第21話 ドラゴスネーク討伐

 あれから約20分。

 私たちは森の手前へと辿り着いた。

 さて、この森のどこにドラゴスネークがいるか、だけど。

 とりあえず、ドラゴスネークの這いずり跡を見つけることから始めることにした。

 この広い森でそれを探すのは骨が折れそうだが、探す手立てはこれくらいだろう。

 と思っていたのだが、それからおよそ10分後のことだった。


「これはどう?」

「ぽいね。辿ってみよっか」


 案外すぐに、それらしい跡が見つかった。

 まだ森も深くはない上に、帰り道も分かりやすい。

 私たちは道から外れて、その跡を辿っていく。

 次第に周囲が暗くなり、足取りも次第に慎重になる。

 やがて、ドロシーがピタりと立ち止まった。


「…………いたね」


 小声で呟く。

 黒光りする鱗が視界の奥に見えた。ドラゴスネークだ。

 どうやら今は、とぐろを巻いて眠っているらしい。


「好都合だね。クロエの『魔力操作』で魔力を溜めれば、すぐに倒せると思う」

「おっけー。じゃあ、なるべく近付こっか」

「うん、そっとね。私、ここで援護射撃の体勢を整えておく」


 小声で交わし、互いに頷く。

 ドラゴスネークは熟睡し、起きる気配は無い。

 さて、どの魔法で倒すかだけど。学園で討伐した日は、炎を使ったんだっけ。

 だけどクエストの禁止事項に『必要以上の環境破壊』とあったはず。

 なら今までも少し使ってきた、氷魔法がいいだろう。


「…………」


 両手に氷属性の魔力を注ぐ。

 使うのは、氷属性の初級魔法『アイスニードル』。

 中級魔法を使わないのは、まだ安定性に欠けるから、という判断だ。


「……」


 幸い地面に音が鳴りそうなものは転がっていない。

 順調にドラゴスネークとの距離を詰め、寸前まで辿り着く。

 ごくりと生唾を飲み込んでから、両手のひらをドラゴスネークの顔面に向けた。

 できる限り、魔力を注ぎ続ける。


「……よし」


 そろそろいいだろう。

 後方のドロシーを一瞥し、彼女が頷くのを確認してから。


 ──『アイスニードル』


 魔法を放つ。刹那、冷気が駆けた。

 両手から飛び出したのは想定の何倍も大きい氷の針。

 もはや中級魔法『アイスランス』と差し支えないレベルだ。

 それが二つともドラゴスネークの脳天を直撃する。


「キシャアアアアアア!!」


 ドラゴスネークは身を躍らせ、叫び声を上げた。

 私は慌てて後方に下がり、次の戦闘に備える、が。

 そいつは、身をびくびくと震わせてから動きを止めた。

 どうやら無事に倒すことができたらしい。


「はぁ……」


 肩の荷がすっと落ちた心地になる。

 眠っていたとは言え、緊張する瞬間だった。

 あとはこのドラゴスネークのツノを切り落とすのみである。


「……よかった」


 振り返り、ドロシーに手を振る。

 ドロシーは笑顔で頷いて。そして、一瞬で表情を変えた。

 何か恐ろしいものを見たような、そんなギョッとした表情に──。


「後ろ! 伏せて!」


 その大声に、反射でその場に伏せる。

 ドロシーから放たれた氷の槍が、私の頭上を掠める。

 途端背後から「キシャアアアア!」と轟くドラゴスネークの咆哮。

 私は必死の思いで立ち上がり、振り返ると、そこには──。

 ドラゴスネークの死体の後ろに、もう一体のドラゴスネーク。


「…………」


 息を呑む暇も無い。

 もしかしてさっきの叫び声に呼び出された?

 どうやらドロシーの氷の槍も掠っただけらしく、傷はほぼ付いていない。

 くそ。二体目の登場は完全に考えに無かった。

 とりあえず、私にできるのは魔法だ。

 再び氷の魔力を両手に注ぐ。が、先にドラゴスネークが動いた。


「キシャアアアアアア!」


 大きな口を開き、こちらへ迫ってくる。

 距離はまだあるのに、今にも飲み込まれてしまいそうだった。

 その圧倒的な威圧感に、視界の感覚が狂う。


「やば──」


 身体が動かせない。

 死ぬ、ということすらも察す暇もなく、私は──。


「クロエ!」


 手を引かれた。無論ドロシーによって。


「……あ、ありがとう」


 回らない頭をなんとか回して、今の状況を把握する。

 ドロシーは私が襲われる寸前で手を引き、助けてくれたらしい。

 繋がれた手から視線を先の場所まで移すと、ドラゴスネークは勢い余ったのか奥の巨木に顔をうずめていた。この様子だとしばらく体勢を整えられなさそうである。

 ドロシーはそんな魔物を横目で見ながら、焦った様子で声を飛ばした。


「逃げる? クエストは明日でもいいし。私の魔力も枯渇してるから──」


 ドロシーは声を止めた。

 私を見つめて、不思議そうな声を上げる。


「……え? これ、クロエ?」


 その表情は、信じられないものでも見たようだった。

 そして、私の繋がれた右手に視線を落として続ける。


「魔力、私に注いでるの?」


 言われて、一拍遅れでその意味に気付いた。

 私は確かに、両手に氷属性の魔力を注いでいたはず。

 しかし、繋がれた手から魔力がドロシーに流れていくのを感じる。

 ドクドクと大量の氷属性の魔力が。


「……なに、これ」


 何かがおかしかった。

 天啓スキルの『魔力操作』でも、こんなことはできない、と思う。

 『魔力操作』は、体内の魔力の動きを自在に操ることができる天啓スキルだ。

 なのに私は今、ドロシーに魔力を注いでいる。

 つまり私の天啓スキルは『魔力操作』ではない?

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