第28話 忌み子

 時刻は17時半。

 宿の入り口で、身なりをそこそこに整えたドロシーが言う。


「じゃあ祝勝会、行ってくるね」

「うん。お守りは持った?」

「ちゃんと持ったよ、この布袋ね」


 ドロシーはポケットから小さな布袋を取り出しなら言う。

 中にあるのは光属性の魔法石。昨日のドラゴスネーク戦の時に用意したものだ。

 城内で何が起こるか分からないため、お守りと称してドロシーに渡したのである。


「無事に帰ってきてね」

「大丈夫だよ! なんかさっきからクロエ、お母さんみたい」

「本当に心配してるの。……えとそれで、覚えてる? 祝勝会後のこと」

「うん。王都から抜け出すんだよね。出来るだけすぐ帰るよ」


 頷くと、ドロシーは「それじゃあ」と城に向かっていった。


「…………」


 そう。私たちは女騎士の『逃げろ』という指示通り、今夜王都を抜け出すことに決めた。

 リリアンの件といい心残りはあったが、リリアンからの伝言であればそれは従うべきだろう。

 ただ。リリアンへ抱えるもやもやは治らない。だって彼女は、死んでしまうかもしれないのだ。

 そんなこと、あり得ない。最初はそう思っていた。だけど、あの王子の反応は流石に不可解すぎる。

 私はこの国のことを少しでも知るために、そのまま街へと繰り出した。

 向かうのは図書館。調べるのは、この国の歴史について。第二王女について。

 リリアンのことを詳しく知る手がかりがあるかもしれないからだ。


「…………」


 しかし、この辺りの街の状態は悲惨なものになっていた。

 宿に被害がなかったのは幸いだが、街の復興には時間を要しそうだった。


「……ここかな?」


 五分程度歩けば、目的地へと辿り着いていた。

 その図書館は木造建築の立派な外観で、どうやら今回の被害は受けていないらしい。

 中に入れば古紙の匂いが鼻を突っつく。あの騒動後だから人はあまり見当たらなかった。

 私はすぐさま設置された本棚の一つ一つに目を通し、国の歴史書探しを開始する。

 やがて、それらしい本の題名が目に飛び込んだ。

『アレクシス王国の歴史』

 これで間違いないだろう。

 早速本を抜き出し、近くの椅子に腰をかけページを捲る。

 題名通り、アレクシス王国がこれまで辿ってきた道筋が綴られていた。

 リリアンの名前を探す──が、彼女の名前は中々出てこない。

 それどころか歴代の王族が載っているページを開いてみても──。


『国王 ゲルト・フォン=アレクシス』

『王妃 クレナ・フォン=アレクシス』

『第一王子 セレン・フォン=アレクシス』

『第一王女 サラス・フォン=アレクシス』


 そこに本来あるべきはずの、リリアンの名は存在しなかった。

 印刷ミスか? と、私は本を閉じ、他の文献を次から次へと引っ張り出す、が。

 どの本にもリリアンの名前は記されていない。


「……?」


 どうして?

 まさかリリアンは王族ではない?

 いや、そんなわけがない。

 城内には彼女の部屋があったし、それに特徴的なあの金髪は間違いない。

 ならばどうして、名前が無い?


「…………」


 私は、その謎を宿へと持ち帰った。

 ベッドに腰を下ろし、これまで得た情報を整理する。

 まずだ。リリアンに城内で会った時のことを思い返そう。

 あの日、私とドロシーは魔獣から助けて貰い、城内のベッドで寝かせて貰った。

 そこにあの女騎士が訪れて、リリアンの元へと案内してくれた。

 あれは間違いなくリリアンの部屋のはず──だが、質素すぎた気もする。

 思えば、リリアンの部屋近くに護衛はいなかった。

 確かにそれは、違和感がある。

 あの時の私もそう感じていたはずだ。


 妙に心臓の動きが速くなる。


 リリアンはあの部屋で、魔獣についてを詳しく聞かせてくれた。

 彼女は天啓スキルの『魔力探知』で魔獣の発生を嗅ぎつけ、討伐をしていること。

 そして彼女は、魔獣から発生する魔石を回収することを生業としていること。

 そこでドロシーは『第二王女にそこまでさせるのか』と問いを投げた。

 リリアンはその問いに対し『王族だから魔法の適性が高いから』と答えた。

 加えて、もう一つ。自分以外に『魔力探知』を授かる者がいないと──。


「────」


 ハッとした。

 リリアンの天啓スキルは『魔力探知』。

 だけど、父母共に『魔力探知』の天啓スキルは授かっていない。


「これ…………」


 あらゆる点が繋がってゆく。

 リリアンの部屋がやけに質素だったこと。

 彼女の護衛が一人だけしかいないこと。

 王族なのにも関わらず魔獣討伐を生業としていること。

 王族なのにも関わらず自身の死期を悟っていること。

 『第二王女』の存在を外の人には話さないでと念を押されたこと。

 考えてみれば、簡単な話だったのかもしれない。


「…………」


 ここからは憶測の話になる。

 リリアンの、本当の父親はこの国の王様ではない。

 具体的に言えば、天啓スキル『魔力探知』を授かる別の男性なのだ。

 つまりリリアンは、第二王女として生まれた王族であり、だが同時に、王族として受け入れられなかった忌み子。

 そんな存在であるため、王国の歴史書から存在を消された。

 今現在は、その高い魔法適正と天啓スキルを良いように扱われている。

 だから二日前に彼女が『もうすぐ死んでしまう』と言ったのは──。

 もしかすると、秘密裏に処刑をされてしまうのかもしれない。

 真実は分からない。が、合点はいく。


「……どう、しよう」


 と言ったって、私には何もできない。

 城の中には簡単には入れないし、今の城内は祝勝会中だ。

 ただ『逃げろ』と言われてしまった以上、それに従うべきだろうとも思う。

 だけどもし、リリアンに死が迫っているのなら、助けたい。

 ならば、どうやって? それが何も思いつかない。

 脳が熱を帯びる。これ以上、考えると爆発してしまいそうだった。

 と、その時──。


 ──コンコンコン。


 部屋の扉が何者かにノックされた。

 時計を見れば、まだ18時半。ドロシーにしてはやけに早く感じる。

 他に私の部屋を知る者といえば、宿主か──それとも、リリアンだろうか?

 私は少しの希望を抱きながら「開けます」とドアを開く。

 だが。


「え──」


 目に飛び込むのは二人の騎士。

 その一人の手が私に伸びて、声を漏らした時にはもう遅かった。

 雷魔法を使われたか、私の全身にびりびりとした激しい痛みが走る。

 声すら出せず、力が抜けた私の身体は床に投げ出された。


「どうしてこんな女を?」

「王子様の頼みだ。致し方あるまい」


 ぼんやりと、そんな会話が聞こえた。

 その意味を理解する前に、私の意識は遠のいてプツンと消えた。

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