幕間 リリアン・フォン=アレクシスの独り言

【リリアン視点】


「私、もうすぐ死んじゃうんだ」


 自分でも、これはやばいって思った。

 なんでこんなこと言っちゃったんだろう。

 私の痛みを知ってほしいから? 同情して欲しいから?

 何にせよ。言ってはいけないことを、私は言ってしまったのだと思う。

 共有した痛みで、そのまま傷つけてしまうなんて。


「はぁ……」


 風魔法を纏って空を駆ける。

 今回の魔獣も、かなり遠い場所に湧いていた。

 馬車を使っても半日かかるくらいの距離だろうか。

 なんなら隣国のスレスレに湧いているような気さえする。

 私の速度だと、恐らく20分ほどはかかるだろう。

 また。犠牲を出してしまうのだけは勘弁だ。


「…………」


 刺すような夜の冷たい風を受けながら、後方にある大きな三つの魔力反応を感じていた。

 街に攻め入ってきたはずの魔王軍の親玉と、クロエさんと、そして城内の魔力だろう。

 毎度王都に攻め入る魔王軍は弱いはずなのに、その魔力の反応は異様に大きい。

 しかしやはりクロエさんの魔力蓄積量は、途轍もないなと感心する。

 と同時に確信した。クロエさんは、やはり──。

 このことをクロエさんに伝えるべきか──いや、いい。


「もうすぐか……」


 次第に後方の魔力反応が遠ざかり、魔獣の魔力反応が近付く。

 ただ、城内の魔力は依然として探知することができていた。


「ここか」


 やがて辿り着いた目的地に私は足を降ろす。

 今回も町付近の森の中だ。どうやらまだ被害は無いらしい。

 そしてすぐに、視界の奥にいる魔獣を発見した。

 無造作に暴れ回るそいつは、いつもと同じバケモノの形相をしている。

 最初の討伐の日──クロエさんに会ったあの日から、私は変わったと思う。

 本当に、自分でも悲しくなるくらいに、変わってしまったと思う。


「『アイスランス』」


 魔法はもう、外すことはない。

 放たれた氷の槍は、見事に魔獣の頭を貫く。

 魔獣は魔石を一つ残し消滅した。こんなものだ。

 さぁ、魔石を回収して城に戻ろう。今日はもう疲れた。


「……」


 城に戻る道中、どうしてもクロエさんの言葉が離れなかった。

 本当に、なんてことを言ってくれたのだろう。

 憧れの人、だなんて。そんなこと、言わないでよ。

 私はもう、この世界の未練の全てを捨ててきていたのに。

 これは最後の思い出づくりのはずだったのに。

 どうして。どうして。どうして……。


「……死にたく、ないよ」


 涙が夜の風と共に流れる。

 後悔しても、もう遅い。


 城に辿り着き、窓の外から部屋に入る。

 城からの魔力も、魔王軍の魔獣の魔力も、とっくに消えていた。

 一目散にベッドに潜った私は、毛布を深く被る。

 そのまま、声を殺して泣き続けた。


「うっ──うぅ……」


 未練が増えた。

 簡単に失くなりそうにない。そんな未練が。

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