第三章 そこにいるのは不穏な影

第20話 上級魔法『風纏』

「じゃあクエスト、見にいこっか」


 翌朝。というか昼前。

 今日の予定は、何かクエストを受けにいく、ということに決定した。

 お金の減りが思ったより早そうだっため、試しに何か一つ依頼を受けよう、という流れ。

 それから雑貨屋で必要になりそうなものを調達した。

 素材を回収するための皮袋。

 魔力が枯渇した際に飲む、魔力活性化のポーション。

 光の魔力が詰め込まれた、緊急時に使う魔石などなど。

 これだけでもかなりお金が溶けたので、尚更クエストはいい機会だろう。


 昨晩の王女様──リリアンの言葉が引っかかったままだけど。

 きっと──大丈夫、だよね。王族なんだから。第二王女なんだから。

 そんな風に考えていると、段々と心が軽くなってきた。

 彼女はきっと、大丈夫。


          ※


 クエストはギルドのクエストボードで確認できる。

 依頼内容が書かれた紙を剥がし、カウンターに持っていくことでクエストがスタート。ちなみに、私たちが持っていった紙はこれだ。


『依頼内容:ドラゴスネークのツノ一本の回収。

 危険度:☆☆☆

 報酬:アレクシス小型銀貨10枚。

 推奨狩場:北の森。尚、現在南の森は魔王軍の動きが活性化しているため閉鎖。

 依頼資格:なし。

 禁止事項:必要以上の環境破壊。三日以上の依頼放置』


 危険度は最大星10。

 同内容の紙が他にも貼られていたことも含めて見るに初心者向けなのだろう。

 私にとったらドラゴスネークなんて、ドロシーの力を借りなきゃ倒せない敵なのに。

 報酬に関しては、私たちが宿で一泊できる程度の報酬で、あまりおいしくはなさそう。

 まぁ初めてのクエストだしこんなものだろう、と。私たちは北の森へと歩みを進めていた。


「遠いね〜。結構歩いたと思うんだけどな」


 横を歩くドロシーが、後方の王都を一瞥しながらぼやく。

 もう既に森は見えているのだが、歩いても歩いてもまだ奥に見える。

 まだ20分程度しか歩いていないけど、景色が平坦なので体感はもっと長い。

 昨日のリリアンのように、風魔法で空を飛べたらな。

 そう思いながら、私も声を飛ばす。


「……空を飛べる風魔法。アレが使えたら移動も楽なのにね」

「上級魔法の『風纏かぜまとい』? 私、ちょっとならできるよ!」


 疲れ気味だったドロシーだが、ほんの少し明るくなる。

 それにしても上級魔法が使えるだなんて凄い。

 って、そういえばドロシーは学園の主席だったっけ。


「え、すごい! 上級魔法って、難しいでしょ?」

「うん、でも本当にちょぴっとだよ。やってみようか?」


 ドロシーが足を止め、嬉しそうに首を傾げた。

 どうやらやる気まんまんらしい。

 私が「お願い」と答えると「よーし」と意気揚々と腕を捲る。

 ドロシーは軽く目を瞑ると、右の手のひらを地面へと向けた。

 そして────。


「おぉ……」


 風が舞い起こり。次の瞬間、ドロシーは空へと浮かび上がった。

 私の頭上を楽しそうにくるくると周り。最終的に私の前へと軟着陸。

 やがて「どうだった!?」と食い気味に顔をずいと寄せてきた。

 そんな無邪気な様子のドロシーに、笑みが溢れてしまう。


「全然ちょぴっとじゃないじゃん! すごいよドロシー!」

「えへへー。……まぁもう、風の魔力は体内にほぼ無いんだけどねー」

「あ、そっか。ドロシー、風属性も魔力蓄積量が全然なんだっけ?」

「そう! でもクロエに褒めてもらえてよかった! もっと褒めてもいいよ!」


 ドロシーはニッコニコである。

 今の彼女に、学園主席の面影は感じない。

 妹がいたらこんな感じなのかな、と妄想しつつ。

 なんとなく彼女の頭上に手を添えて、ぽんぽんとしてみる。


「すごいすごい。ドロシーはすごい」

「な、なんか適当じゃない?」


 ドロシーは不服そうに頬を膨らました。

 その頬は、魔力を使い切ったからか少し赤く見える。

 と思えば「そ、そうだ!」と大きな声を出し、私から少しだけ距離を置いた。


「クロエも『風纏』出来るんじゃ無いかな?」

「え、でも魔法適正は全然だから無理なんじゃない?」

「『風纏』は一度風に乗るのが難しいだけだから、出来ると思うよ」

「うーん、なら一回やってみようかな?」


 答えると、ドロシーは強く頷いた。


「どうやってやるの?」

「地面に風の魔力を注いで、それを身体に纏わせるイメージ、かな?」


 「なるほど」と言われた通りにやってみる。

 目を瞑って、体内の魔力の流れを感じる。

 両手のひらを地面に向け、少しずつ風の魔力を放出。

 風が私の身体を撫で、全身にそれが行き渡るのを感じた。


「そう! もう少し魔力量、増やせる?」


 ドロシーの言葉に、流れる魔力に速度を与える。

 すると、ふわりと身体が浮遊感を覚えた。

 目を開けると地面が遠い。それに──。


「ドロシーがいつもより小さい!」

「ちょっとそこうるさい」


 思わず口を滑らせると、案の定怒られてしまった。

 それはともかくとして、ここからどうすればいいのだろう。

 風に乗るのが難しいだけ、ってことはここからは簡単なのかな。

 と、思うままに身体を傾けてみると──。


「ちょっとクロエ!?」


 ドロシーが声を上げた時には既に遅く──。


「あああぁあああああああ!!!!」


 私の身体は勢いあまり過ぎて、前方に飛ぶ。

 魔力の制御がうまくできない。

 所詮魔法適正Fランクだ。どうやら暴走してしまっているらしい。

 結局私は体勢を立て直せないまま、そのまま地面を転げた。


「ク、クロエ!」


 ドロシーが駆け寄ってくる。

 草がクッションになってくれたのか、幸い怪我はなさそうだ。

 けど買ったばかりの服が汚れてしまったのが辛い。


「いったぁ」


 やっぱり私に上級魔法は、まだまだ使いこなせないらしい。

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