第0章 ずっと未来は見えなくて

第30話 未来すら無く

【リリアン視点】


「リリアン。お前に魔獣討伐を依頼する」


 私が10歳になる頃、父上は私に生きる意味をくれた。


「はい! 任せてください!」


 断る理由なんて無かった。

 私にまだ価値はあると、父上は見出してくれたのだから。

 どうやら最近は魔王軍が活発化しているらしく、その仕業か度々魔獣が湧くらしい。

 そのため『魔力探知』を持つ私に、魔獣討伐を依頼してくれたのだ。

 魔獣が湧く頻度は一ヶ月に一回。多くて三回ほどらしい。

 ただ。不安ではあった。『魔力探知』はまだ未熟だし、能力も同様だ。

 それでも、やるしかなかった。


「……父上! 魔獣の反応を探知しました!」

「そうか……行って来い。魔石は必ず持って帰れ」

「はい! 承知しました!」


 ある日の夜、魔獣の反応を感じた。

 今まで感じたことの無い魔力に不安になりながらも『風纏』でそこへ向かう。

 辿り着いたのは一つの森。近くには小さな町があった。


 ──ガアアアアアア!!


 耳に飛び込む、魔獣の咆哮。

 咆哮を頼りに進めば、一人の少女が襲われているのが目に映った。

 同い年くらいのその子は、尻餅をつきながら、それでも魔獣に魔法を放つ。

 だが、その魔法は魔法としての形すらも作れずに、虚しく消滅した。

 私はすぐさま駆け寄り光属性の中級魔法『フレア』で魔獣の動きを鈍らせる。


「時間稼ぎ、ありがと!」


 私の声には嬉しさが滲み出ていたかもしれない。

 人の命を救えた喜び、父上の役に立てている喜び。


「『アイスランス』!」


 続いて放った氷魔法は、魔獣の胴体を見事に貫く。

 私は安堵の溜息を吐いて、少女に振り返ると、


「これからは気をつけること!」


 こんな夜に森にいたことを、少し注意してやる。

 なのに助けたその子の目は、やけにキラキラしていた。


 ……可愛いな。


 この子みたいな友達がいたらな、と届かない夢を空想する。

 多分この日は、私にとって忘れられない日になるだろう。


 ──急にそんな5年前の夢を見た。


 再び目を瞑ると、今までの人生が走馬灯のように流れた。


            ※


 0歳。私はアレクシス王国の第二王女として、この世に生を享けた。

 当然ほとんどのことは覚えていないけど、父上の、私を抱き上げるあの幸せそうな表情だけは、鮮明とは言わずとも確かに覚えている。


 3歳。記憶があるのはそれくらいからだった。

 当時の私は世話が焼ける王女で、食事は好き嫌いが激しいし、食器はしょっちゅう割るし、遊び相手がいないとすぐに泣き喚いてしまうような、そんな第二王女だった。

 周りは『一体誰に似たんだ』と苦笑していたが、専属メイドのリアだけは文句も言わずに私の面倒を見てくれていた。今思えば、幸せな日々だった。

 ずっとそんな日が続けばよかったのに。


 8歳。私に対して鑑定が行われた。

 一般的に鑑定は、最も能力が成熟した15歳に行われるが、王族は違かった。

 王族の覚醒は一般市民よりも早い。天啓スキルも10歳になれば使えるものとなる。

 私は父上か母上か、どちらの天啓スキルを授かっているのだろう。

 そんなワクワクした気持ちで水晶に触れた──だが。


「──!?」


 その場にいる誰もが息を呑んだ。

 私の天啓スキルは、『魔力探知』だったのだ。

 それは父上も母上も授かっていない天啓スキルである。

 つまり私は、母上の不倫で産まれた、そんな忌み子だったのだ。

 不倫相手はすぐに特定され、すぐに処刑されたらしい。

 だが母上はいなくならなかった。それが少しだけ、不気味だった。

 対する私は、亡き人として扱われ、王国から第二王女という存在が完全に消えた。

 私の人生が終わりに向かっていったのは、確かにこの時からだったと思う。


 ちょうど同時期に専属メイドのリアはいなくなった。

 代わりにやってきたのは、鎧を纏った騎士のソニア。彼女はキツイ性格だった。

 多分、父上に選ばれて私のお世話係になったのだろう。

 新しくなった私の部屋で、ソニアは淡々と告げた。


「リリアン。国王からの命令だ。これからは無断で部屋を出てはならない。民衆の者の目に触れてはならない。以上、二つは絶対に守れ」


 前の私であれば、もう少し敬意を払われていたのだろうけど。

 どうやら今の私に、王族の威厳は全くもって無いらしい。


「分かっていますよ。だけど……私なんて、すぐに処刑されますよ?」

「そうかもな。……言い忘れていたが、自殺も許されないからな?」

「……。あの、ソニア。私はこれからどうなるんですか?」

「私は国王の忠実なるしもべだ。それは答えられない」


 「そう」と、私は俯いた。

 自分の気持ちを言うことはもう、許されなくなっていた。


 9歳。王国内で、勇者を決める大会が行われた。

 活発化している魔王軍に対抗するための、リーダーを決める意図の大会だった。

 優勝したのは、剣の実力も魔法の実力も、全てが伴っている好青年。

 きっと魔王軍も滅亡の道へ向かう。そう思っていたが、彼は姿をくらました。

 今、彼はどうしているのか。当時の私には知る由もなかった。


 10歳。父上に魔獣討伐を依頼された。

 嬉しかった。私が存在していい理由を父上は見つけてくれたのだ。

 またここから、前みたいな明るい毎日が始まると、私は信じていた。

 初めての魔獣討伐で魔石を持ち帰った私は、嬉々としてソニアに話す。


「ソニア。初めての討伐なのに、凄いと思いませんか?」

「それが当たり前だ。魔獣はこれから幾度となく湧くだろう」

「……そうですか」


 ソニアはいつものように素気無かった。

 なんだか私ばかり興奮して馬鹿みたいだ、と少し冷静になる。


「ところでその魔石、一体どうするんですか?」

「私は国王の忠実なるしもべだ。それは答えられない」

「……またそれですか」


 ぼやくとソニアは私を睨みつけた。

 そのまま魔石を持って部屋のドアを開けると、


「私は席を外す。その間に部屋を抜け出したら承知しないからな」

「分かってますよ。いつものことじゃ無いですか」


 11歳。毎月のように私は魔獣討伐をしていた。

 魔獣は姿形を変えることもあるが、いつも大体同じ姿をしている。

 その際気付いたことがあるのだが、私が魔獣討伐に赴いている時間に、どうやら魔王軍が王都に攻め込んでくる時があるということだ。魔王軍に襲来する魔物の中に魔獣が紛れていることから、私はそれに気付くことができた。


「ソニア。なぜ魔王軍は、私が魔獣討伐に赴いた時に攻めてくるのですか?」

「……あぁ。恐らく、リリアンが出た隙を狙っているのだろうな」

「でしたら、なぜ懲りずに魔王軍は王都に攻めてくるのでしょう?」

「魔王軍が知能が低い。そのためだろう」


 ソニアは答えると、魔石を持って部屋を後にした。


 12歳。魔獣討伐は順調だった。

 だが一つ、気になることが増えた。

 私の『魔力探知』が成長したせいかもしれないが、たまに城の地下で巨大な魔力を感じるようになった。それこそ決まって、私が魔獣討伐に赴いた後であった。

 いや。そこに魔石があるから、常に魔力を感じるのかもしれない。

 だがいつも魔石から、それほど魔力は感じない。

 城の地下からは、それとは比にならない、そんな魔力を感じていた。


「ソニア……」

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

「い、いえ。やっぱりなんでも無いです」


 ソニアにそれは聞けなかった。

 少し、嫌な予感がした。


 13歳。私の生活はずっと変わらない。

 魔獣を倒し、魔石を回収する。何も無い日は、部屋に篭る。それの繰り返しだ。

 ただ最近は、少し魔獣の出る頻度が増えた気がする。

 そして、魔獣の発生場所がやたら村や町に近くなった。

 だからといって何も変わらない。

 いつものように『風纏』で目的地に向かう。

 だが──。


「え…………」


 慢心していた。ここまで全て、うまくいっていたから。

 目的地に辿り着けば、そこにあったはずの村は魔獣によって滅ぼされていた。

 辺りに、村人の死体が転がって、家屋はボロボロに壊されて。その奥には魔獣の姿。

 返り血を浴びたそいつは、いつもよりも一層に悍ましく見えた。


「あ……あぁ……」


 私がもう少し早ければ、救われた命があったはずだ。

 私の慢心が、村人たちを殺してしまった。それも同然な気がした。


「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は感情に任せて魔獣に魔法を放った。

 いつもよりも勢いに乗った氷の槍は、奴の顔面を潰した。

 墓を立てる気力も無く、私は魔石のみを回収し、逃げるようにその場を後にした。

 窓から部屋に戻ると、いつものようにソニアが私を迎える。


「戻ったか。さぁ、魔石を渡して貰おうか」

「……私のせいで、村が滅びました」


 ピタ、とソニアは動きを止めた。

 事情を察したのか、ソニアは淡々と答える。


「そうか。だが、魔獣が村の近くに湧いただけのことだろう」

「でも。私がもう少し早ければ、救えてたはずなんです」

「おい──」

「私は、沢山の人の命を──」

「リリアン!」


 ソニアは声を張り上げた。

 そのまま肩を強く掴まれ、私の体は否応無しにびくついた。


「それは魔王軍のせいだ。リリアン、気に病むな」


 見上げたソニアは少し悲しそうな表情をしていた。

 不器用なやり方だが、私を慰めてくれたのだろう。

 最近の彼女はどこか、柔らかい。

 私は思わず頬を緩ませる。


「ソニアは……優しいですね」

「…………」


 ソニアは黙って部屋を出た。


 14歳。今日まで、幾つの村と人々が滅んだだろう。

 私がどれだけ早く駆け付けても、救えない命はどうしても存在した。

 それでも私は、父上のためになっているのならば、と魔獣討伐に尽力した。

 ただ、この魔獣討伐はいつまで続ければ終わりを迎えるのだろう。

 そればかりが気になって、私はとうとう父上から話を伺おうと決めた。

 忌み子の分際で、とは思うが、父上は父上だ。私が懇願すれば話してくれるはず。


「魔獣討伐、感謝する。では、私は席を外すが部屋から出ないようにな」


 今日のソニアは珍しく私服だった。

 彼女は例によって魔石を持って部屋を出る。

 ここから戻ってくるまで、いつも20分ほどを要する。

 その隙を狙い、私は部屋を抜け出した。

 今の私の部屋が位置しているのは、城の三階の端の端。

 だが、国王の──父上の部屋もその近くに位置していた。

 幼い頃に『何かあったら来なさい』と渡された部屋の鍵は、今でも所有している。

 一生使うことは無いと思っていたが、どうやら出番が来るかもしれない。

 現在時刻は深夜の1時。

 時間的にも警備が少なかったので難なくその場所に辿り着く。

 ただ違和感があるのは、父上の部屋の前に、誰も番がいないことだった。

 疑問に思いながらも扉をノックし「リリアンです」と声を飛ばした。

 いくら待っても声が返ってくることは無く、痺れを切らした私は持っていた鍵を使用し「失礼致します」とそのやけに立て付けが悪い扉をギィと開く──が。


「…………?」


 部屋には誰もいなかった。

 窓からの月光が、部屋中に舞った埃を暴いている。

 父上の部屋は掃除が行き届いていないどころか、しばらく使われていないようだった。

 もしかしたら部屋を移動したのかもしれない。確かにここ数年、城で何をやっているか、なんてろくに気にしたことも無かったし、耳に入ることも当然無かった。

 部屋は恐らく、ほとんど当時の状態を維持していた。

 私は手がかりは無いかと机を漁る。

 やがて出てきたのは一つの書記。中を覗けば、それは日記だった。

 初めに書かれたのはどうやら18年も前のことらしい。

 若干の罪悪感を抱えながらも、一つ一つに目を通してみる。

『アイツから依頼された人間兵器の完成が、ようやく見えてきた』

 初めに書かれたそれだけを読んで、私は訳が分からなくなった。

 人間兵器の完成?

『なるべく優秀な適正・蓄積量を持つ男女の遺伝子を二つ。天啓スキルは一人が『魔力操作』もう一人が『魔力付与』これだけの能力であればどちらに転んでも十分であろう。あとは材料各種、体に埋め込むため用意して魔王に用意して貰った魔石を一つ』

 魔王に用意して貰った?

 目を擦る。書いていることは変わっていない。

 魔王……と、確かにその二文字が周りに溶け込むように書かれている。

 どういうことだ? 魔王との癒着? 父上が?

『人間兵器が初めて形になった。だが、訳が分からない。魔力適正が全てFで、魔力蓄積量が全てSだと? 鑑定ミスを何度も疑った。私の努力は、一体なんだったと言うのだろう』

『失敗の恩恵か。失敗作から二つの天啓スキルが発覚した。これは良い材料になる』

 これが、15年前。まさか、私が生まれたそんな時から。

『どこだ? 失敗作はどこへ逃げた? 赤子の体であれば遠くまで逃げられないだろうが』

『どうやら部下により逃されていたらしい。情が湧いたか? クソが』

『世界征服の実現まで、あと少しのところだったのに』

 世界征服? そんなことを?

『根本からやり方を変えなければならない。前回の方法で人間を作ればまた失敗するだろう。ただ、今は今で幸せな日々である。もう少しだけ、今の幸せを噛み締めよう』

 ページを捲る。捲る。捲る。捲る。

『不倫。やはり許せない。人間兵器を作る目的が、一つ増えた。アイツは私が殺す。世界を滅ぼすその瞬間、絶望したアイツを私がこの手で殺すのだ』

『「どのような方法でもいい。あらゆる人間に対抗できる、最強の人間を作れ」魔王が言ったその言葉。ようやく達成できそうだ。世界征服までは目前である』

『人間兵器の作成は、魔力を使うやり方に変更。しかしこの魔力は、想像以上のものだ。これでは『魔力探知』を持つアイツに勘付かれるかもしれない。処分の時はまだ早い。次の材料はアイツにするのだから。そうだ、作業をする際、アイツを城から追い出す方法を模索しよう。同時に大量の魔力を生み出す方法も考えなければ。何か良い方法は無いだろうか』


 日記はこれ以上、書かれていなかった。

 書かれていたとしても、これ以上先は読めなかった。

 吐き気がした。そして私は、全てを悟った。

 父上が私を魔獣討伐に行かせていたのは、ただの時間稼ぎなのだと。


「…………」


 そして魔王との癒着。

 嘘だと信じたいが、どうもしっくりくる。

 私が魔獣討伐に赴く時、決まって魔王軍が城を攻めてくる。

 城の地下でやっていることを悟られないための魔力のカモフラージュなのだろう。

 そして私が倒す魔獣は、父上か魔王軍の誰かが意図的に生み出した魔物。

 魔石は人間兵器とやらの材料に使われている。

 ──なら。


「…………」


 なら。今まで、私がやってきていたことは?


 魔獣討伐は、国のため、父上のためにやってきた。

 魔王軍に少しでも対抗できているなら、とそう思っていた。

 だけど、私がいたから、村や人々は滅ぼされてしまった?

 私が生まれてしまったから、こんなにも人が亡くなってしまった?


 脳内は完全な混乱状態だった。

 部屋に戻るまでろくに思考は回らなかった。

 自室の部屋を開ければ、ソニアがこめかみに皺を寄せ、仁王立ちをしていた。

 この人もきっと、私の敵で、国の敵なのだろう。

 そう思うと、私は何か。全てがどうでもよくなった。

 彼女が口を開く前に、私は自制心を捨てる。


「ソニア。魔石はいつも父上の元へ運んでいるのですか?」


 ソニアはピクリと眉をひそめる。

 私は止まらなかった。


「魔獣討伐は、ただの時間稼ぎなんですか? 私がいるから、たくさんの人々が死んだんじゃないんですか? ソニアはそんな平気な顔して私に魔獣討伐をさせてたんですか?」

「…………どこで、何を見てきた?」

「父上の部屋で、彼の全貌をです」


 こんなに口を動かしたのは久しぶりだった。

 ソニアには酷い罵声を浴びせられそうだが、今は関係ない。


「……そうか。見たのか」


 そう思っていたのだが、彼女は酷く悲しそうに小さく口を動かした。

 拍子抜けだ。私は内なる心情を、さらに吐き続ける。


「人間兵器とやらを作っているんですってね?」

「………………」

「ソニアは、そんな訳の分からないことに加担しているんですか? 前に魔獣討伐で絶望した私に言ってくれた慰めの言葉は、打算的な言葉だったのですよね?」

「ち、ちがっ──」

「違う? それも打算でしょう!?」

「おい、落ち着け──」

「本当になんで!? どうして、父上はそんなことをしているの!? 腫れ物の私はどう扱われたっていい。けど、なんでそんな沢山の人まで巻き込んでしまうの!? なら私が代わりに死ぬよ! ソニアだって私の監視は面倒臭いでしょう!? なら、私を殺してよ! ソニア!!」


 私は両膝をついて泣き崩れた。

 言ってることが支離滅裂なのは分かっている。私は意図して生かされているのだから。

 でも、この世界からいなくなれたら、どれほど楽になれるのだろう。

 そう思わずにはいられなかった。


「うっ──うぅ……」


 いつか、私は報われる。

 そのために、私はここまできた。

 だけど誰も『いつか』がいつなのか教えてくれなくて。

 ずっと頑張ってきたのに、結局、その日は来ないことを知ってしまった。


「……リリアン」


 私が生きているからこそ、失われる命がある。

 なら。私が生きる意味は皆無だった。

 自分の気持ちをここまで吐き出したのは、久しかった。


「なぁ。知っているか?」


 不意の問いに、掠れた声で「なにを」と零す。

 ソニアはごくりと喉を鳴らすと、意を決したかのように声を出した。


「私は魔王軍から配属された、国王の野望の一端を担う存在だ」


 …………やはり。


「私が国王から任されたのは、リリアンが国王の邪魔にならないようにするということ。そして、リリアンが自ら命を絶たぬよう、心のケアだった」


 ソニアは息を吸う。


「だが。どうやら私は、相当リリアンに無理をさせていたみたいだな」

「…………えぇ、そうですよ」

「すまなかった。本当に」


 私の声は、私の耳に届くかも怪しいほどの声量だった。

 ソニアは、今更私に同情してくれているのだろうか。

 だけどそれも打算な気がしてならなかった。


「何が、言いたいんですか?」

「闇堕ちした身分とはいえ、私は人間だ。心は既にどこかへ捨ててきたはずだと思っていた。だが、心はまだ生きていた。つまるところリリアン、貴方に情が芽生えてしまっていたんだ」


 彼女の声は震えていた。


「……だから、何が言いたいんですか? 今更何を言ったって遅いです」


 ここで、それこそ情に絆されてはいけない気がした。

 ソニアは魔王軍の一味で、国の敵なのだ。

 なのに。胸が痛い。


「最初のうちはよかった。淡々とした素の自分を出すだけで、貴方が何を言おうと自らに従うだけだった。だがある日、私は貴方に『申し訳ない』という感情を抱いてしまった」


 彼女の息遣いは少し荒い。


「その時、自分の中の何かが壊れた。それが二年前だった。それから、貴方を叱ること然り、隠し事をすること然り、慰めの言葉をかけること然り、全てに感情が動くようになった」


 上擦る声。顔を上げれば、彼女の頬には涙が伝っていた。


「私だって、苦しかった」


 鎧を纏っていない今の彼女は、とても弱々しく見えた。

 彼女は決して、そんな涙を演技で流しているようには思えなかった。


「今の今になってこのようなこと、計算ずくの発言だと思われて仕方が無い。貴方の苦しさに比べれば、大したことのないものだと思う。ただ……私たちの隠し事が明かされた以上、全て隠し事は吐いてしまいたかった。……一人間の私に、世界征服の一端を担うなぞ、到底不可能なことだった」


 ソニアは深く息を吸った。

 そして心底申し訳なさそうな顔をする。


「許しを乞うつもりは無い。だが……一つ、身勝手なことを言ってもいいだろうか?」


 私が小さく頷くと、ソニアは片膝をついて目線を下げた。


「これからは、貴方に仕えさえては頂け無いだろうか」


 その振る舞いはいかにも騎士らしかった。


「罪を、贖わせて欲しい」


 頭は上げなかった。

 代わりに涙がポロポロと落ちているのが目に見える。

 私は腕で自身の目元を拭うと、彼女に歩み寄った。


「ソニアは。ずっと身勝手ですよ。私……もう、死ねないじゃないですか」


 彼女の発言がどこまで本当かは分からない。

 全て嘘かもしれないし、本当かもしれない。


「私は本当は死にたかった。生きがいの全てが消滅したから。……だからソニア。あなたが私の生きがいになってください。私が材料にされるその時まで」

「……はい」


 だから。もう少しだけ様子を見てみよう。

 ボロが出たのその日に、私は今度こそ死を決断するから。


「ねぇソニア。私はいつ、材料にされてしまうの? 国王はいつ、世界征服をするの?」


 その質問に、彼女は声を出して泣き始めた。

 肩膝立ちも耐えられなかったのか、そのまま床に崩れた。

 彼女は体すらも小刻みに震わせ「私は、国王の──」と弱々しく声をあげる。

 きっと、答えられない、ということを言いたかったのだろう。

 二の句を継げないソニアを、私は近付いてゆっくりと抱擁した。

 ソニアは「ごめんなさい」と、私の胸の中で泣いていた。


「大丈夫だよ、ソニア。私は、大丈夫だから」

「……リリアン様。どうか、お許しください」

「リリアン、って呼んでください。これまで通り、ソニア」

「いえ、リリアン様。今まで申し訳ありませんでした──」


 ソニアはまるで子供のように、しばらく泣き喚いた。

 彼女の背中を撫でる。思った以上に柔らかくて、その感触になぜか胸が痛んだ。

 私はきっと、これで大丈夫。この選択で大丈夫。

 私がここで材料にされれば、きっと初めて報われるはずなのだから。


 もうすぐ15歳だった。

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強くてカワイイが最強です! 〜魔法適正Fランクの落ちこぼれ魔法使い、Sランクの魔力蓄積量で最強になる。ほら私、強くてカワイイよね!〜 沢谷 暖日 @atataka

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