第27話 逃げろ
前線を、王子率いる騎士団がゆく。
街にいた魔物を押し返し、戦況は一気に有利になった。
ただ街の外には未だ多くの魔物が蔓延っている。
そんな魔物の群れを蹴散らす王子の背中を、私たちは追いかけていた。
振るった魔法剣で灰になるゴブリンの群れ。真っ二つにされる飛龍。
その圧倒的な強さに、目が釘付けになり、息をつく暇も無い。
このまま終わってくれればいいけど……なんて思うが、しかしそうにもいかないらしく。
「──ヘルハウンドだ!」
王子が上げた声に、周りの冒険者がどよめいた。
ヘルハウンド──それは、非常に獰猛な四足歩行の狼。尚且つ俊敏な動きで、一度遭遇してしまえば腕利きの冒険者でも対処することは困難であると、学園で習ったことがある。
そんな魔物が、群を成してこちらへ急接近してくるのが見えた。
中でも群の先頭を率いるヘルハウンドが、圧倒的な速度で向かってきている。
皆が固唾を飲んで動向を伺う中、最初に辿り着いたその一匹に王子は斬撃を放つ。
「はぁっ──!」
が。ヘルハウンドは王子の斬撃を華麗にかわした。
皆がその事実を飲み込むよりも早く、そいつは騎士の一人に噛み付く。
「がっ──!」
騎士の首元から鮮血が噴き出した。
────。
一拍の沈黙を経て、誰かが悲鳴を上げる。
どよめきは段階を飛ばして阿鼻叫喚へと変貌した。
当のヘルハウンドはすぐに処理をされたが、騎士は苦しそうにもがいている。
だが、そんなことを気にしている場合でもなさそうな状況だった。
次のヘルハウンドは、群れをなしてそこにいる。
王子の斬撃は確かに魔物を薙ぎ払う。が避けられるのまた確かで──。
「クロエ」
ドロシーに名を呼ばれたかと思えば、ひったくるように右手を取った。
その意図を察した私は早急に右手に氷の魔力を注ぐ。
「ありがとう」とドロシーは言うと、自身の右手を前方に向けた。
途端に射出されるは氷の槍。それは迫り来るヘルハウンドの一匹を貫く。
周りのヘルハウンドの唐突に放たれたその魔法に、少し動揺した様子を見せた。
王子はそれを見逃さないといった風に、すかさず魔法剣を振るう。
「はっ──!」
命中。光の斬撃は群れの多くを飲み込む。
そして王子はこちらを振り返った。
「助かるよ!」
言うと、再び魔法剣を振るう。
ドロシーに続くように周りの冒険者が加勢した。
仲間の介護に追われていた騎士も、ヘルハウンドに立ち向かう。
戦況は再び、こちら側に傾いた。
※
約一時間後。
視界には鮮烈な光景があった。
地面に転がる魔物の死骸。
そして魔獣がいたことを匂わせる大量の魔石。
残された魔物は、空を飛ぶ三匹のワイバーンで──。
「ギャアアアアアア!!」
それを当然のように王子が纏めて薙ぎ払う。
地面に落とされたワイバーンはピクリとも動かずに即死。
王子はそのワイバーンの一匹に片足を乗せると、
「我々の勝利だ!」
空に剣を掲げ、高らかに告げた。
「「「うおおおおおおおお!!」」」
王子に付随して、周りの者が歓喜の声を上げる。
「よかったぁ」とドロシーもホッとしたように息を吐いた。
「そうだね」
魔王軍を撃退できたのは喜ばしいことなのに、私の声のトーンは低かった。
その理由は簡単に分かる。
だって、魔力を注ぐ以外になにもできなかったから。
またドロシー頼みになってしまったからだ。
私の弱さをまた、痛感してしまった。
「ドロシーはやっぱり凄いよね。あの状況で動けるんだから」
「あの状況? ってあぁ、ヘルハウンドの?」
「うん。ドロシーがいなければ、もしかしたら犠牲者はもっと出ていたかも。他の人は冷静になれていない感じだったからさ。……私も含めて、だけど」
苦笑する。
そんな私にドロシーはううんと首を横に振ると、右手を両の手で包み込んで「クロエがいたから、だよ」と柔和に笑った。
「……優しいね」
「本心!」
「それでも優しいの」
「うーん、ありがと!」
ドロシーは照れ臭げに手を離す。
と、何かに気付いたように、まじまじと私の顔を見つめてきた。
「えっ? なにかついてる?」
問うと「いーや」と、少し意地悪に笑って、私のほっぺを軽く突っついた。
「ちょっと化粧が崩れてる」
「えぇ……やだぁ」
「やっぱり可愛い」
「……もう。早く帰ろ」
私は顔を熱くしながら、周りを見回す。
冒険者たちは未だ勝利の余韻に浸っているようだった。
少し帰りづらい雰囲気だが、まぁこそこそと帰ろう。
と思ったのだが、ちょうどその時、背後から声がかけられた。
「君、少しいいかな」
凜とした声に、もしや、と思い振り返る。
目に飛び込むのは、金髪の好青年。彼は、王子だった。
そしてどうやら、声をかけられたのはドロシーの方らしい。
驚いた顔をするドロシーは、そのまま恐る恐ると王子に問いかけた。
「私……ですか?」
「あぁ、君の氷魔法には助けられたからね。聞くところによれば、王都内に魔物が攻め込んできた時も、君の氷魔法が活躍したそうじゃないか」
困惑するドロシーに王子は続ける。
「それで本題なのだが、僕は今、この戦いで優秀な戦果を挙げた者に話して回っていてね。それで今夜、城内で祝勝会をしようと思っているのだが、どうだろう?」
確かにドロシーの魔法は多くの冒険者のサポートをしていた。
なるほど。王子はしっかりとドロシーの活躍を見ていたらしい。
けれど当のドロシーの反応はいまいち芳しくない。
「あ、ありがとうございます。……ですが、私が戦えたのは、隣のクロエさんが魔力を注いでくれたからで……私はなにもしていないですよ」
「ほう、やはりそうか。では君は『魔力操作』ができるのかい?」
王子は今度は私を向いた。
その眩しい爽やかな笑顔は、眩しすぎて少し気味が悪い。
「は、はい」
ただ『やはり』って。私の
ドロシーが無尽蔵に魔法を放っていたことから察したのだろうか。
「ふむ。では君の魔力蓄積量は? 相当な量を蓄積しているのではないか?」
「えっと、全属性Sランクです」
急な問いかけに戸惑いつつも答える。
と、王子は嬉々とした反応を見せた。
「おぉ! それは凄い! では、魔法適正の方も伺ってもいいかな?」
「……全属性、Fランクです」
渋りながらもその事実を伝える。
どうせ落胆されるのだろうな、と思ったのだが、王子の反応は劇的なものだった。
「そうかそうか! なるほど! ありがとう! よもや君みたいな人と出会えるとは!」
「私みたいな人、ですか?」
「あぁ、君みたいな素晴らしい人材さ。君と出会えて、僕は嬉しいよ」
「はぁ……そうですか」
褒めてくれてる、のかもしれないが、しかしどうにも胡散臭い。
自身の株を上げるためのお世辞?
なんにせよ、あまり良い気分はしなかった。
王子はそんな私の内心も知らず、笑顔のままドロシーに向き直る。
「では彼女。今夜は祝勝会に是非! ドレスコードは気にしないでいい」
「あっ……っと。……はい。承知いたしました」
「それでは十八時に城門前に」
王子は満足げに頷くと、他の冒険者の元へと歩みを進めた。
途端にドロシーは憂鬱そうに、はぁと大きな溜息を吐く。
「断ろうと思ったのにな……」
「ドロシーはそういうの苦手なの?」
「うん。せめてクロエが一緒ならよかったのに。なんで私だけなんだろ」
「んー、私は結局魔力を注いだだけだからね。活躍したのはドロシーなんだから!」
「そっかぁ……嬉しいけど。……はぁ、行きたくない」
ドロシーはあからさまに肩を落とした。
私的には祝勝会に招待される、だなんて凄いことだと思うけどな。
だってそれは、第三者が自身の強さを認めてくれた、ってことなんだから。
羨ましい。そして少しだけ嫉妬する。王子の様な人に、認めて貰えたんだから。
「まぁ、美味しい料理を楽しみに行こうかな!」
ドロシーは子供っぽく笑う。
確かに王城の料理なんて、きっと美味しいものばかりに違いない。
え、途端にめちゃくちゃ羨ましく思えてきた。
閑話休題。
つまり今日の夜は、私一人か。
ドロシーはお城に行く、ってことはつまりリリアンに会う?
いや、どうだろう? 思えばリリアンは今、どうしているのだろう?
あぁダメだ。一度考え出すと、リリアンのことばかりが頭を巡る。
そして想起されるはリリアンが一昨日に言った『死んでしまう』という言葉。
魔獣に殺されるから、とは言っていたが恐らくそれは違う。
だが、彼女は王族だ。そんな簡単に命を失っていい訳がない。
けど──。
「ドロシーごめん、ちょっと行ってくる」
不安に駆られてか、私は王子の元へ向かっていた。
リリアンの兄であれば、彼女の現在が分かるかもしれないと踏んだのだ。
王子はちょうど冒険者の一人と話を終えた後のようだった。
「あの!」
王子は振り返ると「あぁ、先の」と、柔らかい笑みを浮かべる。
「どうかしたか?」
「えと、あなたは国の第一王子様であらせられるのですよね?」
「あぁ、そうだが」
「でしたら第二王女様は今、どうされているか分かりますか?」
問いを投げた刹那、王子のこめかみがピクリと反応した。
かと思えば、すん、と彼の顔から笑顔が消える。
その王子の様子は、今のが踏み込んだ質問だったのだと私に思い知らせるには十分なものだった。
私のような一般人が王族内部のことを知ろうとするのは、不審だったのかもしれない。
急速に心臓の動きが速度を増す中、王子はおもむろに口を開いた。
「第一王女、と君はそう言ったのだろう?」
私の目を、王子の鋭い眼光が突き刺す。
まるで勘繰りを入れるかのように。
「えっと……」
私は第一王女とは言っていない。
その質問には、何か違和感があった。
「そ、そうです。すみません、曖昧な言い方をしてしまいました」
けれど私はそう答えた。
ここで『違う』と答えるのは、何かまずい気がしたから。
何がまずいのか、それは分からない。ただ本能がそう告げていた。
王子は訝しげに私の目を数秒見つめた後「なるほど」と息をついた。
「第一王女──サラスなら今は城にいる。が、まぁなにをしているかまでは分からない。戦いを良しとしない性格であるから、部屋にこもっていそうでもあるな」
王子は快活に笑う。
先のどこか恐ろしい空気は、既に消えていた。
「要件はそれだけか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
王子は振り返ると、足早にその場を去った。
「…………」
何がなんだかという感じで、立ち惚ける。
第二王女はダメで、けど、第一王女なら良い。
そこに、一体どのような差があるというのだろう。
ひとまずドロシーにも話してみよう、と踵を返し──。
「──?」
だがその時、視界の端の方から視線を感じた。
その方へ焦点を当てれば、遠くにいる女騎士と目が合う。
彼女はどこか憂いを帯びた雰囲気で、確かに私のことをジッと見つめていた。
同時に覚える既視感に記憶を手繰ってみる、とすぐに彼女の存在を思い出す。
記憶が正しければ、彼女はリリアンに仕えていた女騎士だった。
「…………」
どうしたのだろう。
そう思った矢先、女騎士は口を動かした。
声は出さずに、同じ動作を何度も繰り返す。
何かを言っていた。だが何も分からない。
それでも彼女は、何かを必死に。しかしそれを表情には出さず伝えようとしている。
い。え。ろ。
拾い上げた言葉の断片。
しかし違うな。と、その口元を凝視し、一文字ずつを読み取る。
ぼんやりとしていたものは、段々と輪郭を現してきた。
「…………?」
ニ。
ゲ。
ロ。
「え……?」
逃げろ?
「…………」
私が読み取ったと確信したのか、女騎士は既にその場所にはいなかった。
……逃げろ。って、リリアンも同じことを言っていたはずだ。
昨日の夜、部屋に来たかと思えば『王都にいたらダメ。早く逃げて』と。
そしてそれは、今回の魔王軍襲来があるから、それを予期した発言なのだと思っていた。だがこの国は魔王軍に勝利した。だからもう、逃げる必要性は感じられない。
だが今、リリアンの護衛をしていた騎士がそう伝えてきた。
だからこれは恐らく、リリアンからの伝言なのかもしれない。
つまり、他に何かが起きようとしている?
二度目の魔王軍の襲来──はあまり考えられない。
今回の襲撃で魔王軍は数を多く減らしただろう。
だから他の可能性、例えば──なにがある?
何も考えが及ばない。
それ以上にリリアンだ。
リリアンは今、どうしている?
どうして王子はあんな反応を見せた?
それは──リリアンが本当に死んでしまうから?
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