第4話 赤毛の可愛い娘を発見しましたわ



「なんなの! 何があったの!!?」


 サブリナが音源の場所にたどり着くと、そこは調理場だった。


 一階にあるその場所は、壁がなくなり、ぽっかりと穴が開いている。

 穴の周りには、先の爆発の犯人と思しき使用人達に、新妻キャロライン。

 そして、意外にも深いその穴の中に、調理をしていたのであろうシェフ達が、呆然とたたずんでいた。


 サブリナはわなわなと震えた。


「一体これはなんなの!!!」

「いえ、その……」


 誰にともなく事態を問うその叫びに、穴の周りにいる使用人達は困ったような顔で、煮え切らない反応を示した。

 サブリナは、穴の傍に立つ金髪の女を睨みつけ、叫んだ。


「きゃ、きゃ、キャロライン=キャンベル! あなたがやったんでしょう!」

「え? お前は、これをわたくしが実現できると思うの?」


 その問いかけに、サブリナはハッとし、シェフ達のたたずむ穴のあいた空間と、キャロラインを見比べた。


 サブリナは思った。

 不祥事が起きたなら、きっとこの女が原因だと。

 しかし、こんな物理的な爆発を、ただの元貴族令嬢が起こすことなどできるのだろうか。

 このレベルの爆破魔法を使うなら、兵士として相当訓練されている必要があるし、下級兵なら疲労困憊でへたりこんでいてもおかしくない。

 かといって、爆弾を用意する隙などあっただろうか。


 その気持ちに寄り添うように、キャロラインはサブリナに告げた。



「お前がわたくしにあてがったこの使用人達が、わたくしに嫌がらせをするために食堂ごと爆破したのよ」



(ええええええ!!?)


 更なる濡れ衣に目を剥く使用人達(推定犯人)に、サブリナは激昂する。


「何をやっているの! 嫌がらせにしても、限度があるでしょう!!」

「えええ違いますサブリナ侍女長、私どもはそんなことしません!」

「こ、この女――あ、いえ、夫人ががやったんです! この、辺境伯夫人が……!」

「一介の貴族の女が、こんなことをできる訳がないでしょう! あなた達はクビよ!」

「そ、そんな……!」

「クビにしなくてもいいのよ。わたくし、彼らを許すもの」


 サブリナも使用人達も驚く中、キャロラインはお人形のような佇まいで、冷静に告げた。

 それにより、侍女長サブリナは更に冷静さを失った。


「許すってなんですか! いや、それでもだめです! 爆発物を持ち込むような危険な者達は雇えません!!」


 それはそうだよな、と犯人達(濡れ衣)は思った。

 濡れ衣ではあり、焦ってはいるのだが、サブリナ侍女長の言い分は尤もな内容である。


 そんな周囲に構わず、キャロラインはしれっと告げる。


「あら。この者達を雇う権利はお前ではなく、わたくしにあるのよ。何より、ゴードンは雇ったままでいいと言っているし」


 ゴードンの名を出され、カッと顔を赤らめるサブリナに、キャロラインは頷く。

 その淡い水色の瞳は、慈愛に満ちている。


「そうよね、分かるわ。今日の皆のご飯がなくなってしまったんだもの。急に夕食抜きと言われても、許せないわよね」

「誰がそんな話をしていましたか!!!!?」

「いいのよ、お前の気持ちも分かるわ。おなかがすくこの時間帯に本当に迷惑なことよね。あ、でもほら。そこのシェフが、まだ調理中のお肉をのせたフライパンを握っているわ」


 サブリナが促されるままに、意外にも深い穴の中を覗くと、そこには辺境伯邸のシェフ七人が、未だ唖然としたまま佇んでいた。

 皿を持ったまま固まっている者。飾りつけのパセリを手に動かない者。お玉を手に呆然としている者。

 そして、肉をのせたフライパンを持ったシェフ――料理長が言った。


「……まだ生焼けです……」

「誰もそんなことを聞いていないのよ!!!!」


 激高するサブリナに、犯人達(仮)は思った。

 あれだけの爆発があったのに、シェフ達はかすり傷も負っていない。

 シェフ達が持っていたフライパンもパセリも、なんならシェフ達も、生焼けにならずに無事に穴の中に存在している。

 なくなったのは、調理場だけ。

 異常な事態である。

 そして、そのことをサブリナ侍女長は指摘してくれない。

 何故だろう。

 事態を異常だと思っている犯人達(仮)の思考の方が、異常なのだろうか。


 憤るサブリナ、混乱する犯人達(推定)。そんな彼らの気持ちを置きざりに、新妻キャロラインは優しい笑顔でサブリナに近づいた。

 サブリナが我に返ったときには、あばずれ女と有名な金髪の女が、彼女の目の前に佇んでいた。


「そんなことより、お前」

「何よ!」

「美しい髪をしているわ」


 固まるサブリナに構わず、キャロラインはうっとりと、彼女の艶やかな赤毛を見つめる。


「名は何というの」

「え!? サ、サブリナ……」

「良い名ね。お前のように美しい女に相応しい、涼やかな名だわ」

「な、何をおっしゃっているんです!」

「ありのままを述べているだけよ。燃えるような赤い髪……この艶……素晴らしいわ……」


 熱に浮かされたように、サブリナを見ているキャロライン。


 憤り、馬鹿にしているのかと跳ねのける場面だ。

 サブリナはそう思った。


 しかし、サブリナの過去が、この場に彼女を踏みとどまらせた。

 赤毛の巨乳女として、彼女を馬鹿にし、浮気をした婚約者のことが思い浮かんだ。赤毛は愚か者の証拠だと、彼女を蔑んだ家族の言葉が浮かんだ。「この髪はね、情熱の証。自慢の髪だよ」とサブリナに告げた、亡き祖母の優しい顔が思い起こされた。


 彼女の戸惑いに構わず、キャロラインはうっとりと微笑む。


「お前、わたくし付きになりなさい」

「え!? い、いえ、わたくしは侍女長で」

「そう、仕事もできるのね。素晴らしいわ。では毎日会いに来て」

「あ、会いに?」

「わたくしは常に、美しいもので目を潤していたい質なの」

「う、美しい……なん、て……私はもう、三十、に」


 気が付くと、サブリナの背後には廊下の壁があり、間近に新妻キャロラインに詰め寄られていた。

 彼女を美しい存在として、真っすぐに見つめてくる水色の瞳に、サブリナは上手く思考を回すことができず、されるがままになってしまう。


「そのようなことを気にするなんて、可愛らしい人」


 頭の中が真っ白になったサブリナは、「失礼します!!!!!」と叫び、その場から脱兎のごとく逃げ出した。

 事態は彼女の脳みその限界を超えたのだ。

 こういうときは元凶から離れるのが一番だと、サブリナは信じている。


 その傍らで、犯人達(迷走中)とシェフ達は、背景に宇宙を背負ったような顔をしていた。

 あの侍女長サブリナが、乙女のような顔をして走って行ってしまった。

 あの、配下に厳しく、この辺境伯領の使用人達の腐敗の元凶ともいえる赤毛の悪魔サブリナ侍女長が、凌辱された乙女のような顔をして……。


 唖然としながら、去っていくサブリナを見ていた使用人達とシェフ達は、近くに立つ女主人の淡い水色の瞳が自分達の方を向いていることに気がついた。


「さて。お前達、分かっているな?」


 キロリと自分達を睨め付ける女主人の圧に、使用人達とシェフ達は震えた。



 その日の夜、ゴールウェイ辺境伯の主都ゴルドの料理店に、辺境伯邸から、大量の出前の注文が入った。

 注文をする使用人達の様子はあまりにも必死で、料理店の者達は一様に首を傾げていた。



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