第2話 シャミー
若き機能付加職人ネッド・レイザーは、豪華とは言えないベッドで朝を迎えようとしていた。王の親衛隊にいたころ使っていたベッドとは比べ物にならない寝床だが、自分の店を持ったばかりの身としてはしょうがない。
そんな新米店主の寝室に、小さい悪魔が現れる。
「お兄ちゃん! いつまで寝てるのよ。早く起きないと開店時間に間に合わないわよ!」
妹のシャミーが、可愛いながらも甲高い声をあげる。
「う~ん、あと五分、五分寝かせてくれよ……」
布団を頭からかぶり、無駄な抵抗を試みるネッド。
「二十一歳にもなって、なに言ってるのよ、始めたばかりのこんなちっちゃな店、開店時間に閉まってたってだけで、お客さんの信用をなくすんだからね!」
8つ年下の鬼妹が兄の布団に手を掛ける。
「だーっ、寒! 僕に風邪をひかせる気か、シャミー」
風通しが良くなったベッドで、憐れな兄はクルっと丸まり、太ももに両手を挟んでブルブルと震えている。
「風邪をひきたくなかったら、さっさと着替える! 朝ごはんはもう出来てますからね。さっさと食べて店を開けてちょうだい!!」
毛布を床に投げ捨てると、小さな悪魔はとっとと部屋を後にした。
ネッドは大きなあくびをしながら、不承不承ねまきを脱いで部屋着に着替える。ノロノロしているとまたシャミーに怒られるとばかり、まだ幾分朦朧としている脳みそのウォーミングアップをしながら洗面台へ。
あぁ、あいつ、どんどん厳しくなってくるなぁ。ま、昔からそういう感じがないではなかったけど……。
だが彼にもその原因は分かっている。実入りが良く安定していた親衛隊の騎士をやめ、両親の墓のあるこの地で不安定極まりない「機能付加職人」を始めたのだから、気が荒くなるのも無理はない。
居間に入ると、シャミーが用意した朝食がテーブルに並んでいた。お得意の節約術を駆使した涙ぐましい……、いや努力の跡が見える食事である。
「なぁ、蓄えはまだ結構あるんだからさ、もう少し、まぁ何というか、普通のメニューでも良いんじゃないかって思うんだけど……」
慎重に言葉を選ぶネッドに、シャミーの説教が始まる。
「あまーい。この店を開くのにお兄ちゃんの退職金と貯金、半分くらい使っちゃったよね。店が軌道に乗るまでは、いえ軌道に乗っても油断と贅沢は私たちの敵だと思ってちょうだい」
そう言われると、返す言葉もないネッドであった。彼が親衛隊の騎士をやめると妹に打ち明けた時、ひとしきり泣いたり喚いたりはしたものの、最終的には一緒にここへ移ってくれた。それがどれだけ不安だったのかを思えば、朝食くらい我慢すべきだという事をネッドはよく知っている。
「それから、お兄ちゃん。夜中に出かけるのはアンマリ良くないわ。ここんとこ、色々噂が立ってるでしょ?」
リノル苺のジャムを塗ったパンを頬張りながらシャミーが言う。
「あ……、気づいてた? まぁ、そうなんだけどさ。真夜中に町はずれの森にもう何回も行ったけど、特に危ない事なんてなかったよ」
最近、街をにぎわす噂。それはリルゴットの森付近を通る旅人や地元民が、正体不明の何者かに無残に殺されているという事件。単なる野党やモンスターの類ではなく、悪魔の仕業だなんていう輩もいる始末だ。
「それは、運が良かっただけなんじゃないの? 真夜中にリルゴットの森に入るなんて、自殺行為よ」
「ふーん、心配してくれるのかい?」
ネッドはイタズラっぽく聞いてみる。
「そりゃそうよ。だって私が玉の輿に乗るまでは、しっかり養って貰わなくちゃ困りますからね」
ちょっと期待をしたネッドがガックリするのを尻目に、シャミーは自分の食器を台所へ運ぶ。
「でもさぁ、僕としても自分が機能付加した鎧やアイテムがちゃんと機能するか、実地で試してみたいんだよ。売る側の責任っていうの? これって大事だろ」
「そんな事している同業者、他にいないわよ。良心的なのも程々にしないと、かえって商売にはマイナスになるってわかりなさい」
兄に命令口調で説教する妹に苦笑いをしながら、ネッドは残った食事を手早くかっ込んだ。
「さてと、じゃぁ商売、商売!」
ネッドは母屋と渡り廊下でつながった自分の城「機能付加ショップハッピー・アディション」へと入り、開店の準備をする。
店の名前ハッピー・アディションはシャミーが考えたもので、ネッドは今一つ気に入ってはいなかった。本当はもっとシンプルに「ネッドの機能付加ショップ」といった感じにしたかったのだが、妹に光の速さで却下されたのである。
もっともこの名前に珍しさを覚えて来店する客もいるので、今のところ文句を言わずに看板を掲げているが、いつかは思い通りの名前にしたいとネッドは密かに企んでいた。
「さてと」
作業椅子にどっかと腰を下ろし、ネッドは昨晩の事を思い出していた。トロール相手に試したスライムシールドとウインドブーツの改良点を頭に思い描く。
今夜もいっちょ、リルゴットの森へ行きたいなぁ。シャミーは嫌がるけど、やっぱり自分の手で試してみないとモヤモヤっとしたものが残っちゃうよ。今宵はどんなモンスター相手に試してみるかを想像しながら、ネッドは店の扉を開ける。
「ハッピー・アディション。最高の機能追加を当店で!」
手作りの看板が、彼同様、初々しさを醸し出していた。
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