第25話 ワイバーン討伐

 王都内は、阿鼻叫喚としていた。


「おい! やべーぞこれ!」

「俺、ワイバーンなんか倒せねーよ」

「勇者は何やってんだ! こんな時のための勇者だろうが!」


 街の中は逃げ惑う人で溢れていた。

 荷物を宿に置いた時間は、もしかすると無駄だったかもしれない。

 既にもう飛龍──ワイバーンが外壁を越え、街に侵入していたのである。

 ワイバーンが口から吐いた火が、建物を燃やし、その火は次第に広がっていく。

 思った以上にマズそうな状況だった。これは私たちも逃げるべきかもしれない。


「…………どうしよう、こんなの」


 ドロシーがぼやく。

 今まではごく少数の魔物、そして弱い魔物しか攻め込んでこなかった。

 それが急に、こんな凶悪な魔物が攻めてこんできて、外壁の奥には大量の魔物がいると聞く。

 もしかしてこれは、魔王軍の策略なのだろうか。

 リリアンが昨日『逃げて』と言ったのは、この状況を見越していたから?

 それなら納得がいく。

 同時に、どうして言われてすぐに逃げなかったのだとも後悔する。


「逃げようよ、クロエ! 命が大事だよ!」


 ワイバーンは街を飛び、壊し回っている。

 遠目から見ても巨大なソレは、いつこっちに飛んでくるのも分からなかった。


「うん……」


 逃げるべきだと思う。

 今回の敵は本当にヤバそうだ。

 せっかくここまで繋いだ命だし、大事にしていきたい。

 私はここまで、命を無駄にしすぎていた。


「でも」


 逃げ惑う人の中には冒険者も多くいた。

 現に、ワイバーンに立ち向かっている人はいない。

 恐らく腕利きの冒険者は、まだ準備等で到着できていないのだろう。

 このままだと本当に王都が壊されかねないのは、火を見るより明らかだった。


「でもさ」


 いや。私だって、どうしてこんな馬鹿なことを考えているのか分からない。

 一体私は、どのような親に似たというのだろう。


「私は『最強』になるために、王都にきたの」


 最強、なんてやっぱり子供みたいだと思う。


「そのための一歩は、可愛くなること。ドロシーも可愛いって言ってくれたから、今日は『最強』に一歩近付くことができた。そしてもう一つ私に必要なのは、強さ」


 そう。強さ。

 あのリリアンのような、そんな強さ。

 だけど私はまだ強くない。ドロシーの方が依然強いくらいだ。

 これじゃ最強とはまだ程遠いと思う。

 それでも。


「ここで、出来る限りをやる。そういうのが、強さなんだと思う」


 我ながら少し説教くさい。

 でも何か。急に私の中のスイッチが切り替わった。


「まぁ、危険になったら強い人に任せるけどね!」


 私が言い終えると、ドロシーは真剣な目で私を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……約束だから。ここで死んだら、全部が台無しなんだからね」

「分かってる! 私もだいぶ、戦闘方法を心得てきたと思ってるから!」

「……すごいね、クロエは。私だったら普通に逃げてたと思う」


 ドロシーは微笑を浮かべる。


「ドロシーも残ってくれるの?」

「もちろん。いざとなったらクロエを癒すこともできるから」

「ありがとう! やっぱりドロシーは優しいよ」

「本当は怖いんだよ? でも、こんな可愛いクロエに言われちゃ……」

「……ありがとう。なら、化粧が落ちないうちに、やれるだけをやってみよう」


 ワイバーンの距離は近かった。

 さぁ。戦闘開始だ。


            ※


 物陰に身を潜ませながら、私は氷の魔力を右手に注ぐ。

 ワイバーンは今も尚、街を燃やし飛び回っていた。

 そんなワイバーンをどう倒すか。一応作戦はある。


 ──最大限に溜めた魔力を私が放つ。


 そう。いつものアレである。

 ワイバーンの装甲が厚いことは私でも知っている。

 だが、私の魔法なら貫けるかもしれない。と、ドロシーが言ってくれた。

 しかし私の魔法を当てるには、対象に極力近付く必要がある。

 そのためにはワイバーンを誘き寄せなければならなかった。


「…………ドロシー、いける?」


 誘き寄せる手立ては、ドロシーの魔法を使うことだ。

 私の氷の魔力も、かなり集まってきている。

 これなら、いける。


「うん。行こう」


 ドロシーの声に頷き、私たちは物陰から飛び出し、駆け出す。

 雄叫びを上げながら空を舞うワイバーンは、意外にも高くにいる。

 私はそいつを見上げながら、右の手をぎゅっと握り締めた。

 未だに私たちに気付く様子を見せないワイバーンの近くまで辿り着く。


「……射程圏内だよ」


 ドロシーはピタリと足を止め、間髪をいれずにワイバーン手を向けると──。


「『アイスランス』!」


 放たれるのは例の如く氷の槍。

 それは迷いなく、ワイバーンの方へと向かってゆく。

 ワイバーンが反応を見せる頃には、氷の槍はやつの装甲へ辿り着く。


「──!」


 だが氷の槍は刺さらない。

 分厚い装甲に弾かれ、あえなく地面へ落下した。

 ドロシーは少し歯痒そうにしながらも、私に淡々と告げる。


「ここからだよ、クロエ」

「うん」


 ワイバーンはその大きな翼を羽ばたかせながら、首を回していた。

 やがて一点──私たちの方へ、その顔を固定させると──。


「ギャアアアアアアア!!」


 怒り狂ったような雄叫びを上げ、こちらへ急降下してくる。

 狙い通りだ。私は魔力が存分に溜まった右手を向ける。

 距離が寸前まで近付いたら、魔法を放つ。もう少しだ──って。


「……」


 予想に反し、ワイバーンは降下を止め、滞空した。

 羽ばたきで舞い起こる風の圧が、思った以上に強く目を細める。

 その巨体な影が私たちに覆いかぶさって、ハッとした。

 ワイバーンには、遠距離の攻撃がある。

 わざわざ私たちに距離を近付ける訳が無い。

 そんなこと、少し考えれば分かることだったじゃないか。


「…………」


 こんなに距離が離れると──私の魔法じゃ、届かない。


「ギャアアア!」


 ワイバーンは再度雄叫びを上げる。

 そして開かれた口の奥に、大きな火の塊を見た。

 まずい──そう思った私は、咄嗟の判断で──。


「──っ!」


 眼前に氷の壁を形成させた。

 氷属性の初級魔法『アイスウォール』。

 放った冷気を固形化させ、対象からの攻撃を防ぐ魔法だ。

 本来であれば整った壁が出てくるはずが、かなり歪な形をしている。

 だが。その氷の分厚さは圧倒的で、ワイバーンの口から吐かれた炎を防ぎ切る。

 なのに伝わる強大な熱気が、ワイバーンの強さを物語っていた。


「一旦逃げよう!」


 私はドロシーの手を繋ぎ、そのまま路地裏へ逃げ込む。

 右へ左へ順路を変え、迷路のようなその場所を突き進む。

 気配は依然として近くにあった。建物が崩壊する音が耳に入る。

 ただ不幸中の幸いというか、近くに人はいなかった。

 街が壊されるのは心が痛む。が、今はワイバーンに集中だ。


「ねぇドロシー、私に『風纏』って使えるの?」


 若干息切れをしていた。


「『風纏』? 浮かび上がらせるってだけならできるよ」

「それで十分。私が合図したら『風纏』をしてくれる?」


 繋いでいた手を離して、私は魔力を注ぐ。

 右に氷の魔力。左には風の魔力を。


「待って、もしかして、ワイバーンのところまで飛ばせっていうの?」

「そう。着地の時は風魔法でやるから、大丈夫だと思う──多分」


 作戦その二は、今の会話が全てだ。

 ワイバーンが私に近付かないのなら、私が近付けばいい。

 私は右手に魔力を注ぎ続け、先よりも大きな氷の魔力を形成する。

 だが。きっとまだ足りない。まだまだ、魔力を注ぐ。


「…………そろそろ」

「分かった。じゃあ、左に逸れよっか?」

「うん、ドロシーお願いね」

「大丈夫だよ。風の魔力なら、まだ残ってる」


 路地裏を抜ける。

 そこは、ちょっとした広場になっていた。

 やはり人はいない。これなら都合が良さそうである。


「ギャアアアアアア!!」


 同時に、私の頭上を影が抜ける。

 予期していたが、しっかりと尾けられていたらしい。

 目で追ってみれば、少し空を飛び回ったのちやがて先と同じように滞空していた。

 ワイバーンを口を開き、奥の炎をチラつかせる。

 やはりこの距離じゃ、私の魔法は届かない。

 だけど──。


「いくよ!」


 ドロシーの声に身構える。

 私の足元に風が吹き、それは全身を纏う。


「飛んでけーー!」


 ぶわっ。そんな風の音が聞こえた。

 スカート履いて来なくて良かったなと、心から思った。


「────」


 私の身体は軽々と宙に浮かび、そのまま音を置いていくように空へ舞い上がる。

 ワイバーンのところまではわずか一瞬だった。

 そして次の私の行動は、一瞬する間も無い。

 口を開けたその中に右の手を向ける。

 最大出力の魔法を喰らわせる。


 ──『アイスニードル』!


 感じるのは冷気と、また冷気。

 喉奥の炎を掻き消して、貫く。

 ワイバーンは叫び声すらも上げなかった。

 そして不意に身体を襲う落下感。

 体勢を立て直しながら、今度は左の手を地面に向けた。


 ──『エアーインパクト』


 風の魔法で衝撃を和らげ、ワイバーンと共に私は地面へと落下する。


「クロエ! 大丈夫!?」


 駆け寄るドロシー。

 私は「いてて」と身体を起こして、彼女とワイバーンを交互に見る。

 どうやら、無事に討伐ができたようだった。


「……よかった」


 だが。まだ城に攻め入る魔物は、多くいるはず。

 それを裏付けるように、遠くでは争いの音がまだまだ聞こえていた。

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