幕間 強くてカワイイが最強なんだと気付いた日

【ドロシー視点】


 例えば、世界に神様はいるのだろうか。

 と、そんなことを傷心的に考える、夜11時30分。


 私は今日、一体どれくらい泣いていたのだろう。

 時計を見て、時の経つ速さに思わず目を見開いた。

 咽び泣くだけで、こんなにも時間が経つだなんて。


「…………はぁ」


 ベッドから身を起こすと溜息が出た。

 もうすぐ、クロエは馬車に乗るのだろう。

 本当は、その隣に私がいるはずだったのに。

 なんて考えてしまうと、また涙が出てきそうで。

 しばらくはずっとこの調子だろうな、と、思ったその時。

 ──耳にうっすらと、何者かの声が届いた。


「……?」


 意識してみると一瞬で、外が何やら騒がしい。

 しかしわざわざ窓を覗く気にもなれない。

 どうでもいいか、としばらく呆けていると部屋のドアがコンコンとノックされた。

 私の返事を待たずにドアが開かれ、どこか焦った様子の母さんが入ってきた。

 怪訝に思いながらも、母さんは私の元へ近付き──。


「ドロシー。これからは、何があってもこの部屋を出ないように」


 淡々と、それでも力強くそう言った。

 何を今更と思うと同時に、誰かの走る音が部屋に近付いてきた。

 途端、母さんはハッとしたように、されど何も言わずにさっさと部屋を出る。

 結局何が起こっているかも分からずに、私はベッドに潜り直した。


「………」


 しかし、何が起こっているのだろう。

 窓の外が騒がしかったことを考えると、まさか泥棒?

 私の家は町で一番大きい。その可能性も──いや、それは無いか。

 大きいと言ったって、町の規模は小さめだ。その線は考えにくい。

 それに、忍び込むにしても微妙な時間帯だ。

 とは思うが、やけに騒がしい。

 じゃあ、もしかしたら本当に──。


 ──バン!


 と、私の不安に呼応するように部屋のドアが勢いよく開かれた。

 私はビクリと身体を跳ねさせ、ベッドを起き上がる。

 そして私は息つく暇も無く──息を詰まらせた。


「どうして……」


 形にならない小さな声が、口から漏れ出る。

 そこにはクロエがいた。そう、クロエがいたのだ。


 ──?


 一度理解してから、困惑を覚える。

 有り得ない。クロエがどうして、ここに。

 考えれば考えるほど疑問は増えていく一方で。

 何をしに、こんな、私の部屋までやってきたのだろう。

 警備員も相当数いるはずだ。何より母さんと鉢合わせになったはずだ。

 あの母さんが、人の説得を受け入れるような耳を持っているとは到底思えない。

 けれどクロエは、そんな私の疑問をよそに、横を通り抜けると窓を全開にした。

 吹き抜ける風と共にクロエはくるりと振り返り、私に手を差し出す。

 それらが意図することは、たった一つで。気付いた瞬間、目が熱を帯びた。


「ドロシー!」


 名前を呼ばれた。

 心臓がドクンと強い波を打った。

 だって──。


「さぁ、行こう! 王都に!」


 満月を背にして笑う彼女は、ただひたすらに可愛かったから。


「……うん!」


 考えるよりも先に、口が動いていた。

 けれどどんなに考えたって、私はここで頷いたと思う。

 母さんがいずれ追ってくる? 何も準備ができていない?

 そんな不安がどうでもよくなるくらい、私は目の前の幸せをつかみたくて。

 身を委ねるように、私はクロエに攫われた。


 胸の鼓動は鳴り止まない。

 耳に届く私の声は、ひどく夢見心地で。

 まるで吸い込まれるように、彼女に目を奪われたまま、私は思った。


 ──クロエってこんなに可愛いんだ、って。


 やはり世界に神様はいるのかもしれなかった。

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