第24話 可愛くなるために

「おはよう! クロエ」


 翌朝。窓から飛び込む光とドロシーの快活な声に、ぼんやりと目を開きながら「おはよう」と返す。同時に昨晩ことがポッと頭に現れた。

 いや昨日魔王軍が攻めてきた後は、別にそれと言ったことも無かったのだけど。

 やはりリリアンが、どうしてあんなことを言ったのか気になってて──。


「さぁ起きて」


 身体を揺すられ、思考が遮られる。

 私は「ふわぁ」と大きなあくびと共に、身体を起こした。

 時間的には結構寝ていたはずなのに、まだ眠いのが不思議でならない。

 たしか今日は、化粧品店を見に行くんだったかな。

 だけどその前に──。


「……ドロシー。そういえば、なんだけど」


 私は確認したいことがあった。

 それはもちろんリリアン関係である。


「王女様が『王都にいたらダメ』って言ったの覚えてる?」

「うん、覚えてるけど……やっぱり、あの通りにした方がいいのかな?」

「そう。私もずっと引っかかってて……。だから明日にでも、少し遠出してみる?」


 リリアンは少なくとも嘘を吐くような人には思えなかった。

 けれど何が起こるのかが分からないからこそ、余計に不安になる。

 魔王軍が絡んでいるのか、否か。考えれば考えるほど分からなくなる。

 だから今はとりあえず、言われた通りにするべきなのかもしれない。


           ※


 昼食を終えた私たちは、当初の予定通り目星を付けていた化粧品店へと向かった。

 店内に入った途端、その煌びやかな内装にドロシーが感嘆の声を上げる。


「綺麗な店内……!」


 加えて、意外にも多くの人で賑わっていた。

 店内を物色したいところだが、私は化粧品について全く詳しくない。

 どうやらそれはドロシーも同じらしく「どれがいいのかな?」と首を傾げていた。


「今日はいかがなさいましたか?」


 と。不意にかかった声に顔を向けると、店員さんがにこやかな調子で私たちを見ていた。

 私が事情を説明すると「あぁそれなら」と、私たちに案を提示してくる。

 その案とは、店員さんがオーダーに応えて化粧をしてくれる、というものだった。

 少しお金はかかるが、化粧のやり方も知らないので私は迷い無くそれを選択をする。

 「ドロシーは?」と問うたが「私はまだ子供っぽいし似合わないよ」と。

 絶対もっと可愛くなるのにな、なんて思いつつ店員さんに指示された通りに動いた。

 店の奥に案内された私は一つの椅子に座らされ、化粧品について一つずつ説明を受ける。

 しかしながら初めての単語が出てきてばっかりで、私に化粧は少し早いかも、と後悔。

 ちなみにオーダー内容は『自然に可愛く』。我ながらなんだそれ、という感じだし、結構恥ずかしかったが、店員が優しく答えてくれたのが救いだった。


 ──数十分後。


 「いかがでしょうか?」と鏡を見せられた瞬間、思わず声を漏らしそうになる。

 オーダー通り、自然に……可愛くなっていた。

 いや。自分で自分を可愛いなんて評価するのは変だけど、これは私への評価ではなくて化粧品と店員さんへの評価だ。こんな化粧を、これから自分でやれる気が全くしないのが歯痒い。


「本日はありがとうございました!」


 その後は案内で元の場所へ戻り、会計を済ませた。

 ドロシーはどこだろうかと首を回すが、どうやら店内にはいないらしい。

 最後までにこやかな店員さんに、私は何度も頭を下げて店内を後にする。

 と、店の正面のベンチに座るドロシーと目があった。


「ただいま。ちょっと長くなっちゃった」

「お、おかえり」


 ドロシーはどこか素気なく答えながら、私の顔をまじまじと見つめる。


「どう? 可愛くなった?」


 問うてみれば、ドロシーは俯きがちにモジモジしながら答えた。


「そ、その。すごく、かわいい」

「よかった!」

「うん……。かわいすぎるよ……」

「そ、そんなに?」

「うん。やばい」

「……嬉しい。これで最強の一歩目を踏み出せた感じだね!」

「可愛い」


 可愛いしか言わなくなってしまった。

 嬉しいけど、少しむず痒い。

 しかしどうやら、お化粧をして正解だったらしい。

 ドロシーの様子から、それは一目瞭然だった。


「……可愛い」

「ありがとう、なんだけど。少し言いすぎな気がする!」

「可愛い! 可愛いよ、クロエ!」

「…………」


 とうとう私は黙った。

 このままじゃずっと可愛いって言われかねない。

 誉め殺しする気か、ドロシーは。


「このままだと、クロエが色んな人からモテモテになってしまうなぁ……」

「それは嬉しい評価だけど……過大すぎじゃない?」


 否定すると「いいや!」と否定を重ねられる。

 これは何を言っても無駄だなと、再び黙っていると。

 ドロシーは声のトーンを少し落として「あのさ」と言葉を綴った。


「クロエは、昔からずっと可愛かったよ」

「……うん? 急にどうしたの? いや、嬉しいけど」

「えっと。クロエにとって私は、まだ数日の関係だと思うけど。私は違うくって。昔から可愛いをクロエを私は知っていて」

「あぁ、ドロシーは私が憧れだったんだよね。……今でも結構びっくり」

「そう。だから私の人生には、数年前からクロエがいて……」


 なんだか壮大な話になってきな。

 他人事のように思っていると、ドロシーは顔を俯かせた。

 一体どうしたのだろう。と声をかけようとするも、それは遮られる。

 勢いよく上げられた彼女の表情は、至って真剣なものだった。


「その時から私、ずっと、秘めていたことがあるの」

「秘めていたこと?」

「うん。友達になれた今、やっと伝えられる。伝えていいのか、ずっと悩んでたけど」

「…………?」

「やっぱり、言わせて」


 雰囲気が先とガラリと変わっていた。

 ドロシーの目が私を縛り付けるように真っ直ぐで。

 彼女の顔は次第に紅潮し、これじゃまるで愛の告白みたいだった。

 一体何を言われるのだろう、と私の心臓が早く動く。


「……あのさ。私はさ。クロエが──」


 ──ゴーン! ゴーン!


 だが。ドロシーの声は、警鐘によって遮られた。

 間髪入れずに、街中にギルド職員の声が轟く。


『南から魔王軍が、通常の何倍もの数で接近中! 今すぐに冒険者は駆けつけてください! 今すぐにです! 今までの数とは比較になりません!』


 その声は、今までと比べ焦りが見えた。


『魔物の質も違います! 今回の魔王軍の中には飛龍もいます! 今すぐにです! 冒険者の皆さんは、今すぐに南門へと駆けつけてください!』


 ゾッとする。

 辺りが静けさに染まった気がした。


「……ヤバそうじゃない?」


 そんな言葉が口を衝いて出る。


「クロエは、行くの?」

「うん……まぁ一応。その前に……さっきの続き、教えて?」

「それは……少し長くなりそうだから、また後で」


 ドロシーの表情は打って変わって、冷静なものになっていた。

 いやむしろ、それは暗い表情と言ってもいい。


「……無茶だけはしないでね。絶対だからね」

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