第26話 第一王子、セレン・フォン=アレクシス

 南門近くに駆け付ける──と、思わぬ光景が飛び込んだ。

 防壁がボロボロに崩され、街に乗り込む多数の魔物。

 加えて奥の空からは、ワイバーンが向かってきている。

 それに対し絶望する者、立ち向かう者、多種多様な叫び声を上げていた。

 だが、戦える冒険者が現れ始めたらしく、先と比べて戦う人は多い。

 そんな中、ドロシーは右手に視線を落としてポツリ、


「しばらく魔力は回復しそうにないな……」

「使ったばかりだもんね……」


 見る限りの冒険者の戦闘の形態といえば。

 近接職が戦い、魔法使い職が隙を突いて攻撃をする、といった形態だった。

 だから魔法を使える私たちは、援護が主となる場面だろう。

 けれど私が魔法を放てば、それは明後日の方へと向かっていく。

 今、私にできるのは、ドロシーの魔法の援護だ。


「ドロシー。私と手を繋いでくれる?」

「え? き、急だね? いやもちろんいいよ? けど、こんな状況で……」

「今だからこそ、だよ。……あ、ドロシーは本当によかった?」

「えぇ……! まぁ、しょうがないな。いいよ」


 と。差し出された左手を、私は迷いなく掴み取る。


「よし。じゃあ魔力を注ぐね。もう少し近付いた方がいいかな?」

「…………え? ……あ、そういう。魔法ね、そりゃ魔法だ」


 なぜか肩を落とした様子で、何回か頷くドロシー。

 どうしたのだろう、と思う私に彼女は、


「ここからでも、当たるよ」


 と。右の手を、混戦する前方へと向けた。

 そこには一際大きなオークに挑む戦士がいる。

 隙を見て魔法が放たれていたが、どうやらあまり効いていない様子だった。

 ドロシーは狙いを定めるように、その場所を見つめると──。


「『アイスランス』」


 氷の槍を放った。

 オークの頭を目がけて飛んだそれは、問答無用で脳天をかち割る。

 当然のように絶命するオークに、そこにいた冒険者は一斉にこちらを振り返りった。


「助かった! また頼む!」


 剣士の言葉に、ドロシーは照れ臭げに頭を下げた。

 やっぱりドロシーは強い。距離はかなりあるのに、悠々と命中させる。

 私も負けてられない──けど、今は……。


「クロエ、魔力お願いできる?」

「あ、うん!」


 ドロシーの呼びかけに魔力を注ぐ。

 そして間髪入れずに次のターゲットに魔法を放った。

 また次。次、次と、ドロシーはとめどなく魔法を放っては魔物を倒してゆく。

 可愛いドロシーの真剣な横顔を見ながら、羨ましいなと思った。

 が、そんな悠長なことも考えている場合でもないようで──。


「おい! やべーぞ、これ!」


 誰かが言った。

 ついにワイバーンが乗り込んできていた。

 しかも一体や二体じゃない。すぐに後ろには十体以上のワイバーンがいる。


「…………」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 魔法が次々に放たれるが、落とせる様子は無い。

 ドロシーが放った魔法もあっさりと弾かれてしまう。

 口から吐かれた炎が、街を焼き払い、冒険者までもそれに巻き込まれていた。

 治癒職が駆け寄っていたが、このままじゃ防戦一方どころか、全滅も見えてきている。

 どうする? さっきのように私がドロシーの力を借りて倒す?

 けど。それだと他の冒険者の魔法が私に当たりかねない。

 他に強力な魔法を放てる魔法使いはいないのか?

 しかし、その時だった。


「セレン様だ! セレン様がきたぞ!」


 後方から耳をつん裂くような声が聞こえた。

 皆その場に振り返り、ぞろぞろと現れた人影を見やる。

 分厚い甲冑を身に纏った集団だ。恐らく、王国の騎士団とやらだろう。

 その先頭を金髪の好青年が率いている。


「第1王子様だ……」


 ドロシーがポツリと呟く。

 なるほど。つまりリリアンの兄という訳だ。

 言われてみると確かに面影があるかもしれない。

 ただ、なんとなく王子の方が、髪の金色が濃く見えた。


「強い人なの?」

「うん、私も話にしか聞いたことがないけどね。強いらしい」


 なんて話していると、王子はワイバーンに火属性の魔法を放っていた。

 初級魔法の『ファイヤボール』と思われる魔法は、対象に命中し弾ける。

 しかし倒せるところまでは至っていない。だが王子は余裕そうだった。

 向けた手を下げると、王子は周りの冒険者に向け、声高々に言い放つ。


「みんな、ここまで耐えてくれてありがとう! 後は僕に任せてくれ!」


 王子は腰に携えた剣を抜いた。

 しかもただの剣じゃない。魔法剣だ。

 魔力を宿したその剣は、普通の剣とは別格に強い。

 ただし扱うのは相当難しく、剣の技術と魔法の技術の両方が求められた。


「はぁ──っ!」


 だが流石は王族。

 振りかざされた剣先から飛び出すのは、輝く斬撃。

 それはワイバーンを真っ二つに切り裂く。


「「「おぉ──!」」」


 冒険者から歓声が湧き上がる。


「さぁ反撃だ!」


 王子の呼びかけに、冒険者の士気が高まるのを感じた。

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