第15話 王女様との対談

 五年前の光景が脳裏に描き出される。

 気になることが多すぎて、思考が追いつかない。

 あの時はどうしてサニスの町に? 今の私、寝癖ついてない?

 様々なことが頭を駆け巡る中、やがて私はハッとしたように深く頭を下げた。


「は、初めまして。私は、クロエ・サマラスと申します」


 続けてドロシーも同じように挨拶をする。

 そして私は、その第二王女様の顔をまっすぐと見た。

 けど恥ずかしさなのか、単に緊張なのか、顔を背けてしまいそうになる。


「…………」


 それでもまっすぐ見た彼女の顔立ちは、当然ながら以前より大人びて見えた。

 凜とした表情。艶やかな肌。真珠のような目に、長いまつ毛。

 白いドレスに金色の髪がよく似合っている。

 あの時は『カワイイ』が真っ先に来たけど、今は『美しさ』が先に来る。

 ただ、どこか憂いを纏っているかのようで、はつらつとした雰囲気は感じられず。以前の彼女を覚えている私は、どこか違和感めいたものを感じてしまった。


「緊張しないでいいのよ」


 固まる私たちに、彼女はニコリと微笑む。

 そして──。


「ソニア。一度、部屋から出て貰っても構わない?」


 女騎士に視線を向け、穏やかな表情でそう呼びかけた。


「いやしかし、それは……」

「大丈夫。彼女らは不審な人物にも見えないから」

「……分かりました」


 ソニアと呼ばれた女騎士はそれだけを答えると、すぐに部屋からいなくなってしまった。

 第二王女なのだから見張りの一人くらいはいてもいいのに。と思う。

 しかしどうやら気を遣わせてしまったらしい。

 申し訳なく思いながらも、先の彼女の言葉にどこか、すん、と冷静になる。

 『彼女らは不審な人物にも見えないから』

 多分、彼女は私のことを覚えていないのだろう。

 それは普通のことなのに、少し寂しいなと思ってしまった。


「さて」


 と、王女様は声色を明るくした。

 王女様は再度微笑むと、二の句を継ぐ。


「突然こんな場所へ連れてきてしまって、ごめんなさい。色々と話を聞かせて欲しいの」


 王女様が「いいかな?」と問うて、私とドロシーは顔を見合わせて頷いた。


          ※


 王女様は色々と親切に説明してくれた。

 まず、私たちが森の中で遭遇したアレは『魔獣』という魔力によって作り出された魔物だということ。そしてそれは見かけたら最後、余程腕が立つ冒険者でも無い限り殺されてしまうということ。そして王女様は、その魔獣を討伐することを生業としているということ。

 そしてどうやらその魔獣は魔王の配下が呼び出しているものらしい。魔王の目的は分からないが、アレクシス王国内に沸いたその魔物を王女様の天啓スキルである『魔力探知』を利用し、討伐し、その際に魔獣が残す魔石を回収して回っているとのことだ。

 そして今現在、魔獣が生み出される速度が異様に速くなっているため、いつ王都が、王国が滅ぼされるか分からない状況にあるらしく、現に極少数ではあるがいくつかの村と町が滅ぼされているらしい。

 あちこちの町に、魔獣が危険だと呼びかけしているとのことだけど、実際に市民に目撃はされていないため、警戒しているところは少ない──というのが現状だと。

 ……なんというか、すごく怖い話だった。

 魔王なんてもう歴史の話だと思っていたけど、ずっと動きがあっただなんて。

 サニスの町なんて田舎だからか、そういう話は全く聞かなかった。

 外の世界は新鮮だけど、やはり危険も満ちているのだと改めて理解する。

 私たちのこれからがどうなるか、少し不安なところでもあった。


 ちなみに私たちが問われたのは、魔獣と遭遇した時の状況だった。

 王女様曰く私たちが助けに行ったあの少女も、どうやら魔獣だったようで、少女がいた場所に魔石が残っていたのがその証拠らしい。今回のように人の弱みに漬け込み、おびき出し、襲うというのが魔王軍のやり方のようだった。


「話を聞かせてくれてありがとう」


 ただ。王女様の話には、引っかかり覚えるところがあった。

 一番は、彼女が王女でありながら魔獣討伐を生業としているということ。

 しかも一人で魔獣討伐に赴いているらしい。私も彼女がすごく強いということは知っている。とはいえ、国の第二王女にそこまでさせるだろうか?


「ここまでで何か気になることはある?」


 なんて考えていると王女様はそう切り出した。

 私が口を開く前に、横のドロシーが小さく手を上げる。


「あの、質問いいですか?」

「うん、おねがい」

「その。魔獣の討伐の話なのですが、王女様だけが駆け付ける必要はないのでは? 少なくとも他に『魔力探知』の天啓を授かっている人物はおられますよね? ごめんなさい、あまり関係の無い話ですが……」


 どうやらドロシーも同じ疑問を抱いていたらしい。

 問われた王女様は、一瞬表情を曇らせてから、淡々と続けた。


「私は仮にも王族だから、魔法の適性が高くて戦闘力がある。というのが理由の一つ。もう一つの理由は、姉上も父上も母上も『「魔力探知」の天啓を授かっていない』から、私が駆け付けるしかないの」


 ……? それって、変じゃない?

 天啓というのは、父母のどちらかのものが遺伝する。

 ならば、そのどちらとも『魔力探知』の天啓を授かっていなければ、彼女に遺伝することはないはずだけど。それは一体、どうしてなのだろう。


「他にはある?」


 王女様はドロシーが納得したのを確認すると、再び問うてきた。

 けど、降って湧いた疑問は喉奥で詰まって、出てこない。


「私は、大丈夫です」


 代わりのように、そう返していた。

 ドロシーも頷いて、最後に王女様が頷く。


「ありがとう。次に、もう一つ聞きたいことが──」


 王女様は言いかけて、すぐに言葉を止めた。

 なぜだろう。と、表情を見れば、先と打って変わり険しいものになっている。

 部屋に沈黙が流れて、窓の外から、王都のにぎやかな生活音が聞こえてきた。

 その音に耳を傾けてしまいそうになった時、王女様は顔を俯かせて何かを呟いた。


「北西に──」

「……?」

「ごめんなさい。ちょうど今、仕事が入りました」


 王女様は顔を上げると、なんでもないことのように微笑んでみせた。

 仕事……? と疑問に持ってすぐ理解する。

 王女様の天啓スキル『魔力探知』が発動したのだろう。

 彼女は今から、魔獣を討伐しに行くのかもしれない。


「今日はありがとうございました」


 王女様は軽く頭を下げて、真剣な眼差しで私たちを交互に見る。


「ごめんなさい、城外への案内はソニア──あなたたちを案内した騎士にお願いしておくわ。……それと、ソニアにも釘を刺されると思うのだけど、私の──『第二王女』の存在がいることを、外の人には話さないで貰っても大丈夫? 市民と王族が対談しただなんて知られたら、もしかしたら大事になってしまうかもしれないから」


 苦い顔をして言う王女様に、私たちは無言で頷く。

 すると王女様はニコリと微笑んで「ありがとう」と声音を明るくした。


「久しぶりに同年代くらいの子と話せて嬉しかった。今日は素敵な日になりそう。──そしてごめんなさい。今日の話は、あなたたちを怖がらせてしまったかもしれない。でも、あなたたちが王都近辺で生活をするなら、きっと大丈夫。魔獣が出ても私が討伐する」


 最後に「だから」と、


「大丈夫。またいつか、会いましょう」


 そう言って、私たちの横を通り抜けた。

 自然と私の目は彼女の後ろ姿を追う。

 やっぱり一挙一動が全て、美しかった。

 前の可愛さの面影は、そこには感じられない。

 ただ私は今まで、凄い人と話していたんだと、実感させられる。


「……ありがとうございました」


 私は自然と、ドアを開けるその後ろ姿に言葉を与えた。

 すると王女様はピタ、と動きを止めて、振り返り私を見る。

 打ち付けるように私を捉えるその瞳は、あまりにも不意で。

 思わず、胸が打たれてしまう。


「ねぇ、クロエさん。だったかな」


 なぜか心臓が動悸を覚えた。


「やっぱり。久しぶり、だよね? 私のこと覚えてる?」


 軽く首を傾げて、子供のようにあどけなく言う王女様。

 そこに映るのは、五年前のあの日の面影──。

 ふわりと舞う金色の髪がやけに眩しく、目を奪われているうちに、彼女は部屋から消えていた。


「待って──!」


 私は彼女の跡を追うように、ドアを開く。

 しかし、長い廊下の先には彼女の姿はもう無い。

 代わりにそこにいた女騎士が訝しんだ様子で「ついてこい」と言い放つ。


「クロエ、知り合いだったの?」


 道中、ドロシーが私の耳に囁いた。


「……うん。すっかり忘れられてると思ってたけど……」


 耳に届く私の声は、ひどく夢見心地だった。

 王女様の顔が脳裏に張り付いて離れない。

 複雑な感情が入り乱れて、頭が沸騰しそうになる。


 やっぱり、すごく可愛かった。

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