第18話 王女様の来訪
私たちは王都の南門近くの宿に泊まることにした。
ここなら冒険者ギルドも近いため良い拠点になるだろう。
部屋は一人部屋しか無いため、少し高くはつくがドロシーとは別々の部屋だ。
内装はシンプルにベッドとテーブルと椅子、クローゼットで構成されている。
荷物を置いた後は街に繰り出し、ドロシーの衣服や生活に必要なものを購入し、そうしているうちにいつの間にか時計の針は夜を回っていた。
「じゃあ。早いけど、今日は寝よっか?」
夕食を宿の一階で済ませ、私はドロシーに問いかける。
「だね〜。すごく疲れちゃった」
「明日はどうしよっか? 明日考えるでもいいし」
「うん、そうしよ。……あとクロエ、今日はありがとう。選んでくれた服も、とっても可愛い」
と。ドロシーは嬉しそうに白のワンピースを見回している。
だけど、どことなくぼーっとしているのは、多分眠いからなんだろう。
「ありがと。けど、可愛いのはドロシーが着てるからだと思うよ」
「……そ、そう?」
何気なく言うと、ドロシーは顔を背け、バッと椅子から立ち上がった。
「部屋戻ろっか!」
ドロシーの黒髪が慌ただしく揺れて、そのあとを追う。
「じゃあまた明日」と部屋の前で別れ、着替えもせずに私はベッドに倒れ込んだ。
「はぁ〜〜……」
あまりにも大きな溜息が飛び出る。
天井を見上げながら、今日は本当に色々なことがあったな、と思う。
主に朝方のことだけど、魔獣に襲われて、王女様に助けられて。
かと思えばいつの間にか、城の中にいて……って。ほんと凄いな。
「魔獣、か……」
思えば、私があの時、馬車を飛び出してなければ、こんなことにはなっていなかった。
昨日の余韻か、自分への陶酔か。ともかく私のせいで迷惑をかけてしまった。
ドロシーは私を咎めなかったけど、これに関しては反省すべきだ。
そういえば王女様にもお礼を言えていない気がする。
今日の私は色々とまずかった。
「…………」
けど。王女様には、もう会えない。
改めて考えてみても『また会おう』なんて言ってくれたのは、優しさだったのだと思う。
それにしても、王女様は可愛かった。それこそ、五年前と変わらない。
彼女の表情は、あの日抱いた私の夢を確かにはっきりとさせてくれる。
私の夢──強くてカワイイ最強の魔法使い。
だけど我ながら、やっぱり子供っぽい夢だ。
ドロシーは、かっこいいって言ってくれたけど。
……私は、まだ強くない。
それを魔獣との戦闘で、嫌というほどに実感した。
どうすれば私は、強くなれるのだろう。
──って、そういえば
あとは、可愛くなるためにお化粧とかもしたいな。
あとは、あとは、あとは──。
──意識が遠ざかる。
※
──コンコン。
そんな音が耳に届いて、私は目を覚ました。
刹那、付けっ放しの天井の光が目を刺す。
寝ぼけ眼を擦りながら、私は壁掛け時計に目をやった。
まだ深夜だった。というか、深夜ど真ん中である。
──コンコン。
再び聞こえたその音に、寝ぼけていた意識は覚醒した。
てっきりドロシーがドアを叩いたのだと思ったが、どうやら違う。
音の出どころは窓からで、私は恐る恐るベッド横の窓に目を──。
「きゃ──!」
思わず声が出て、身体がびくりと跳ねた。
心臓がバクバクと脈打ち出す。
……窓の外に人がいる。ここは宿の二階なのに。
「え……?」
そして。
見間違いじゃなければ、それは王女様だった。
それは、王女様だった。
何回でも言おう。
それは、王女様だった。
「開けてくれる?」
窓越しの申し訳なさそうな顔をした彼女は、くぐもった声を届けてくる。
ハッとした私は膝立ちでベッドに登り、ほぼ反射のように窓を開いた。
すると王女様は「よいしょ」とベッドに転がり込んでくる。
当然私も巻き込んで、共にベッドに倒れ込んだ。
「────」
彼女の目が、そこにあった。
体温と、金色の髪が私に触れた。
なんだこれ。なんだこれなんだこれ!
「ど……どどど、どうして?」
敬語すらも忘れて、覆いかぶさる彼女に問う。
「ごめん。……痛かった?」
王女様は言いながら、身体を起こしベッドに正座をした。
私は「だ、大丈夫です」と何がなんだか分からないまま、同じ体勢を取る。
「よかった。起こしちゃってごめん。朝方ぶりだね、クロエさん」
「あ、あ、朝方ぶり、ですけど。……な、なんでここが分かったんですか!」
「クロエさん、凄く大きな魔力を持ってたから、簡単に覚えちゃったの。私の
王女様は子供っぽく笑った。
そこには朝のような凛々しさは感じられず、ただ、可愛かった。
それこそ五年前の、はつらつな彼女を思い起こさせる。
「け。けど、どうしてここに……きたんですか?」
「あれ? 私、言わなかったっけ? 『またいつか、会いましょう』って」
「覚えてますけど、それがこんな夜だなんて思いませんよ……」
言うと、王女様は両手を合わせてあざとく首を傾げた。
「ごめんね。城を抜け出せるのが、今くらいのものだったから」
「そ、そうですか……」
とは言ったが、何一つとして腑に落ちない。
「敬語は大丈夫。気軽にリリアンって呼んで」
とは言われるが、何一つとして受け入れ難い。
「大丈夫? 急だから驚かせちゃった?」
と言われて、意識が現実に戻る。
「は、はい。驚きました……」
「敬語は大丈夫だって!」
「うん。……分かりました」
「だから敬語は大丈夫! 私たち同い年くらいだよね」
「はい。……そうだと、思います」
「だから──」
「分かった! 分かったから! 敬語は使わないから!」
敬語を使い続けると、一生このやりとりが続きそうだった。
けど。タメ口で話すというのは、なんというかムズムズ(?)する。
だって彼女は王族だ。こんな言葉遣い、不敬だろう。
彼女の関係者が近くにいたら、首を飛ばされかねない。
ただ。この雰囲気が、私が敬語を使うことを許してくれそうになかった。
「改めて、私はリリアン・フォン=アレクシス。よろしくね」
「……よろしく。私はクロエ・サマラス……だ、よ」
やっぱり落ち着かない。
しかし王女様──リリアンは満足げに頷いていた。
「うん。それじゃあ、本題に移るんだけど──」
パンと手を鳴らした彼女は軽く息を吸った。
私も同調するように、息を呑んでしまう。
その口からは、どのような言葉が飛び出すのだろう。
期待と不安が入り混じる、そんな中で。
「私の、お友達になってくれない?」
彼女はなんでもないことのように言い放った。
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