第3話 魔石と魂石

ネッドが店を開いてから三カ月。滑り出しとしては、そこそこ順調と言える結果となっている。それには、とある理由が存在するのだが……。


おっと、早くも客が来たようだ。


「やぁ、いらっしゃい。ライルさん」


つい最近常連客となった冒険者、ライル・ガラウニーが本日一番乗りで顔を出す。


「よぉ、眠そうな顔をしているね。寝坊でもしたのかい?」


ネッドより十歳は上であろう戦士が、他愛もない挨拶をする。


「えぇ、商売を始めたばかりですしね。色々と研究をしていると、どうも夜が遅くなって……」


まぁ研究とは言うものの、実際には魔物うごめく夜の森へ出かけ、自ら機能付加したアイテムを試しているのだが。


「……えぇっと、この間お渡しした鎧はどうでしたか? お気に召して頂けたなら良いのですけど」


心配そうにライルの顔色を伺うネッド。


「いやぁ、それそれ、お気に召したなんてもんじゃないよ。あの、レザーアーマーにストーンゴーレムの特徴を機能付加したヤツ、使ってみてビックリしちまった」


ネッドは満面の笑みで答える常連客の顔に、とりあえず安堵した。そんな店主の心を知ってか知らずか、興奮気味の冒険者は喋りつづける。


「これが魔石ではなく”魂石”の威力ってもんなのかって、パーティーのみんなも仰天してたぜ。俺としては大威張りだったけどな」


おぉ、宣伝してくれたのか! ネッドは千客万来の日々が訪れる事を夢想した。


ライルが称賛する「ストーンゴーレムの特徴を付加したレザーアーマー」を解説するならば次のようになる。


通常、レザーアーマーは安価で軽いという利点があるが、一方で防御力はかなり低い。軽いという特徴を生かしながら防御力を上げるためには、普通、魔石を使った単純な”防御力向上”の機能付加をする事になる。


ただある程度以上の防御力追加は、魔石の値段を考えるとコスパが悪くなってしまうし、効果に限界も出てきてしまう。ところが魔石ではなく、魂石を使えば話は全く変わって来る。


ストーンゴーレムの魂石を使ったレザーアーマーの防御力を鑑定しても、それほど高い数値を示す事はない。しかし実戦では、その数値を遥かに超える働きをするのである。


具体的に示そう。


たとえば棍棒や剣を使って、このレザーアーマーを攻撃したとする。そうすると攻撃が当たった部分だけが瞬時に石化して武器の威力を減衰させる。効果範囲が限定的な代わりに、性能はプレートメール並に上がるのだ。しかもそれがリーズナブルな値段で実現できる。


欠点としては同時に複数の場所を攻撃されると一か所しか石化しないため、他の場所はレザーアーマーの掛け値なしの防御力となるが、実際には全く同じタイミングで攻撃される事は滅多にないので、余程運が悪いか多勢に無勢でない限り問題はない。


「ん~、ただよ。魂石をつかっての機能付加が凄いって事は分かったんだけど、イマイチ魔石と魂石じゃどう違うのかわかんねぇんだよな」


この先の冒険に大きな影響があると判断したライルは、若き店主に両者の違いを尋ねた。


ここでお客にキッチリと理解を得れば、常連として長く通ってもらえるだろうと、ネッドは分かりやすさを心掛け話し始める。


「鎧はもちろんの事、色々なアイテムに機能を付加する時、普通は魔石を使いますよね。ご存じの通り、魔石はモンスターを倒した後、”マテリアライズ”の魔法を使って精製します。


魔石のレベルは精製元のモンスターのレベルに比例しますが、そのモンスターの特性は受け継いでいません。あくまで機能付加する時の原資になるだけです。


だからサラマンダーの魔石を使ったからといって、火属性の機能追加が出来るわけではないんです。サラマンダーだろうがコールドウルフだろうが、そこから精製した魔石と効果に差はありません」


ここら辺はまだ基本。ライルは、やや物足りなさそうに聞いている。


「たとえば鎧にプラス10の耐火性能を付加しようとした場合、必要な魔石レベルの合計は10です。レベル1の魔石が10個でも、レベル5の魔石が二つでも構いません。


それに今説明したように、その魔石がどんなモンスターから精製されたかは関係ないんです。サラマンダーであっても、クローラーであっても、スライムであっても構わない事になります」


余り口がうまいとは言えないネッドが、必死になって説明をする。それがわかっているので、年上の冒険者も不承不承ながら付加職人の口上に耳を傾ける。


「ところが魂石の場合は、様相が全く違うんですね。モンスターから魂石を精製する場合、マテリアライズではなく”スピリチュアライズ”の魔法を使います。


で、魂石の使用法が魔石と決定的に違うのは、魔石の場合、精製元のモンスターの特性は全く関係なくなるのに対して、魂石はその特性を色濃く受け継いでいるんですよ」


「それだと、どういう事になるんだい?」


ようやく自分の知識にはない話が登場し、ライルは身を乗り出した。


「ネガティブな言い方をすれば、サラマンダーの魂石で可能な機能付加は、火に関係するものしか出来ないって事なんです。


ただし限定的な分、そこに関しては魔石よりずっと効率的です」


「効率的って、どのくらい?」


ライルの質問に対し、”ここからが本番”と言わんばかりにネッドは大きく息を吸う。


「さっき、レベル10の耐火機能を付加するには魔石の合計レベルも10必要だって言いましたよね。でも耐火性能に限れば、サラマンダーの魂石の合計レベルは5でいいんです」


「ほう!」


ライルが感嘆してみせた。もっとも半分は、商売熱心な店主への社交辞令である。


「それに、”オマケ”もつくんですね」


ネッドは、ちょっと得意げな表情をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る