第2話 使用人達が嫌がらせのためにやったようです
キャロライン=キャンベルは、この国に五つしかない公爵家の長女としてこの世に生まれた。
赤子の頃から魔王(女)としての記憶があった彼女は、希代の天才として、五歳の頃からナイジェル=ナドヴォルニク第一王子の婚約することとなってしまった。
国王夫妻とキャンベル公爵夫妻の肝いりの婚約である。
キャロラインは、ナイジェル第一王子のことをさほど好いていなかった。
どちらかというと、恋活の邪魔になる彼に困っていた。
そして、どうやらナイジェル第一王子も、キャロラインのことを気に入っていなかったらしい。
彼は、国王夫妻とキャンベル公爵夫妻が長期視察に出た隙に、借金だらけのゴールウェイ辺境伯を王都に呼び寄せた。
そして、第一王子の予算をかき集めて、ゴールウェイ辺境伯の借金を返済する代わりに、キャロラインとの婚約を一方的に破棄し、即日、彼女とゴードン=ゴールウェイ辺境伯との婚姻を結ばせたのである。
そして、婚姻をしたその日から一ヶ月半の道のりを越えてやってきたのが、このゴールウェイ辺境伯領である。ナドヴォルニク王国の西端にあり、温暖な気候、豊かな実りが自慢の領地だ。
しかし、実り豊かであればある程、その存在は
ここは常に、隣接するドヴォルザーク王国から狙われており、国境での小競り合いの絶えない地域だった。
「ふむ。とても豊かには見えんな」
「え?」
「いえ、なんでもございません」
キャロラインは、馬車の中から街の様子を見て、つい本音を漏らす。
楽しみにしていた街道には出店も多く、そこそこに物は売っているけれども、残念なことに活気がない。道行く人々は疲れており、建物の間には物乞いの子ども達も多くいる。
(妾の民が辛気臭い顔をしているのはいただけないな)
たった二年のこととはいえ、キャロラインはゴールウェイ辺境伯夫人だ。
彼女の治める地の民が、このようにくたびれた様子であるのは、座りが悪い。
眉根を寄せ、チラリと向かいにいる熊男を見ると、熊はギロリとキャロラインを睨みつけてきた。
「この地は戦続きだ。民が疲弊しているのは、仕方のないことだ」
「……」
「何か文句があるのか」
「いえ、特には」
そのまま視線を外に移したキャロラインに、ゴードンはふん、と鼻を鳴らして腕組みをし、彼女から目を逸らす。
彼は今、自分の妻となった女が、貴族は十五歳から三年間通うものとされる貴族学園で、主席卒業した女であることに気がついたのだ。それだけではない。目の前の女は、第一王子――このナドヴォルニク王国の王太子の婚約者だった女である。どれだけ醜聞があろうとも、統治に関し、最先端の教育を受けてきたに違いない。
そしてその事実は、ゴードンにとっては忌々しく、疎ましいものであった。
(統治に関して、口を出すつもりか。学生としての経験しかない身で、出しゃばってくるとしたら面倒なことこの上ない。仕事から遠ざけねばならんな)
領主邸に着くと、ゴードンはエスコートすることもなく馬車を降り、キャロラインを家の者に紹介することもなく自室に向かう。
一人で馬車から降り立ったキャロラインは、目の前に並ぶ使用人達を見た。
辺境伯ゴードンのやり方に戸惑う者、その扱いを見てキャロラインを侮る者、最初からキャロラインを嫌悪の目で見る者。
当然のように誰も名乗らず、キャロラインは自室へと案内された。
「ここがあなたの部屋です」
物置部屋だった。
「ふむ。この無能ぶり。これは妾の好きなようにして然るべきということだな」
「え?」
案内した使用人の目の前が、真っ白に染まった。
****
どがーーーーーん!!
と、大音量と共に、地響きのような揺れが起きたため、ゴードンは目を剥いた。
先程長旅から帰ってきたばかりの体に鞭打ち、音のした方へと足を運ぶ。
「何事だ!」
廊下の角を曲がりながら叫んだ後、ゴードンは目が飛び出るかと思った。
領主邸五階の廊下はずのその場所から、澄んだ青空が見えているではないか!
確か物置部屋があったはずのその位置には、床も壁も天井もなく、ぽっかりと穴が開くように存在がなくなっていた。
そして、その付近にいるのは、へたり込んでいる使用人数人と、妻キャロラインである。
ゴードンは走り寄りながら叫んだ。
「これはどういうことだ!」
「あら、筋肉様。いえ旦那様」
「何故こんなことに!? 来た早々、何をやらかしたのだ!」
「え? 旦那様は、これをわたくしが実現できるとお思いになるのですか?」
その問いかけに、ゴードンはハッとし、目の前の壁と床のない空間と、キャロラインを見比べた。
ゴードンは思った。
不祥事が起きたなら、きっとこの女が原因だと。
しかし、こんな物理的な爆発を、ただの元貴族令嬢が起こすことなどできるのだろうか。
このレベルの爆破魔法を使うなら、兵士として相当訓練されている必要があるし、下級兵なら疲労困憊でへたりこんでいてもおかしくない。
かといって、爆弾を用意する隙などあっただろうか。
その気持ちに寄り添うように、キャロラインはゴードンに告げた。
「旦那様のお雇いになった使用人達が、わたくしに嫌がらせをするために部屋を爆破したようです」
(ええええええ!!?)
濡れ衣に目を剥く使用人達に、ゴードンは激昂する。
「何をやっているんだ! 嫌がらせにしても、限度があるだろうが!!」
「えええ違います旦那様、私どもはそんなことしません!」
「こ、この女がやったんです! この女が……!」
「一介の貴族の女が、こんなことをできる訳がなかろう! お前達はクビだ!」
「そ、そんな……!」
「いえ、旦那様。それには及びません」
ゴードンも使用人達も驚く中、キャロラインは人形のような佇まいで、冷静に告げた。
「その使用人達、わたくしの専属にしてくださいまし」
「な、何!? いや、それはだめだ! 爆発物を使う使用人など、雇っておけるか!」
それはそうだよな、と使用人達は思った。
濡れ衣ではあり、焦ってはいるのだが、ゴードンの言い分は尤もな内容である。
「わたくしが教育しなおします」
「いや、それでもだめだ!」
「どうせわたくしには、まともな使用人をつけるつもりはなかったのでしょう?」
ぐ、と詰まるゴードンに、キャロラインは冷めた瞳を向ける。
「そ、そいつらが、元々お前の専属の予定だった……」
「あら。では彼らは元より、まともな仕事のできない使用人だという評価の者達だったのですね」
「結果として間違ってないだろうが! 領主邸に爆発物を持ち込む危険人物だぞ!」
キャロラインが使用人達に視線を移すと、へたり込んでいた使用人達は、顔を赤くしてプルプルと震えていた。
目の前で主人から、低評価していたと暴露されたのだ。
そもそも、彼らは『信用できるお前達ならやってくれるな』と、他でもないゴードンに暗に唆され、この辺境伯夫人に嫌がらせをしていたのだ。それにも関わらず、最初から低評価だと言われたのだから、領主邸使用人としての矜持はずたぼろである。
「わたくしは彼らを評価しますわ。嫌がらせをするべく配置され、ここまで豪胆なことをしでかす胆力……素晴らしいではありませんか」
ふふっと笑うその顔は愛らしく美しい。
そんな美少女主人を、使用人達は複雑な気持ちで、ただ眺めることしかできない。
「勝手にしろ!!」
ゴードンは背景に宇宙を背負ったような顔をした後、そう叫ぶと、自室に戻っていった。
事態は彼の脳みその限界を超えたのだ。
こういうときは何も考えないのが一番だと、ゴードンは信じている。
唖然としながら、去っていくゴードンを見ていた使用人達は、近くに立つ女主人の淡い水色の瞳が自分達の方を向いていることに気がついた。
「さて。お前達、分かっているな?」
キロリと自分達を睨め付ける女主人の圧に、使用人達は思わず変な声を出しながら震えるのだった。
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