第6話 黒髪の甥っ子ギルバート=ゴールウェイ
ギルバートは、ゴールウェイ辺境伯である父ゲオルグの一人息子としてこの世に生を受けた。
生まれた先は貴族の嫡男という恵まれた環境だったけれども、その幸運を吹き飛ばすほどの不幸も生まれ持っていた。
髪が、まごうことなき漆黒だったのである。
五十年前から不吉を呼ぶ色として忌避されてきた黒髪は、ギルバートの人生を狂わせた。
父そっくりの顔立ちに、父と同じ青色の瞳は、ギルバートが父ゲオルグの子であることをこれ以上なく示していたけれども、だからこそ責任を感じたのか、ギルバートが幼い頃に母は出奔した。
父ゲオルグは彼に興味を示さず、幼い頃から使用人達にもそれとなく避けらる。同じ年頃の子ども達の扱いは、いじめか無視の二択であった。
ある日、ギルバートは同じ年頃の子ども達に足を蹴られた仕返しに、相手を蹴り返した。
反撃があったことに驚いたのか、相手はそれ以降、ギルバートに関わらなくなった。
日々のいじめに悩まされていたギルバートは、天啓を得た気持ちになった。
力をつければ、誰もギルバートを侮ることはできない。
それから、ギルバートは肉体を鍛えるようになった。
父ゲオルグも、父と十歳離れた叔父ゴードンも、肉体に恵まれていたことを考えると、血筋による力もあったのだろう。
彼はみるみるうちに逞しい体つきとなり、誰もが彼を恐れ、いじめることなどできなくなった。
ただ、誰も彼に親しく近づいてこないことだけは、相変わらず変わらなかった。
貴族の子女が十五歳から十八歳まで通う王都の貴族学園でも、基本的にそれは変わらなかった。
ただ唯一、ネイサン第二王子だけは違った。
この高貴な同級生だけは、彼の黒髪を忌避することも、肉体の逞しさに畏怖することもなく、ありのままのギルバートと向き合ってくれた。
彼がいなければ、ギルバートはきっと、三年間、学園に通い続けることができなかっただろう。
「君は本当に努力家だよね」
「殿下」
「僕の側近にならないか? ゴールウェイ辺境伯領は、君の叔父君が治めているんだろう?」
その申し出がギルバートの心にどれほど響いたのか、きっとネイサンには分からないだろうと彼は思った。つい目頭が熱くなってしまって、その日はまともにネイサンの顔を見ることができず、ネイサンに散々からかわれたのは今でも秘するべき黒歴史である。
ギルバートにとって自分をまともな人間として扱ってくれるネイサンの存在はありがたく、傍にいたいと心から願った。
そして、だからこそギルバートは、その申し出を断るべきだと判じた。
不幸を呼ぶとされる、不吉な黒髪。
その存在が、この代え難い友人の行く末を阻むことは、ギルバートにとって耐え難いことだった。
また、王都には人があれだけ沢山いたというのに、黒髪の人間に一人として出会わなかったという事実も、ギルバートを打ちのめした。自分が出世することで、黒髪に対する評価が少しでも解消され、救われる人がいるのであればともかく、この黒い髪に悩まされているのは只一人、自分だけ。
だから、ギルバートは学園を卒業するなり、すぐに辺境伯領に戻った。
しかし、戻ったとて、居ないものとして扱われる日々に変わりはない。
ギルバートは、カツラを被って街に降り、民に混ざって仕事をし、生活をした。
寝泊まりのために週の半分程度は辺境伯邸に戻り、邸宅にいる間は、肉体の強化に努めた。
市井にいる間は、仕事仲間はギルバートに話しかけてくれたけれども、黒髪を見せた瞬間態度が変わるであろうことを思うと、虚しく、誰とも深く関わる気にはなれなかった。
ある日、市井で暮らしているギルバートの耳に、叔父である辺境伯ゴードンが妻を娶るという噂が届いた。
ゴードンが結婚する。
そのうち、後継も生まれるだろう。
ならば、ギルバートがあの家にいる意味は、もうない。
そうして、彼が出奔を企みつつあったその日。
叔父の妻キャロラインが、ギルバートの部屋に現れたのである。
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