第16話 これからのこと
王女様。私のこと覚えてくれてたんだ……。
女騎士に案内される道中、頭の中はずっとそれだった。
だって王女様にとって私は、ただの一般人なのに、彼女の記憶に私が残っているって。その事実は、なんだか浮き足立ってしまうものがあった。
ただ──。
『またいつか、会いましょう』
王女様はそう言ってくれたけど、また会える機会なんて来るのだろうか。
それともあの発言は外交辞令のようなもの?
と。それだけ少し、心の中にモヤとして残っていた。
「──今回のことは、誰にも話さないようお願いしたい」
女騎士に城門前まで案内された私たちは、王女様に言われた通りそう釘を刺された。
預かっていてくれたらしい私たちの荷物も受け取り「では」と、女騎士は足早に去る。
途端、肩の荷が一気に降り、思わず二人で「ふぅ〜」と溜息を吐いてしまった。
城はちょっとした丘の上に建っていて、城門前からは王都の街並みがよく見える。
蒼くて広い空を見ると、解放感のようなものが私を包んでくれた。
「なんだか。夢のような時間だったね。今思えば私、凄い無礼だったような……」
と、ドロシー。
私は「凄い時間だった」と呆けた声を返してしまう。
「ところで」
と、再びドロシー。
私の顔を覗いてくると、首をちょいと傾げた。
「クロエは、王女様とどこで知り合ってたの?」
「うーん。でも、知り合いって程でも無いのかな。ただ五年前、サニスの町の森で、それこそ王女様が言ってた魔獣から助けて貰ったの。だから、覚えててくれてびっくり」
「ふーん。クロエもよく、王女様だって分かったね? 五年も経ってるのに」
「そりゃ分かるよ! 私の夢のきっかけの人だからね」
少し声を大きくすると、ドロシーが「え」と虚を突かれたような声を出す。
「待って。夢って、強くてカワイイ最強の魔法使い、だよね?」
「そう! その夢のきっかけの人が、あの王女様だったの!」
「待ってそれ聞いてないよ! 初耳!」
顔をずいと寄せ、口をへの字に曲げるドロシー。
そういえば言ってなかったけ。と、過去の会話を振り返ってもみても──。
「確かに……言ってないかも」
「そうだよ、そんな大事なこと! ちょっと詳しく聞かせて!」
「うん。まぁそれで、あの王女様が私を森の中で助けてくれてね。それで私、その時一目惚れして、あの人みたいになるって決めたの」
「そうだったんだ──って、待って。今、一目惚れって?」
「うん。ほんっとうに、強くて可愛くって……」
懐かしむような私に、ドロシーは数秒沈黙し、顔を俯いた。
「ドロシー?」と声を投げると、おずおずと不安げな上目遣いで私を見る。
「あの……その、一目惚れってのは? ラブ的な、そんな愛みたいなやつ?」
ラブも愛も一緒のような、なんて野暮なツッコミは置いておくとして。
元々華奢なドロシーが、なんだかもっと小さく見える。
様子の変な彼女に、私は少し考えてから言葉を返した。
「そういうんじゃないよ。……尊敬、っていうのが大きいのかな」
「そっか、ふーん。そっか」
ドロシーは、うんうんと頭を縦に振る。
そしてくるりと体を回して、街の方へ向いた。
なんだかやけに一つ一つの動作が大袈裟で、思わず笑みが溢れる。
「ま、まぁそれはそれとして! 歩きながら今後のことを考えよう!」
やけに明るい声だった。
※
とりあえず、私たちはライセンスを作るため冒険者ギルドへと足を向けていた。
ライセンスとはクエストの受注や、素材の買取などができるようになる、主に冒険者が作成する身分証のようなもので、様々な場面で役に立つらしい。
現在お金は二人で半年間生活できるくらいはあるけど、やはりお金を稼ぐことは重要だ。と、いうことで、ひとまずこれからは魔物の討伐や、素材の売買でお金を稼ごうという話にドロシーが運び、それじゃあライセンスを作ろうとなった。
その際実感したけど、私は本当に王都の知識が全くない。ドロシーがいなけりゃ、私王都に来ても何もできていなかったな、と改めて思った。
「そういえばクロエは第二王女の存在は知ってる?」
王都の繁華街を歩きながら、ドロシーが問う。
もうすぐ目的地の冒険者ギルドに到着しようとしていた。
「いや全然知らない。そもそもあの人が第二王女っていうのも知らなかったし……」
「そっか。私も第二王女の存在、知らなかった。第一王女は、すごく有名なのになー」
ドロシーは顎に手を添えながら「うーん」と唸る。
物知りなイメージのあるドロシーが知らないなんて、と少し意外に感じた。
じゃあ他の人もあまり知らないのかな。と、どこか優越感のようなものを感じる。
「あ……!」
なんて思っていると、冒険者ギルドは目と鼻の先だった。
賑やかな声が飛び出すその建物からは、鎧を纏った剣士、杖を携えた魔法使い、獲物を引きずる傷負いのパーティー、様々な色の人が出入りをしている。
サニスの町では見ることのなかったその風景に、私は大きな冒険が始まる予感がした。
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