第23話 リリアンの違和感

 ──冒険者ギルド内にて。


「そうだ! 今日は一緒に寝ない?」


 ドロシーがそんなことを言ったのは、クエスト報酬の精算を終えた頃だった。


「え? 一緒にって?」

「あ、いや! あのベッドって二人でも寝れそうじゃない? ほら、お金の節約!」


 なるほど。どうやら、報酬を受け取った際の渋い顔を見られていたらしい。

 確かに二人でも寝られそうだけど、ドロシーは本当にそれでいいのだろうか。


「無理しないでもいいんだよ? もうしばらくはお金に余裕あるからさ」

「私は本当に大丈夫! ……あ、逆にクロエは嫌だったりする?」

「私は……うーん、まぁ別にいいかな──あ」


 ここでふと思い出した。リリアンのことだ。

 彼女は『また会いにくるかも』と言っていた。

 いつ、ってのは分からないけど、もしかしたら今日もまた来るかもしれない。

 でも……昨日のあの様子じゃ、来ないかもしれないな、とも思う。


「クロエ? やっぱり厳しそう?」


 黙り込む私に、ドロシーは不安げな調子で声を飛ばした。


「あ……えっとー」


 昨日のことをドロシーに話すべきだろうか。

 少し悩んでから、別にそんな隠すことでもないか、と結論に至る。


「実は昨日、あの第二王女様が私の部屋に来てさ」


 言ってみる、が無反応。

 ギルド内の喧騒で聞こえなかったのだろうか。

 と思った矢先、ドロシーは信じられないことでも聞いたような顔で、


「待って。え? 王女様が??」

「やっぱりびっくりだよね。だから今日の夜も、来るかもしれないの」

「どうして!? ……あ、元々知り合いなんだっけ?」

「そう、なんだけど。同年代の友達が欲しいみたいで、だからドロシーとも話したいみたい」

「へー……そういうことなら、良かったけど。王女様が部屋にくるって凄くない?」

「だよねー。なんで私たちなんだろう、っていうのはあるけど……」

「まぁ、それが聞けてよかった。尚更二人で寝ないとね!」


 何が尚更なのかは理解が難いが、そんな会話を経て私たちは宿へと戻るのだった。

 ドロシーの部屋はキャンセルしないとな。


        ※


 夜までは、ある店を探そうと王都を見て回った。

 そのある店とは、化粧品店のことである。

 忘れがちだけど、私は強く、そして可愛くもなりたいのだ。

 ドロシーはそのままでも十分可愛いと言ってくれるけど、私は納得いっていない。

 そのためのお化粧なのだけど、ようやく見つけた店は今日は定休日だった。

 だから明日の予定はまず、お化粧を見にいく、ということに決定し帰路に就いた。

 風呂と食事を済ませ、共に同じ部屋へと舞い戻り、私たちはベッドに潜る。


「なんか、お泊まり会みたいだね」


 ドロシーはやけに楽しそうだった。

 ちなみに私は窓側の方で寝させて貰っている。


「お泊まり会か……。私、したことないな」

「私も!」


 あ、ドロシーも無いのか。

 ずこーって感じだが、確かにドロシーもあの家庭環境だ。

 もしかしたら、こういうのに憧れを抱いていたのかもしれない。

 今日はすぐに寝ようと思っていたけど、ならもう少し起きておこうかな。


「そういえば王女様は何時頃にきたの?」

「あーそれが凄い遅い時間で、それこそ魔王軍が攻めてきたくらいだったかな」

「それってもう夜明け前じゃない?」

「そ。だから来るまで寝てていいと思うよ」

「私、まだまだ起きてるられるからね!」


 「はいはい」と、まるで子供をあしらうみたいに答える。

 ドロシーは「なにその返し」と、不機嫌そうにしながらも笑っていた。

 それからは本当に他愛もない話が続いた。けど、良い時間だった。

 お互いの好きなもの、嫌いなもの。昔の思い出、等々。

 そんな話を小一時間ほどが続けた頃──。


「ねぇクロエ」


 とろーんとした声。

 流石にもう眠いのかもしれない。

 ちょんちょんと、ドロシーの手が私の手に触れる。

 温かい感触だった。


「どうしたの?」

「私今、幸せかも」


 ドロシーは、夢見心地に口にした。


「……なら、よかったよ。ほんと」


 返事は来なかった。

 代わりに隣から、穏やかな寝息が聞こえてきた。


         ※


 ──コンコン。


 デジャブと共に目をパチリと開いた。

 寝起きの脳みそは、すぐに覚醒をしていく。

 部屋の灯りをつけ、時計を見ればやはり深夜。

 そして音がした窓の方には──。


「……あけてくれない?」


 やはりリリアンがいた。

 私はベッドに膝立ちをしながら、窓を開ける。

 目に映った彼女の表情は、昨日に比べやけにやつれて見えた。

 城内で会った時のように憂いを帯びて『可愛い』という印象とかけ離れている。

 私が「リリアン」と声を飛ばすと、なぜかバツの悪そうな顔をして俯いた。

 部屋には入ってこない。窓の外で、小さな出っ張りに足を乗せているだけだ。

 今日は何をしに来たのだろう。再び口を開こうとした時、


「……クロエ?」


 と。今まで眠っていたドロシーが、私の名前を呼んだ。

 目を擦りながら身体を起こした彼女は、私とリリアンを交互に見るなり──。


「わっ! え? えっ? あ……こんばんは王女様! すみません、こんな格好で」


 どうやらすぐに目が覚めたらしい。

 リリアンは顔をドロシーに向けると、静穏に笑った。


「あぁ、クロエさんのお友達だね。こんばんは。私のことはリリアン、でいいよ」

「えぇっ! そんな呼び捨てなんて出来ません!」

「そうだよね。突然、ごめん」

「そんな。ごめんだなんて……」


 ドロシーは困惑していた。

 目を覚ましたら王女様がいたのだから、当然の反応と言える。

 なんなら私もまだ困惑しているくらいだった。

 しばらくの沈黙を流した後、リリアンはゆっくりと口を開く。


「今日は伝えたいことがあるの」

「……伝えたいこと?」


 そのリリアンの静謐な様子に、何か悪い予感がした。


「昨日、私が言ったこと覚えてる?」

「……別れ際の? そう、私ずっと気になってて」


 思い返さずとも覚えている。

 『もうすぐ死んじゃうんだ』という言葉だ。

 それが一体、どうしたというのだろう。


「あれ、別に大したことじゃないの。ただ、魔獣に殺されてしまうかもしれないっていうだけ。だから、あの言葉は忘れてくれる?」

「え、でも……」

「お願い。そして──」


 リリアンは言葉を途切らせた。

 口の震えから、彼女の迷いが伺えた。

 だけど、意を決したように喉を鳴らしてから。


「私のことも忘れて」


 弱々しく吐いて、そのまま吐き続ける。


「やっぱり私が間違ってた。こんな時に、友達になって欲しいだなんて。どうかしてた」

「どうかしてる、だなんてそんなこと。……私は嬉しかったよ。ドロシーもそう思うよね?」

「……うん。王女様が私たちと仲良くしたいって思ってくれてるのは、素直に嬉しい、です」


 ドロシーの言葉に、私は強く頷く。

 だがリリアンには何も響かなかったようで。


「ありがとう。……けど、そういうのじゃなくて」


 唇を噛みながら声を震わせた。

 やはりリリアンの様子はおかしいと思う。

 昨日の今日でこんなの、きっと彼女に何かがあったんだ。

 私だって、リリアンのことを簡単に忘れたくない。


「ねぇやっぱり、リリアンは何か抱えてるよね?」

「…………別に」

「あからさますぎるよ。昨日あんなに明るかったのに、急に暗くなって」

「……………………」


 顔を俯かせるリリアンに、私は言葉を与える。


「リリアンは、私にとって凄く大切な存在なの。だって憧れの人なんだから。……そんな人が困ってるかもしれないなら、助けたい。……言えないようなことなら無理しなくてもいい。……だけど、それ以上に無理をしているのなら、私を頼って。私たちを頼って、ね?」


 私にとったらそれは、何気ない言葉だった。

 こんな一平民が生意気に言ったって、意味はないと思っていた。でも本心だった。

 顔を上げたリリアンは感極まったように、表情を崩す。

 目の端に涙をうかばせながら、窓の外から身を乗り出した。

 そして────。


「──っ」


 ──私にハグをした。

 金の髪が、私の顔にかかる。良い匂いがした。

 なぜか視界の端で、口をぱくぱくをさせているドロシーが気になりながら。

 回される腕を、ただ呆然と受け入れることしかできなくて。

 だけど、そのハグの意図は少なくとも私には分からなかった。

 耳に、彼女の口が近づく。吐かれたのは、小刻みな呼吸と、


「ごめんなさい……」


 謝罪の言葉。続く言葉は、


「王都にいたらダメ。……早く、逃げて」


 そんな、意味の分からない言葉。


「さよなら」


 震える言葉で言い残して、私から手を解いた。

 顔を見せないように窓の外へ向くと「魔獣が出たから、行ってくる」。

 と『風纏』で夜の空へと飛んでいった。


「…………」


 私たちは沈黙した。

 頭を回したって、何も纏まりやしない。


「クロエ、今の言葉に、心当たりあるの? 王都は危険なの?」


 ドロシーが私に問う。

 当然のように「分からない」と答えた。

 今日は結局寝ようということになり、部屋の灯りを消す。

 そのままベッドに潜る、が眠れない。先の言葉がぐるぐる回り続けていた。

 ドロシーも同じように眠れないらしく、そのまま十分程が経過。

 それくらいの頃だった。


 ──ゴーン! ゴーン!


 警鐘が鳴る。

 そしてアナウンスが入った。

 どうやらまた、魔王軍が攻めてきているらしい。

 私たちは一応南門へと駆け付けたが、昨日同様すぐに殲滅されていた。

 もう冒険者は数人しかいない。昨日と比べても、だいぶ数を減らした気がする。

 この今の状況に、なんとなく既視感を覚えた。それは違和感とも言い換えられる。


「…………」


 その違和感は、魔王軍が訪れるタイミングだった。

 最初に攻めてきたのは、城の中でリリアンと話した後。

 次は、昨日の夜に別れた後。そして今日も同様に、リリアンと別れた後。


 ──魔王軍が攻めてきているのは、決まってリリアンが魔獣討伐に赴いた後。


 もちろんこれは、あくまで私が観測した時のみの話だ。

 それ以外の、魔王軍が攻めてきた時にどうだったのかは分からない。

 これは、果たして気のせいなのだろうか。

 仮に気のせいで無かったとして、一体そこには何がある?


『王都にいたら、ダメ。……早く、逃げて』


 リリアンの言葉が脳裏にこべりついて離れない。


 何か、嫌な予感がした。

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