男性向け出産本

玉川 駈

単話 男性向出産本

 古本屋でふと目に止まったタイトル。


「男性向出産本」


 男性向けの「育児」本なら数多あるだろうが、「出産本」とは。


 ジェンダーフリーの世の中になってきて、何やら若者に人気のあるライトノベルなどでは、男性が妊娠するというような話もちらほらみられるようだ。


——そういえば最近テレビドラマでも男性が妊娠する話があったな


 じっとりと変色した濃紺の麻布表紙に、古めかしい金の字体でタイトルが印字されたその製本には、ライトノベルや最近のお手軽出産教本などの印象は微塵も感じられなかった。


——むしろ、見た目は魔導書?とか、禁書のたぐいだな。


 どんなことが書いてあるのか興味が湧いたので、ページをめくってみる。


 色褪せた中表紙を捲ると、灼けた黄色のページは以下の書き出しで始まっていた。


 『この本は1955年に特許を取得した人工子宮製造方法を元に書かれています……』


 黒魔術のようなおどろおどろしい内容が、ドイツ語と英語の混ざった図解とともに記述されている。

 人工子宮?そんなものが戦後の時代にすでに発明されていたのだろうか。図解を見ただけで軽く吐き気を催すような内容ではあったが、私は怖いもの見たさでページをめくる手を止めることができなかった。


 父親になる2人の血液を混ぜたものと生理食塩水、それぞれを羊の胃袋を干して作った皮袋に入れ、ポンプにつなげる。

 さらに、水温を管理するサーモスタッドと、ヒーター、牛の子宮をチューブで接続、それぞれに目の荒い布をフィルターとしてセット。

 装置内は常に37.4度の液体が循環するようにして、定期的にフィルターの清掃と必要な養分の液体を注入(リキッドフード)、尚、血液は適宜新しいものへの交換が必要。

 この際のリキッドフードは良質なタンパク質として、射精直後の精子か女性の経血が推奨されている。どんな狂人が書いたのか、読みながら頭がクラクラしてくる。


 ここから男性2人の役割分担になる。

 片方の精子をある薬品に浸して擬似の胚細胞、つまり卵子の代わりにするのだという。この薬品は、市販の何種類かの薬品を混ぜ合わせ、煮沸や混合を行う工程が書かれている。イオン吸着剤を使用する方法が取り上げられているが、きちんと読んで本の通りに行えば、難しいが不可能な方法ではなさそうだ。


 その後、通常の精子を受精させる。これで、男性2人のDNAを受け継いだベイビーがこの世に誕生すると、その本には書かれていた。


 ちょうど、友人に子供を欲しがっているゲイのカップルがいたため、この本を贈ってみた。


「ちょっと手間がかかりそうだけど、海外に行ったり、代理母の交渉したり、出産後のトラブルとかなさそうでいいわね」と興味を持ったようだった。


半年後、このカップルに会う機会があったので、人工子宮の話はどうなったか尋ねた。


 「ああ、古い本だったけれど、確かにあの本の通りにやれば、男性2人からベイビーが誕生することは可能そうだったわ」


 「なかなか興味深い内容だったね」


 「でもね、受精させた胎児、結局最後はどちらかの男性の体内に移して、出産をしなくてはいけないって書いてたの」


 「ほう、出産も経験するんだ」

 

「『出産する方は鼻からスイカを出す程の痛みを伴う』って書いてあって、それにね、最後に尿道から裏筋にかけてハサミでバッチンと切らないといけないらしくて……傷口は後で塞がるらしいんだけど、どっちがその役をやるかで大喧嘩したから、実行はしなかったわ。」


 その友人は思い出すのも恐ろしいといった青ざめた表情で言った。


 つくづく世の女性は大変だと思ったのだった。

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男性向け出産本 玉川 駈 @asakawa_p

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