赤毛のサブリナに、ギルバートは動揺しきりだ。

 そんな二人を見て、キャロラインは「あら仲良しね」と満面の笑みである。


 一方、取り乱すギルバートに、冤罪組(菩薩の笑顔)は思った。

 やはり……おかしいのだろうか。

 辺境伯夫人の言うことなすこと、全てが冤罪組(悟り)の想像を超えてくるので、何もかもを受け入れるべく心の準備をしていたが、ギルバートだけは、なんだか自分達の心の動きを体現したかのような発言を繰り返している気がする。

 どちらなのだ。

 冤罪組の認識が誤っているのか、はたまた正しいのか。

 冤罪組の心の平安を取り戻すためには、彼を応援すべきなのか、はたまた封殺すべきなのか。


 そんな彼らの気持ちを置いて、キャロラインは告げた。


「それじゃ、みんなで辺境伯軍を倒しに行くわよ!」


 こうして、領主一家は使用人を連れ、辺境伯軍の訓練場へと向かったのである。

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