第17話 魔王軍襲来?

 冒険者ギルド内は、昼前とは思えない活気に包まれていた。

 賑やか。というより、騒がしいという感じで、さすが王都だと謎の感心をする。

 建物内は広いが、年季のある木造の建築で、作りは至ってシンプルだった。

 右にはカウンター、左には掲示板、奥にはさらに広そうな食堂。

 喧騒は恐らくそこからだろう。酒の匂いも漂ってきてちょっと匂う。

 それに混じって鼻を突く独特な匂い──これは、魔物の腐臭?

 ともかく様々な匂いが入り乱れ、決して清潔感ある場所とは言えなかった。

 まぁ、清潔感を求める方がおかしなことなんだろうけど。


 ライセンスの発行は、カウンターの方で程なくして終了した。

 発行代分を払い終えた私たちは近くのベンチに腰をかける。


【クロエ・サマラス】

 冒険者ランク F


 今はそれだけが書かれたライセンスのカード。

 この冒険者ランクというのは、依頼の解決数などによって上がっていくらしい。

 今はFだが、魔法適正などと同じで最高がSランク。このランクは、上がるにつれ、受注できるクエストが増えたり、王国の騎士団にスカウトされたり、冒険者ギルドでの待遇が良くなったりと色々とメリットがある、と受付のお姉さんが説明してくれた。

 最強の魔法使いを目指す私にとっては必要なシステム……なんだと思う。

 思うんだけど、なんだかそういうのはもう少し後でもいいかな。


「今度こそ、これからどうする?」


 私はカードを手持ちのバッグにしまい、ドロシーに問うた。


「とりあえず泊まれるところを探す? 荷物も結構あるし」

「夜に宿を探すのも大変だもんね。そうしよ!」

「うん! ……あ、あと着替えが欲しい。私今、クロエの服借りてるから」

「そうだった。確かに私の服だと、ドロシーじゃちょっと大きいもんね」


 私が何気なく言うと、ドロシーは不服そうにほっぺたを膨らませた。


「……あの。私のこと、ちっこいって言いたいの?」


 ずっと華奢な体つきだとは思ってたけど、本人は実は気にしているのだろうか。


「あっ。えーっと……」


 私がまごまごしていると「まぁ別に気にしてないよ」と少し気にしていそうな様子で言った後「それはそれとして」と申し訳なさげに続けた。


「ごめんね。服とかお金とか、用意が全くなくて」

「待ってそれは完全に私のせい! だから気にしないで」

「……ありがとう。クロエはやっぱり優しいね」


 はにかむドロシーに「ありがと」と返す。

 けどやっぱり私のせいなので、内心複雑である。

 まぁドロシーがそう思ってくれてるならいいっか、と適当に納得し。


「じゃあこれから──」


 そう口にした、その時。


 ──ゴーン! ゴーン!


 耳をつん裂くような鐘の音が、私の二の句を遮った。

 音はどうやら建物の上の方から聞こえている。ギルド内も戸惑いを見せていた。

 今のは警鐘……だろうか? そう思った矢先、一人の女性職員が声高々に告げる。


「魔王軍と思われる魔物の群れが、王都へと接近中と通達がありました! 冒険者ランクC以上の冒険者は率先して向かってください! 数は早朝と変わらず少数だということで、場所も同じく南門の方です!」


 職員の言葉に、ギルド内が再び騒めきだす。

 そして食堂や、近くのテーブルから続々と人が外へ流れ出した。


「はぁまたかよ。もしかして魔王軍は暇なのか?」

「さっきの奇襲は4時間前だぞ?」

「つーかたまには大群で攻めてこいよ。ま、苦戦するよかマシだけどよ」

「ったく。勇者は早く魔王を滅ぼせよな」


 愚痴と肩を並べながら外へゆく(恐らく)腕利きの冒険者たち。

 早朝も奇襲された、って。王都は魔王軍に脅かされているのだろうか。

 王女様の『いつ王国が滅ぼされるか分からない』という言葉が思い起こされる。

 けれど冒険者の様子を見ると意外と余裕そうだ。

 そこまで脅威ではないのだろうか。


「私たちも行った方がいいのかな?」


 そんな中、ドロシーは不安げに問うた。


「大丈夫じゃないかな。反応を見るに、そんな大層な敵でも無さそうだし」

「だよね! よかったぁ〜。戦闘は疲れるもん」


 ほっ、と息を吐くドロシー。

 4時間前の戦闘で死にかけたのに、また戦闘っていうのは私も嫌だ。

 魔王軍となると、あの魔獣ほどではないとはいえそれなりに強敵なはずだろう。

 だけど──。


「でもちょっと気になるよね。魔王軍って。……ドロシーは知ってる?」

「いや私もうっすらとしか。最近はお互いに干渉しあってないって思ってたのに」

「あ、じゃあ人間と魔王軍のどちらかが干渉したから、今、こういう状況ってこと?」

「多分、そうなんじゃないかな」

「そうだったんだ……。やっぱり魔王軍って、強い魔物が多いんだよね?」

「うーんどうなんだろ。確かに気になるね」


 言うとドロシーは、何かを探すようにきょろきょろと首を回すと、てててとその場を駆け、掲示板に貼られた街の地図をじっくりと見つめてから、


「南門近くに展望台があるみたい! そこから見えないかな?」


        ※


 ドロシーの提案には断る理由もなかったので、私たちは展望台に足を運んだ。

 少し長めの階段を上りながら見る王都は、本当に大きな街で、圧巻である。

 そして街をぐるりと囲う塀の奥からは、魔物の断末魔や魔法の飛ぶ音が聞こえていた。

 どのような凶悪な敵がいるのだろうかと、塀の奥に目をやった──のだが。


「なに、これ……」


 思わずそんな呟きが漏れるほど、魔王軍はボコボコにされていた。

 魔王軍率いるのは、ゴブリンやオークの近距離攻撃の魔物ばかり。冒険者の魔法によってなすすべもなくやられ、数百体はいたように見えた魔物はみるみるうちに数を減らす。

 本当に魔王軍だろうか、と思ったのだが魔王軍のものと思わしき旗を掲げている。

 どうやら本当に魔王軍だったらしい。

 にしてもボコボコである。


「これが魔王軍……」


 ドロシーが哀れみのこもった声を呟く。

 数を減らした魔王軍は、とうとう残り一体。

 残された狼のような魔物は、流石に強そうだ。

 私が一人で戦えば、まず歯が立たないような、そんな──。


「ガァァァァァ!!!!」


 しかし、数の暴力により一瞬で消滅した。


「「…………」」


 私たちの間には沈黙。

 塀の外からも、歓喜の声は聞こえない。

 ただ私の目には、淡々と街へ戻る冒険者が映る。


「……宿、探そっか」

「……うん」


 私たちは、何も見なかったことにするように踵を返した。


 どうやら魔王軍は弱いらしい。

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