婚約破棄後に無粋な辺境伯に嫁がされた不遇令嬢ですが、筋肉好きの元魔王なので恋活に励みます
黒猫かりん@「訳あり伯爵様」コミカライズ
第1話 プロローグ
「お前のような醜聞まみれの女を娶らされるとはな……。王家は辺境をゴミ捨て場か何かだと思っているのか?」
公爵令嬢キャロライン=キャンベルは、
髪と同じ色の、ホワイトブロンドの長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、その淡い水色の瞳で、キャロラインは目の前の男を見上げる。
豪奢な馬車の中、向かいの席に座る居丈高な男は、名をゴードン=ゴールウェイといった。
この男は、
この国の人間としては珍しくない、こげ茶色の髪に青色の瞳。
鋭利な目つきに、鍛え上げた巨躯。
今しがたキャロラインの夫となったばかりのその男は、小柄で華奢なキャロラインを、嫌悪も露わに睨みつけていた。
「何か言うことはないのか」
熊男といっても過言ではない巨体の男に、このように威圧的に凄まれては、普通の令嬢であれば震えあがり、目に涙を浮かべるだろう。
言い方も言っている内容も、とても友好的なものではない。
しかし、キャロラインは、その人形のような見た目に反し、しっかりとその言葉を受け止め、目の前の男を見据えた。
彼女の淡い水色の瞳に映るのは、筋肉ではちきれんばかりの下履き。骨太の体躯、彼女よりも大きな手、そしてなにより、そのシルエットからも露わな、盛り上がった三角筋……。
「ふむ。悪くない」
「何?」
「いえ。……辺境伯様」
「ふん。なんだ」
「わたくしのことは、捨て置いて下さいませ」
目を伏せるキャロラインに、ゴードンはふん、と鼻で笑う。
「そのように殊勝な態度を取っても無駄だ。俺は貴様には騙されないからな」
「ほほう、騙すとは?」
「え?」
「いえ、騙すとは何のことでしょうか」
目をパチパチ瞬いた後、ゴードンは咳払いをする。
先ほどから、目の前の金髪の人形のような女から、おかしな発言が聞こえるような気がするのだ。
しかし、きっと気のせいだろう。おそらく。多分。ゴードンの視覚情報は、聴覚情報を否定している。
ゴードンは気を取り直して、キャロラインに告げた。
「お前がとんだアバズレであることは、お前の元婚約者から聞いているのだ。俺を籠絡しようとしても無駄だからな」
「……あの下衆が」
「え?」
「いえ、そうでございましたか。それは申し訳ございません」
幻聴でも聞こえたのかと、ゴードンは耳を触るが、何も異常はない。
キャロラインは、その長いまつ毛を伏せ、澄ました顔で続ける。
「辺境伯閣下も、急にこのように呼びつけられてお疲れでしょう。わたくしも疲れました。早く家に帰りたいですわね」
「お前はもう公爵家には戻れない。俺と共に、これからゴールウェイ辺境伯領に行くんだ」
「はい。ですから、早く辺境伯領へ参りましょう。とはいえ、今日のところは、王都の辺境伯邸でしょうか」
キャロラインの聞き分けの良さに、釈然としないまま、ゴードンは眉間にしわを寄せる。
「二年後には離婚するからな」
「二年後といいますと、白い結婚にすると言うことでしょうか」
「当然だ。お前のように純潔でなくとも、子ができなければ二年で離婚できるからな。……いや、まあ、離婚はするが……そうか、白い必要はないか……」
ゴードンは改めて、目の前に座る女を見た。
ふわふわのホワイトブロンドの髪に、淡い水色の瞳をした、目鼻立ちの整った美少女の代名詞のような女。
ゴードンは妖艶な女を好みとしているので、胸が小さく、人形のような出で立ちのキャロラインのことは、趣味ではない。
しかし、これだけの美しさを持つのであれば、手慰みにするのはやぶさかではない。
舐め回すように自分を見てくる男に、キャロラインの細い眉がピクリと動く。
「あら、それはようございました。噂として聞き及んでいらっしゃるかもしれませんが、わたくし閨には自信がございまして、巧みな技巧で殿方を昇天させることができますのよ」
「そ、そうか」
「それはもう需要が素晴らしくありましてね。数多の病のプレゼントと引き換えとなるのですが、何事にも代償がつきものですし、ここはほら」
「白い結婚だ!!!」
「残念ですわ」
それから、会話するのも嫌になったのか、ゴードンは窓の外に顔を向け、キャロラインに話しかけて来なかった。
キャロラインはしばらく、目の前の男の、日に焼けて若干赤みがかったこげ茶色の髪の毛を眺めた後、心の中でため息を吐き、ゴードンが見ているものとは反対側の窓の外に視線を向け、物思いに耽った。
(妾の夢はいつ叶うのだろうか……)
キャロラインには夢があるのだ。
それは、前世で叶えることができなかったこと。
――『恋人を作る』ということだ。
キャロラインは、この生を受ける前は、魔王(女)として生きていた。
その強大な魔力は、人間達だけでなく、部下の魔物達すら震え上がるほどのもので、彼女と対等でいられる存在はそう多くはなかった。
何度か勇者を名乗る人間達がやってきたが、腹立たしいくらい弱かった。
何千年も生きたし、大抵の怪我や老化は溢れる魔力がなんとかしてくれたため、寿命など、ないも同然であった。
……のだが、ある日耐えられなくなり、自ら命を絶って転生したのだ。
キャロラインは、今世の体に満足している。
少し乳は萎んだが、大きな水色の瞳にふさふさのまつ毛、すっと通った鼻筋にフワフワの金髪は悪くない。
そもそも、前世の自分は、黒髪ストレートに、凹凸の激しい男ウケのよさそうな体つきだったが、それでは恋人ができなかったのだ。
今世のお人形のような可愛らしい姿なら、きっと、恋活もうまくいくに違いない……。
相手への望みは、もちろんある。
精悍な顔つき、できれば日に焼けていて、筋肉は必須、笑顔が眩しく、素直で頭が良く機転が効いて愛想が良くキャロラインのことを愛してくれる人だ。
この条件を満たすなら、多少歳が離れていても構わない。男が年上でも、精神的にはキャロラインの方が年齢を重ねているし、男が若すぎるなら、少しばかり魔力を使って寿命を延ばして待つのもいい。
キャロラインは目の前の男をもう一度見た。
今日から夫になったゴードン=ゴールウェイ。
こげ茶色の髪、青色の瞳。日に焼けた肌に、眉が太めの精悍な顔つき、そして何より、鍛え上げた筋肉を纏った巨躯。
悪くない。見た目は悪くないのだ。
しかし、誠実さがない。
頑なな上に、既に頭の悪さの片鱗がみえる。
今回の婚姻に合意した時点で、品性とモラルに欠けている。
総合評価は――。
「失格だ」
「え?」
「いえ、なんでもございません」
キャロラインは、ホホホと笑うと、改めて窓の外に視線を移した。
白い結婚。うん、悪くない。
今のキャロラインは、少し身分が高すぎる。
白い結婚で婚姻無効となった傷もの令嬢であれば、平民の男という選択肢が広がり、きっと恋活もうまくいくはず。
辺境伯領には、国境を守るため、体を鍛え上げた戦士達が多く存在すると聞く。
(あの下種王子も、最後に良い仕事をしてくれた。礼は手柔らかにしておいてやろう)
内心はともかくとして、儚げに微笑むキャロラインを横目で見て、ゴードンはやはり、首を傾げるのだった。
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