第1章 強くてカワイイ魔法使い

第1話 魔法適正 Fランク・魔力蓄積量Sランク

 教室内は浮ついた空気に包まれていた。

 なんていったって今日は、学園の卒業を目前に控えた者たちの『鑑定の儀』。

 サニスの町一番の鑑定士が学園に訪れ、魔法適正の鑑定をするのである。

 周囲から『Cランクだった〜』『私Bランクだったよ!』『全属性Dランクだった……』など一喜一憂の声が飛び交う中、私は今、鑑定のため水晶に手を乗せていた。

 私の鑑定結果が出るまで、もう間も無くだ。

 胸が、否応無しに踊る。


「……」


 ──強くて可愛い最強の魔法使い。

 そんな私の夢を目指す冒険が、始まろうとしているのだ。

 私は明日の卒業式後、町を飛び出し、王都で自らの魔法技術を磨く予定だ。

 この鑑定結果次第では、私は王都一の魔法使いにだってなれるかもしれない。

 実技の成績はビリだったけど、多分、若さ故の個人差だろう。

 適正はC未満、いや、D未満で無ければ許容範囲だ。

 私は、強くて可愛い最強の魔法使いになる。

 と、そう意気込んでいたのに──。


「魔法適性、全属性Fランク……」


 眼前に置かれた魔法適正の鑑定結果に、出鼻を挫かれた。


【鑑定結果】

 クロエ・サマラス 15歳

【魔法適正】

 火:F 水:F 風:F

 雷:F 氷:F 土:F

 光:F 闇:F 聖:F


「こ、これが、クロエ様の鑑定結果となります。……で、では次は魔力蓄積量の鑑定に移りますね」


 鑑定士の女性は申し訳なさそうに告げると、そそくさと次の作業へ移った。

 私は絶句する。


「え、クロエFランク?」

「強くて可愛い最強の魔法使いになりたい人だっけ?」

「シッ、本人は本気で目指してるんだから、聞こえるでしょ」


 周囲からの声が耳に届く。

 今まで私をからかってきた、クラスメイトの声だ。

 どうやら今日も、それは変わらないらしい。

 けど今は、ただそれ以上に──。


「Fランク……」


 その事実が、未だに信じられなかった。

 いや、適正はそんなに高く無いだろうとは予感していた。

 だけどそれが、まさかFランク? それも全属性?

 なら、蓄積量の方も大したことないんだろうな。

 と、そう思っていると──。


「えぇっ! これは凄いですよ!」


 鑑定士が驚愕の声を上げ、鑑定用紙を見せてきた。

 そこに並ぶ文字列に、私は思わず「えっ」と声を漏らしてしまう。


【魔力蓄積量】

 火:S 水:S 風:S

 雷:S 氷:S 土:S

 光:S 闇:S 聖:S


「魔力蓄積量、全属性Sランク!?」


 私の声に、周りがどよめく。


 ──魔力蓄積量:S


 つまり、体内に魔力を多く温存でき、魔法を瞬時に放てる。

 魔法使いにとって、このSというのは最高の数値だ。

 だからこれは、素晴らしい鑑定結果のはずだった。

 けれど、考えてみれば魔法適正が無ければ、そんなの宝の持ち腐れだ。

 魔法の威力もほとんど出なくて、不安定で。つまり、無意味だ。

 それに、魔力蓄積量は魔法の杖を使えばある程度どうにかなる。

 どうやら周りのクラスメイトも、それに気付いたらしい。


「Sは凄いけど、でもなぁ」

「びっくりした、でも適正がFじゃあねぇ」

「うわーSランクがもったいない」


 聞こえない。


「で、でも、本当に凄いですよ! Sだなんて、本当に滅多に見ない数値です!」


 鑑定士の慰めも、届かない。


 こんなはずじゃ無かった。

 Fだなんて、嫌だ。

 私には本当に、何もない?

 魔法使いにすらも、なれない?

 呼吸が荒くなり、焦燥が広がってゆく。

 だからか私は、鑑定士に思わず縋るような問いを送ってしまった。


「あの、私の天啓スキルとかは分かったりしますか?」

「えっと、私レベルの鑑定士じゃできませんね……。王都の鑑定士なら、できるとは思いますが。……それと、魔法適正や天啓スキルは大体遺伝するのですが、親御さんからそういうのは聞いてませんか?」

「あ、私、生まれつき両親がいないので……」

「あ──それは……ごめんなさい」


 鑑定士はバツが悪そうな顔をした。

 なんというか、最悪の雰囲気にしてしまった。

 罪悪感を抱きつつも、私は鑑定用紙を手に取り、頭を下げる。


「ありがとうございます」


 精一杯の笑顔と言葉を残して、自分の席に戻ろうと踵を返した。

 その瞬間、クラスメイトの嘲笑うような視線が私を襲う。

 笑いを堪えきれないようにして、くすくすと、そんな声があちこちから飛び出した。


「──っ」


 顔に熱を感じ、思わず俯いてしまう。

 視線が痛くて、恥ずかしくて。怖くなってしまって。

 気付けば教室を飛び出して、私は、手洗い場に逃げ込んでいた。

 そこにはめられた鏡に映る私は、酷く醜い顔をしていた。

 乱れた茶色のセミロングに、歪んだ表情。

 そして、瞼からこぼれ落ちる一筋の涙。


「う……っ」


 私はきっと、分かっていた。

 自分に魔法の素質がないことも。

 私の夢が、子供らしいことも。

 今の私が、酷く弱いことも。

 それにちっとも、可愛くないことも。

 だからみんな、笑うんだ。


「…………」


 学校を出て、錆びついた正門の前で思案する。

 私は、もう大人になるべきなのかもしれない。

 クラスメイトの反応からして、それが一番なのだろう。

 だけど、どうすればいい? 夢を諦めるには、どうすればいい?

 それもまた少しばかり考えると、私は迷い無しに森の方へと駆け出した。

 その森は、五年前から魔物の動きが活発化し、立ち入り禁止区域になっている。

 そしてその森は、私に夢を抱かせてくれた金髪の魔法使いに出会った場所でもあった。


 今から私は、そんな森で魔物に勝負を挑もうと思う。

 次に、負けを悟ってさ。

 最後に、夢を諦めよう。

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