第3話 赤毛の侍女長サブリナ=サクリーン
侍女長サブリナ=サクリーンは、その日、非常に不機嫌だった。
本日、サブリナの主人であるゴードン=ゴールウェイ辺境伯が、王都で娶った妻を連れて、ゴールウェイ辺境伯領主邸に帰ってきたのだ。
サブリナは、侍女長としてゴードンの自室の最終確認を行いつつ、その部屋にある大きな姿見で自慢の赤毛の様子を見ながら、思い出したように歯噛みする。
数日前に、近くの村から先触れの手紙が来て、今日、ゴードンとその妻が帰宅することは分かっていた。
そして、ゴードンの『信用できるお前達ならやってくれるな』という言葉に従い、彼女を始めとする使用人達は、ゴードンの新妻の部屋を用意しなかった。
いや、用意はしたのだ。物だらけで足の踏み場もない物置部屋を案内した。
しかし先ほど、謎の爆発によって、物置部屋は跡形もなく吹き飛んでしまったのだ。
ゴードン曰く、その爆発は、新妻キャロラインを案内した使用人達数人が仕込んだものらしい。
(歴史ある辺境伯邸になんてことを! 嫌がらせをするにしても、もっとやり方はあるでしょうに!)
新妻キャロラインへの嫌がらせを意図したことではなく、やり方が稚拙であったことに憤りを感じるサブリナは、姿見の横の台に置いてあるゴードンの櫛を床に叩きつけそうになり、慌てて櫛を台に戻す。
この部屋の備品は国の高官である辺境伯自身が使うものだけに全て高級品だ。櫛一本弁償するだけで、サブリナの月の給与が半分以上吹き飛んでしまう。
さて、新妻キャロラインは、物置部屋という部屋を失った――物理的に!――ため、他の部屋をあてがわれることとなった。
そして、事前に侍女長サブリナや家令ロドスに相談があったならば、そこそこに質の悪い部屋を用意したものを、新妻キャロラインの周りにいた爆破の犯人と思しき使用人達はなんと、素直に彼女を辺境伯夫人の部屋に案内してしまったのである。
(あの部屋は、私が狙っていた部屋なのに!)
侍女長サブリナは、侍女長にしては年若く、今年で三十歳だ。
二十九歳のゴードンとは、釣り合わなくもない年齢である。
元々、サブリナは伯爵令嬢であった。
ニ十歳で長年の婚約者から婚約破棄された彼女は、恋と結婚を諦め、社交会の主要地である王都から離れることにした。そして、貴族令嬢としての地位を利用してこの辺境伯邸の侍女として好待遇で雇われ、持ち前のマメさと努力で、この地位まで昇りつめたのである。
もちろん、幸運が味方したというのも、彼女の成功の一因だ。
彼女が侍女として地位を上げる根回しをしていた頃、ちょうどゴードンの兄である前辺境伯が戦で亡くなり、ゴードンが辺境伯として就任した。そして、それまでいたサブリナにとって鼻持ちならない使用人達は、脳筋ぎみなゴードンのやり方が合わなかったのか、次第に辞めていったのである。
サブリナはこの機会を逃さず、彼女にとって扱いやすい者が残るように根回しをしたのだ。
家令ロドスだけは目端が利くのでやっかいだと感じていたけれども、意外なことに、彼はサブリナに協力してくれた。彼女のやり方に口を出すことなく、場を牛耳ることを認めてくれたのだ。
こうして、サブリナは侍女長となり、ゴードン=ゴールウェイ辺境伯の傍に侍ることに成功した。
二男の彼は元々辺境伯を継ぐ予定ではなかったため、嫡子としての教育を受けていなかったらしい。短気かつ単純で、領主となるには思慮が浅く、商売女以外と付き合ったことはないようだ。
そして、サブリナの豊かな胸に、大変な興味を示していた。
そんなゴードンを見た他の使用人達は、サブリナにそれとなく彼を落とすよう勧めていた。
――要は、他の者の目から見ても、脈があるということだ。
サブリナは恋も結婚も求めていなかったが、その分、地位と権力を求めていた。
そのためなら、自らの体を差し出すこともできるかもしれないと、そう覚悟を決めつつあったのだ。
その矢先の、ゴードンの婚姻である。
サブリナにゴードンを射止める覚悟はなかったけれども、いざ人に取られると惜しいもののように感じるのが、人の心というものだ。
何より、毎日磨きをかけて綺麗に保ってきた辺境伯夫人の部屋を、
(只ではおくものですか……!)
まずは手始めに、食事を抜いてやろう。
そう思い、思うだけではなく、配下の使用人達にも食事をもっていかないよう、厳命している。
あの裏切り者の爆破犯達(仮)がシェフに直談判しても、新妻キャロラインの食事は出てこないよう手配しているのだ。
こうして、サブリナが楽しげにほくそ笑んだところで、事態は起こった。
どがーーーーん!!!!
という爆破音が、再度、ゴールウェイ辺境伯邸に鳴り響いたのである。
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