第19話 告白と

 頭が固まった。

 そもそもさっきからまともに回っちゃいない。

『私の、お友達になってくれない?』

 王女様のそのセリフを、頭に馴染ませるように繰り返す。


「王女様の、お友達に?」

「どうかな? あ、あと王女様、じゃなくてリリアンでいいからね」


 王女様──もといリリアンは、圧のある笑顔を浮かべた。

 やっぱり、さっきから距離感が近すぎやしないだろうか。

 王族だから、一般人との距離の詰め方が分からないのかもしれない。

 と。今はそんな理由で納得しておこう。


「えっと。リ、リリアン……結論の前に質問なんだけど、なんで、私なの?」

「私、今まで同年代の友達なんていなかったから。クロエさんみたいな人と仲良くしたいの」


 結構曖昧な理由だ。というかそれは理由になっているのだろうか。

 同年代の人なんて、他にもいるだろうに。

 どうしても、裏を読んでしまう。


「私以外じゃダメなの?」

「うん! だって私の存在を内緒にしてくれそうだから!」

「まぁ内緒にはすると思うけど……」

「あ、でも、そういえばクロエさんのお友達は? その子とも仲良くしたい」

「ドロシーのこと? なら隣の部屋で寝てるはずだけど……」

「そうなんだ。ま、起こすのも悪いから今日はいいっか」

「私のことは無理やり起こさなかった?」

「まぁまぁ」


 皺を寄せる私に、リリアンはニコニコしながらなだめてくる。

 意外と適当な人なんだな、とそれこそ不敬なことを思ってると、


「あ!」


 リリアンは、思い出したような声を上げて、続けた。


「私のこと、覚えてた?」


 その質問に、なぜかドキッと心臓が跳ねた。

 そして、今更ながらにして実感した。

 今、目の前にいる彼女は、私の憧れのあの魔法使いなのだと。

 だからか──。


「忘れるわけないよ。私の、憧れの人だから」


 つい、そう口にしていた。

 リリアンは「憧れ?」ときょとんとした顔を浮かべる。


「そ、そう、憧れ。……強くて、そして、か、か、かわいい。私ずっと、あなたみたいになりたかったの」


 顔が熱くなって、思わず口走る。

 これじゃまるで告白しているみたいだ。

 案の定リリアンも何が何だか分からないといった顔になっている。


「じゃあえっと、あの森で助けた時から、ずっとそう思ってたってこと?」

「……うん」


 俯きがちに頷くと、「そっか」と溜息と共に呟く声。


「私なんかでも、誰かの記憶に残れるんだ」


 そして放たれた言葉は、嬉しげで。

 けど顔を上げて表情を見れば、酷く悲しげだった。


「どうしたの……?」

「いや……なんだろうね。私なんて、誰のためにもならないような人って思ってたから」

「そ、そんなことないでしょ? 現に魔獣討伐を頑張ってるんだよね? 私と同じように救われた人だってたくさんいるんじゃない?」


 リリアンの卑下を、思わず前のめりに否定する。

 だが私の言ったことは的を得ているはずだ。

 そんな人が、誰のためにもならない、なんてまずあり得ない。


「……そう、だよね。ごめん、なんか変な雰囲気しちゃったね」

「大丈夫だけど。……なにか悩みでもあるの?」

「……悩み、悩みかぁ。……特には、無いかな」


 彼女の表情は、未だに暗い。


「…………」


 沈黙が訪れて、なんでか湿っぽい空気になってしまう。

 リリアンは何かを考えているのか口を開く様子もない。

 そんな中、私は話題を探して、若干慌てるように言い放つ。


「あの、今日の朝のことだけど、ありがとう。私たちを助けてくれて」

「…………うん」


 リリアンは小さく答えた。

 彼女の様子はいつの間にか弱々しくなって──。


「ごめんなさい」


 そうポツリと漏らして、私が返事をする間も無く。


「……魔獣が出た」


 と。窓の外を向いて口にした。


「え? 魔獣? また?」

「うん。最近は本当に頻度がすごくて、困っちゃうな」


 リリアンは頭をポリポリと掻いた。


「ごめんね、行ってくる。また会いにくるかもしれない。その時はよろしくね」


 早口で告げると、窓から身を乗り出して。

 飛び出すのかと思いきや、再度振り向いて私を見た。


「ごめん、さっきの悩みだけど。やっぱり一つあった」


 その可愛い顔は、いつの間にか悲痛に塗れていて。


「私、もうすぐ死んじゃうんだ」


 震える声でそんなことを吐きながら、彼女は風魔法で夜空へと飛んでいった。


 リリアンの言葉が、頭の中で暴れ回る。

 今リリアンは、確かに『もうすぐ死んじゃう』と、そう言った。

 けど、分からない。そうなると、色々とおかしくなるじゃないか。

 彼女は王族であり、この国の第二王女であり、国にとって大切な存在のはずだ。

 そんな人が、自分の死期を悟っていることがまずよく分からない。

 でも。どうしても嘘に見えない。それが引っかかって。

 結局、友達になるのをうやむやにしてしまったのが、心残りだった。


 そんなことを10分ほど考えていた頃。


 ──ゴーン! ゴーン!


 こんな夜中なのに、警鐘が鳴った。

 警鐘は波紋のように広がり、街中に轟く。


「魔王軍が南門方面から接近中です! 冒険者の皆さんはすぐに向かってださい! 数は少数ですが、視界が悪いため十分に気を付けてください!」


 恐らく冒険者ギルドからかと思われる声。

 拡声の魔道具を使っているのか、それはよく耳に届いた。

 今回ばかりは私も行った方がいいのだろうか。

 そう思った矢先、部屋のドアが勢いよく開かれた。


「クロエ!」


 ドロシーだ。

 寝癖のついた髪を纏わせ、慌てた様子で駆けてくる。


「ま、魔王軍だって。……どうする? 冒険者の皆さんは、って」

「……だよね。こんな時間に、すぐに駆けつけられる人は少なさそうだし……」


 私たちは顔を見合わせて頷き、宿の外へと繰り出した。

 南門へとはすぐに辿り着いたが、意外にも人は多くいる。

 そして魔法使い職が、既に奥に見える魔物の影に魔法を放っていた。

 やがて強そうな魔物が一匹残ったが、昼と同じように数の暴力で消滅していた。奥に見える赤色の炎が、やけに鮮やかに見える。

 わずか一瞬の出来事だった。


「……すごいね。王都の冒険者って」


 火を見つめるドロシーの声に、私は何も返せなかった。

 リリアンの言葉が、ずっと頭から離れてくれなかったから。


「…………」


 もしかすると私は、とんでもないことを彼女の口から出してしまったのかもしれない。

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